06 対話
蛭田と横沢を追い出したあと、生徒会長の真島は槇と、そのすぐそばで、じっとしていた野原の元にやってきた。そして手を貸してくれた。
「ずいぶんと派手にやられたものだね」
「……すみません。会長」
「忘れ物しただろう? 追いかけたんだけど、昇降口に、まだ靴があったからね。教室かと思って寄ってみたらこれじゃない。驚いたよ」
眼鏡の奥の瞳は優しい。槇は腫れ上がった頬をさすりながらため息を吐いた。
「会長、おれのこと……」
「知ってるよ。知っていて、生徒会に入ってもらったんじゃない」
猫被りしていい子ぶっていたのに、周囲は本当の自分を知っていたと言うのか? なんだかバカらしくなって、笑うしかない。
「なんで」
「ねえ、槇。僕はね、君の本質が気に入っているんだ。それに、やんちゃしてきたみたいだけど、君は人を傷つけることだけは、してこなかったんじゃない?」
ふざけたり、大人に怒らたりするようなことは散々やってきた。だけど他人に怪我させたり、金を盗ったり、踏みにじったりするようなことはしなかった。蛭田や横沢のことはわからないが……。
「僕はね、槇実篤って人間が好きだよ」
真島はそう笑ってから、槇の隣で涙ぐんでいる野原を見た。
「君は槇の友達?」
野原は首を横に振るが、そんなことはさせたくない。彼の頭に腕を回して強引き縦に振らせた。
「そうです。幼なじみなんです」
「実篤」
戸惑った瞳の色を見せた野原を眺めて思う。無表情だけど彼の目を見ていると、心の動きがわかる。
「二年生の大沢が転校するそうだ。そうすると、生徒会の席が一つ空く。こんな時期に補充するなら、一年生がいいと思っていたんだけどね。どうだろう? 君、生徒会に入らない?」
真島は野原を見た。野原はブンブンと更に首を横に振るが、槇は「わかりました」と答えた。
「実篤、おれ」
「いいじゃん! 一緒にいろ。あいつらがどんな処分になんのか、おれは分からないけど……そばにいてくれたら、絶対守る。今日みたいなことは、金輪際ない」
「ほら。槇もそう言っているよ」
黙り込んだ野原を見て、真島は「決まりだね」と嬉しそうに笑った。それから、「処分が決まるまでは、二人も自宅待機ね」と真島に言い渡されて、槇と野原は帰途に就いた。
***
横沢にやられた傷は相当だったらしい。壁に寄りかかって、立っているのもやっとである槇を抱えて歩いてくれたのは野原だった。
軽く積もっている雪を踏みしめながら、野原は自分よりも大きい槇を懸命に支えてくれた。それが申し訳ないはずなのに、どこか嬉しいのは気のせいではない。
「お前さ。あいつらにいつからやられてたの?」
「いつから……。小学校の時から」
「そんなに? ごめん、気がついたのは中学になってからだった」
友達だった二人が、野原をいじめていたことに最近まで気がつかっただなんて。どれだけ彼から目を背けてきたのかと思うと情けなく思えたのだ。
結局は自分中心な男だ。
「別に。
「だけどあれは完全なるいじめだろ。それにおれは知っていて傍観していた。本当にごめん。横沢が言うように偽善だ」
しかし野原は気に求めない様子で、むしろ「いじめ?」とその単語を繰り返していた。槇は彼に後ろめたい気持ちがあったというのに。
興味を持つ場所がずれているというのか?
槇は罪悪感など薄れた。
「お前さ。本たくさん読んでんだろ? わかんない訳?」
「本? 確かに。いじめのこと、本で読んだ」
「お前ホント頭いいの? 本は本じゃねーし。いい? 現実とリンクしてんの!」
野原は目を見開いてから頷いた。
「小学校の時は廊下で会うと突き飛ばされたり、意地悪なこと言われたりした。でもそのうちに物を取られたり、壊されたりした」
「いじめって段々エスカレートするんだよ。今日なんて制服脱がされそうだったじゃん」
それだけじゃない。横沢は、あの時、なにをしようとしていたのだ——? 顔を近づけて……。
——あれはキスをしようとしていたのではないか?
あれだけは許されない。野原がそんな目に遭うなんて許されないと思ったからだ。しかし彼の返答は意外なものだった。
「脱いだところで、なにがあるの?」
あまりの返答に槇は一瞬言葉を失ったが、気を取り直して反論した。
「あのさ、恥ずかしい気持ちにさせたいんだろ?」
槇は呆れるが、野原はきょとんとしていた。
「服脱ぐと恥ずかしい?」
「お、お前さ。じゃあクラスの前で全裸になれるわけ?」
「それは普通はしない」
「だから。だからだろ? 普通はしない、けど……」
「普通はしない」だから「やらない」。それが野原の持論。
槇の持論は「人前で裸になるのは恥ずかしい」から「やらない」だ。
「違うのか……」
「なに?」
「そうか、そうなんだ。なるほどな。お前の思考回路とおれの思考回路は違うらしい。よく話してみれば理解できる」
「?」
野原の考えている世界は一般的な世界とは少しかけ離れているらしい。十三歳の槇でもそれは理解できた。
——なるほど。
この時、槇は野原とは対話が必要だと思った。彼を理解することが重要であると思ったのだ。だがそれは、思った以上に容易いことだということも理解できた。こうして時間をかけて野原と話せばいいからだ。
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