05 忠犬
昼休みの廊下は賑やかだ。廊下をまっすぐに進み、階段を下りると従兄弟の朔太郎と鉢合わせになった。
「
「朔太郎……」
「なに? 外勤?」
彼はやはり近くに寄ってきた。苦手な男だ。
「時間あるから」
そう断ろうとしても、朔太郎は引き下がる様子はない。
「この前は実篤に邪魔されたもんな。なあ、うちに遊びに来いよ。お前、おじさんと全然会ってないんだろう?」
『おじ』とは野原の父親のことだ。首を横に振って、拒否の意を示すが、朔太郎には通じないらしい。
「最近、ばあちゃんが認知症気味でさ。おじさんもよく顔出してくれるんだよ。うちに来た時は必ず『雪は元気にやっているか』って聞かれるし。おじさんも会いたいんだと思うけど」
「おれは会いたくない」
「そんなつれないことを言うなよ~。同じ男同士さ。酒でも飲んで腹割って話せばいいだろう? そうしたらきっと仲良くなれるって」
——仲良くなりたいなんて思ってもみない。
なんとか朔太郎を振り切りたいのに、そう何度も都合よく槇が居合わせるはずもない。困り果てていた時。
「課長」
よく通るバリトンの声が響いた。入口から田口が走ってくるのが見えた。
「お時間ですよ。お待ちしておりました」
彼はそう言ってから朔太郎を見る。
「お話し中でしたか。申し訳ありません」
礼儀正しい田口の謝罪に、朔太郎は「いやいや」と首を振った。
「おれが足止めしていただけだから。いってらっしゃい。じゃあな。雪。今度」
踵を返して姿を消した朔太郎を見送ってから、田口は野原を見た。
「ご迷惑でしたか? お困りのご様子でしたので」
田口は野原の困っている様子を見てあえて声をかけてくれたらしい。野原は彼を見上げた。
「いや。いい。ありがとう」
「余計な真似だったかと心配になりました。——あれはなんでしょうか? 新手のナンパですか?」
——ナンパってなに? 嵐で船が動けなくなること?
田口の言葉の意味がよくわからない。野原は口元を緩めた。
「さあ。ただのバカ」
「え?」
「それより、時間」
「そうでした」
守衛に挨拶をして二人は正面玄関から外に出た。外はまぶしいくらい晴れていて、なんだか心がざわついた。
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