04 空回り



「あちっ!」


 フライパンの縁に触れた指先を引っ込めてから、すぐに水道の水で冷やす。そんなことをしているうちに、焦げ臭い匂いが漂ってきて、慌ててガスコンロのボタンを押すが、すでに遅し。フライパンの中身は、真っ黒に仕上がっていた。


「あちゃ……またかよ」


 ガックリと項垂れていると、玄関から音がした。この残骸を隠さなくては……と思っていても、もう遅い。キッチンに顔を出した野原は、無表情で槇を眺めていた。


「焦げ臭い」


「な、気のせいだろう?」


「気のせいじゃないと思う」


 彼はそう述べてから、じっと槇の手元を見つめていた。


「失敗じゃないからな。これは、おれの創作アレンジで……新作だぞ!」


 偉そうに言い放つ槇だが、部屋の空気は冷たい。リアクションのない野原は、ネクタイを緩めるのをやめて呟いた。


「外に食べに行ったほうがいいみたい」


「……だな。夕飯にはありつけないみたいだ」


 槇も諦めて、フライパンをシンクに突っ込み、エプロンを外した。


 ——あれから、もう何年経つのだろう?


 生まれた時から、ずっと一緒なのだから、三十七年間もこうして一緒にいることになるのだ。いや、ずっと一緒という言葉には語弊がある。ある出来事が起こるまでは、少々距離が離れていた時期もあったのだが……。


 玄関から出た野原は「お菓子でもいいけど」と、呟いた。


「おれはいやだぞ!」


「あ、そう」


 玄関を施錠し、野原を連れ立ってエレベーターフロアに向かう。


「遅かったじゃないか」


「新しい部署の仕事を早く覚えたい」


「文化課だろう? 大した仕事ないだろうに」


「そうでもない。結構、忙しい」


「ふうん」


 エレベーターに乗り込むと、ふと野原が槇を見た。


「私設秘書なのに、市役所のことよくわかってない」


「べ、別にいいの! おれは、叔父さんの政治家の顔を支える役目だから。公務は秘書課の奴らがやっているだろう? おれには関係ないんだから。無駄なことはしないの。面倒くさい」


 槇の返答に野原は、やや呆れ気味のため息を吐く。


「なんだよ。せつ


「別に。実篤さねあつらしいって思っただけ」


「おれらしいって、なんだよ?」


 槇は野原に問うが彼は返答することはない。ただ黙って地下の駐車場に降りて行った。








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