魔法に奪われた星

アークアリス

第1話 出会い

割れるような頭の痛みに一人の少年が蹲っている。

大量の管に繋がれ白い服の男達に囲まれている情景が脳裏を駆け巡ったかと思えば、次の瞬間には一人の少女と勉強している情景に移る。

それさえもすぐに過ぎ去り、この世界の常識や様々な街の風景の記憶が頭に打ち付けるように流れる。


(なんなんだこれは)

(痛い)

(頭が痛い)

(知らない)

(僕は知らない)

(分からない)

(これは誰の記憶)

(本当に僕の記憶?)

(僕?)

(僕って誰だ?)

(僕は)

(僕は)

(僕は)


少年は意識を飛ばした。

そこは辺境のトウモロコシ村の畑の端。

少年はなぜ自分がそこにいるのか知らない。

気がついたらそこにいて、気がついたら頭痛に襲われて、そして気を失った。


次の日、少年は布団の上で目覚めた。

昨日少年を苛ました頭痛は丸で嘘だったかの様に消え去っていた。

外から聞こえる鳥の鳴き声と窓から射し込む日差しが少年の眠気を追いやる。


(知らない場所だ)

(ここはどこだ)


「おはよう、気がついたのね。体調はどう?」


少年が寝かされていた家は部屋分けの無い小さな家で、隣を見れば食事の支度をしている少女がいた。


「びっくりしたわよ、畑の傍で倒れてるんだから。」

「もう大丈夫なの?」

「・・・ありがとう。もう何ともない。」

「そう?なら良かった。ほら、朝御飯出来たから。食べるでしょ?」

「いいのか?その。」

「気にしないで。それにもう作っちゃったから。」


部屋の中を見渡す限り、裕福とはほど遠いことが少年には見てとれた。


「私はサレン。サレンって呼んでくれていいよ。あなたの名前は?」


(名前)

(僕の名前)

(それは何故か覚えている)

(僕の名前は)


「エクス。モデル・エクス。」

「・・・もしかして貴族だったりする?」

「いや、でも何故?」

「この国じゃ貴族しか苗字を持たないってばっちゃに聞いたから。」

「僕は貴族じゃない。」


(いやそもそも自分が何者なのか思い出せない)

(何故名前は覚えていたのか)

(僕は貴族なのか?)

(貴族、貴族なんて概念僕は誰から教わったッ!?)


突如走った鋭い頭痛にエクスは顳顬を押さえる。


「ちょっと!?大丈夫?まだ体調が悪いんじゃないの。」

「いや、大丈夫。ちょっと頭痛がしただけだから。」

「これ食べたらまた横になっときなさい。」

「・・ああ。ありがとう。」


サレンが持ってきたのは薄い生地で、味付けした野菜を巻いた料理だった。


「これはトウモロコシを砕いて練って作った生地に巻いてるのよ。知ってる?」

「いや。」

「まだ私が生まれる前にこの村を訪れた旅人の一団から母が教わった料理なのよ。」

「トウモロコシもその人達がこの村に持ち込んだらしくて、旅人様様よ。」

「えっと、名前はエクスって呼べばいいのかな?」

「うん。」

「エクスはなんであんなところにいたの?」

「それは・・。」

「聞いたら不味かった?」

「いや、実は自分でも良く分からないんだ。」

「どういうこと?」

「記憶がないんだ。なんで倒れてたのかだけじゃなくて、もっと色々なことも。」

「それは、大変ね。」

「本当に、自分でも何が何やら。」

「じゃあそろそろ畑に行ってくるね。エクスはそのまま横になってて。」

「分かった。ありがとう。」


サレンは食器を手早く洗うと家から出ていった。

エクスはしばらくは横になっていたが、そのまま眠る気にもならず部屋の中を探索することにした。

部屋は寝る場所以外は土足の造りになっていて、布団を置く場所だけ一段高くなっている。

中央に小さな机と椅子が一対。

部屋の奥には暖炉があって、大量の薪と斧が一本置いてある。

家の出入り口近くに大きな台があって、隣に水が入った桶が鎮座している。ここがこの家の料理場らしい。

一段高い寝る場所の端に足を折り畳んだ机が1つある。


(娯楽が何もない)

(・・そういえばトイレもない)

(ん、あれは)


壁際に置かれた桶の上に四角い無機質な箱が設置されている。

箱の下側に穴が開いていて、側面には温度目盛りのついたつまみがある。

それがエクスにはとても違和感を放っているように感じられた。


(あれは)

(ここは魔法の)

(魔法?)

(科学)

(どういうことだ)

(この知識は何だ)

(とにかく、こんなところにあって普通では無いことは)


「くそ、記憶が曖昧すぎる。」

「魔法、僕はその存在を知っている。」

「でも僕は魔法は知らない。」

「存在だけを知っている。」

「科学、誰にでも扱える。」

「だが本質はどちらも同じ。」

「この知識はどこから?」


ゴールの無い迷路をさ迷う感覚に陥り、エクスは考えるのを止めた。


(この家は生活感が薄いよな)

(サレンの親はどこだ?) 

