第2話 優秀な副官


 朝起きると、やはり夢は覚めそうになかった。ここはゲームの世界で、寝る前に見た天井と、木目の数まで一緒だった。


「ここは……やっぱり……」

「ん……御屋形様……」

「え?」


 布団の中に、心地よい温もりを感じる。掛け布団をめくると、白凛が居た。寝巻姿で、俺に寄り添って眠っていた。


「白凛!?」

「……おはようございます。御屋形様……」


 十二歳の少女に、欲情するような趣味はない。だが、人肌の温もりというのは、とても心地が良いものに感じられた。おそらく白凛は、俺の事を父親か何かのように思い、温もりを求めてきたのではないだろうか。


「ほら、起きろ」

「ん……」


 俺は体を起こし、白凛の頭を撫でる。気持ちよさそうにしていて、まるで猫みたいだった。


「今日は、俺の副官に会いに行くんだろう?」

「あと……五分……」


 仕方ないので、俺は起きる支度をし、とある人物に会いに行くことにする。幸いにして、姿や場所は、タブレット端末で確認する事が可能である。

 朝食は、食堂に行けば食べる事が出来るらしい。最初、配下の武将と違う場所で食べるのかと思ったが、俺が昔、全員が食堂で食べるよう決めたらしい。


「御屋形様、おはようございます」

「ああ、おはよう。君に会いたいと思っていたんだ。大事な話がある……」

「もしかして、告白ですか?」

「いや。そうじゃなくて――」


 異世界に来て二日目、さすがに俺は、これが夢であると現実逃避する事に、限界を感じていた。そして状況を把握する為、まずは信頼できそうな人に、事情を説明して回る事が必要だと考えていた。



 朝食後、俺は執務室に向かう。その時、白凛が横切り、急いでご飯を食べ始めていた。

 それから十分後、目の前には滑らかな動作で、報告書を読み上げる女性がいる。黒髪が綺麗で、時折、切れ長な目でこちらを見つめて来る美しい女性だった。白凛とは違い、手は武器を持つようなたくましさはなく、かといって農民のように、畑仕事で酷使したような様子はない。


 名前は『咲耶さくや』という姫武将で、歳は二十歳。端末でプロフィールを確認すると、フレーバーテキストには『元領主の娘であり、父親が領地を失う時、その部下と共に傭兵稼業を始めた姫武将。統率能力に優れている』とある。


「――以上が、作戦の概要となります。……御屋形様、聞いてますか?」

「え、ああ……聞いている」


 ゲームの時は、咲耶は俺の副官という位置づけに設定されており、それは今でも変更していない。内政が得意であり、活躍する場さえ与えれば、期待した以上の働きをする武将でもある。

 白凛の判断で、咲耶には俺の置かれた状況を説明している。怪我の影響で、記憶の一部に混濁こんだくがあること。その影響で、配下の名前と顔が一致しなくなっていることなどを伝えてある。

 説明して大丈夫か迷ったが、咲耶は俺に大きな恩義があるらしく、まず謀反や離反の心配は無いという。加えて、実務や文官を仕切っているのは、咲耶であるので、知らないと不都合となる場面も出るだろうと白凛は言った。俺はその助言に従っている。


「白凛……事情は分かりましたが、御屋形様にべったりしすぎでは?」


 白凛は、俺が目を覚ましてから、片時もそばを離れようとしない。昨日は療養という名目で、あまり人に会う機会も少なかったが、お風呂の時も、一緒に入ろうとしてきた。俺がいくら年齢的に白凛を性的な目で見ないとはいえ、年頃の娘がそんな事をしてはいけないと、さすがに断った。だがそれ以外は、まるで子犬のように、どこへ行くにも後ろを付いて来る。


「咲耶さん、白凛は、前からこんな様子だったか?」

「……御屋形様、本当に記憶が無いのですね」

 軽くため息をつきながら、それでも真剣な眼差しで、咲耶がこちらを見つめてくる。


「私の事は『咲耶』と、呼び捨てにして下さい。他の家臣にも同様です。臣下に対し、敬称を用いてはなりません。この領の総大将は、御身でありますれば、それに仕える者にとっても、戸惑いや不和の原因となりましょう」

「分かった」

「……先程の、御屋形様の問いですが、白凛は御屋形様のかたわらにいる機会は、他の家臣に比べて多くはありましたが……えっと、女中より報告があり知りましたが……湯あみまで一緒に行おうとした事は、無かったはずです」

「さ、咲耶! そんな所まで言わなくても、いいではありませんか!」

 白凛が、なにやら顔を赤くしながら、咲耶へ抗議の声を上げていた。


「そ、それに、あろう事か今朝、御屋形様の布団にもぐり込んでいたと、聞きましたが」

「咲耶、ど、どこでそれを!?」


 朝食を食べる時、白凛が居ない時に、咲耶にそのことを話してしまった。


「別に、白凛はまだ子供なんだから、気にする事でもないと思うが」

「私は子供ではありませんよ! 御屋形様!」

「ふっ……」

「むっ……」

 少し雰囲気が固くなった気がしたが、今はそんな事を考える余裕はなかった。

「他に、まだ俺が注意しておくことはあるか?」

「では御屋形様、いくつか記憶について質問します。よろしいですか?」

「ああ――」


 咲耶は、俺の記憶について、インタビューしてくる。どこまで覚えているのか、そして何を忘れているのか。他にも、出来ることと、出来ないことなど。

 聞かれた質問に答えているだけなのに、俺自身が状況を整理するにも、役立っていた。


 結局、この日の午前中は、記憶の整理で終わってしまった。


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【短編】幼女と往く、戦国異世界 御月 依水月 @yorimiduki

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