(先に仕事に行っていたと考えるのが自然かもしれないが)

(複数人が生活しているように見えない)


「考えてもしょうがないか。」


結局エクスは眠りこそしなかったものの布団で目を瞑って横になることにした。

それから幾ばくか時間が過ぎ、サレンが家へ帰ってきた。


「ん、おかえり。」

「ふふ、ただいま。ふふふっ。」


サレンは何故か満面の笑みで口許を押さえてる。


「どうかしました?」

「んーん、なんでもない!」

「いや、おかえりって言われるのいつ以来だろーってね。」

「調子はどう?もう頭痛してない?」

「うん、もう大丈夫だよ。ありがとう。」

「どういたしまして。じゃ、夕飯作るから布団畳んで机出しといて貰える?」

「分かった。」


サレンは例の無機質な箱の下に鍋を持っていき、つまみの部分を押し込んでいた。

押し込んでいる時間だけ下の穴から水が出てくる仕組みらしく、濁り無い澄んだ水が吐き出される。


「サレン、その箱はどうしたの?」

「これがどうかしたの?」

「この家にあるには違和感があってね。」

「そう?私が物心着いたときから有ったわよ。村のみんなの家にもあったはず。」

「この村で作ってるの?」

「いいえ、そんな話は聞かないわ。」

「じゃあどうやって動いてるかも。」

「知らないわね。考えたことも無かった。」


(随分と長持ちなんだな)

(それにしても何で動いているのか)

(どうやって水を生み出しているのか)

(しかも村に普及してる)

(謎だ)


「さて、出来たわよ。」


サレンは出来上がった料理をエクスが出した机に並べて食べ始めた。

夕飯は朝にも食べた野菜の生地巻き味違いとトウモロコシのスープだった。

何かの乳も使われているようでとてもクリーミーな仕上がり。


「サレン、サレンは一人でここに住んでるの?」

「そうよ。」

「そっか。」


「ねえエクス、エクスはどこか行く当てはあるの?」

「いや、本当はあったのかもしれないけれど、今は無い、かな。」

「そう。」


それから二人は黙々と食事を終えた。

サレンが食器を洗いながら話しかけてくる。


「気の利いた話が出来なくてごめんなさい。ちょっと頑張ってみようとしたんだけど、人と喋るのが久々で、何話せばいいのか分かんなくなっちゃった。」

「僕も似たようなもんだよ。夕飯美味しかった。」

「そう?ありがとう。」


陽が落ち村が闇に覆われる。でもそれにしては意外と明るかったりした。


「どうしたの?外見て。」

「やけに明るいなと思って。」

「そう?私にとっては普通だけど。外に出てみる。」

「うん。」


外に出ると辺り一面トウモロコシ畑で、はるか彼方にポツポツと家が見える。


(これは果たして村なのか)

(確かに人の声がしない静かな村だと思ってはいたけど)

(物理的に遠すぎる)

(いや、今はそんなことより)


「今日もお月様が綺麗ね~。」


それはエクスの知識にある月とは比べ物にもならない大きさの月だった。

それに輝きも大きい。


(デカい)

(この記憶にある月もなんだかよく分からないけど、ともかくこれが明るい原因だろうな)

(月が明るすぎて星空が見難い)


「ほら見て、トウモロコシが成長してる。」

「え、成長?」


それはまさしく成長だった。

月光を浴びた茎からまるでそこだけ時間の進み方が違うかのようにトウモロコシが生え実ってくる。

そして収穫されていなかった実は更に大きく重く成長していっていることがリアルタイムに分かるほどだ。


「凄いよね~。こんなにトウモロコシ育ってどうしろっていうんだろ。」

「え、収穫しないの?」

「食べる分しかしないよ。畑とっても広いから、一々収穫してたら家が潰れちゃうよ。」

「そうなんだ。」

「あ、でも村の人が偶に分けて貰いに来るよ。その時に野菜とかと交換するんだ。」

「野菜もこんな風に育つの?」

「そうだよ。」


(この村は少なくとも飢餓とは無縁そうだ)

(本当に村なのかはさておいて)

(でも)

(普通そのままにしておくか?)

(こんなすごいトウモロコシ、誰か買いに来ないのか?)


「何考えてるのかなんとなく分かるよ。」

「ここは忘れられた村なんだ。」

「どういう経緯なのかはばっちゃが教えてくれなかったけど、『王が見捨てたから、王を見捨てるんだ』って言ってた。」

「腐りもしない食べ物をこれでもかってぐらい増やし続けてるんだけど、この村を知ってる人が本当に少ないんだって。」


しばらく畑と月夜を眺めていたが、いい加減寝るかと家へ戻る道すがら、エクスはサレンにトイレについて尋ねた。


「トイレ?え~と、『サニタス』って魔法、知らない?」


それがエクスの魔法との出会いだった。

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