私がまだ私だったころ②

「認証しました。○△支部作戦参謀兼計画参謀フリアエ様ですね。」

「ええ、フリアエです」


 目前に白衣の女性がいた。


「…お言葉ですが、そちらの服用はお控ええしたほうが」

「いや問題ないよ。少なくとも私が生きている間はなんとかする」


 違う。脈絡がない。現実感がない。

 これは夢だ。

 ありし日の記憶の残影だ。

 白昼夢の中で私と白衣の研究者は会話を続ける。


「それで、結果はどうだった?」

「概ねフリアエ閣下の予測通りの情報が集まりました」


 ニューの持つ特殊な能力の中でも特にモッドについて、私には確信めいた仮説があった。


「まず代償の大きさによる能力規模の変化ですが、いくつかのサンプルからデータを収集しておりますが」

「代償を支払えば支払うほど能力も強くなるんだな?」

「その通りです」


 純粋な熱量の反動が返る魔弾の異能は、威力を上げるためにより強大な反動を要求される。

 対象の五感と自身の五感を一時的に封印する異能は、縛る五感を増やせば増やすほど敵対者への封印も強力になる。


「恒久的に代償を払うとどうなる?」

「こちらは確証がありませんが、恒久的に能力を発動可能になると予測されます」


 片腕を義手にした能力者がいる。彼女の義手は、おおよそ本来の機能からは実行不可能な挙動を見せることがある。義手を開発した技術部ですら理解不能な挙動に、仮に何らかの異能が干渉しているとしたらどうか。片腕を代償に装着した武器を、本来の性能以上に引き出す異能があるのではないか。

 すなわち不可逆かつ恒久的な代償を支払うことで、効能の永続する能力を手に入れることが出来るのではないだろうか。


「では最後に、代償は人為的に設定できるか?」

「…それは」


 それは、義手の異能を求めて片腕を切り落とすことが合理的であることを示す。

 それは、外部から喪失経験を強要しモッドを後天的に発現可能であることを示す。

 それは、人為的かつ人工的に人造の英雄を産み出せることを示す。


「…それは、可能です」





 研究は凍結された。

 研究者は地下へと更迭された。


 表向きには。


 ◆◆◆



「不可解だ」


 知らない人の声。年若い少女の押し殺した低い声。


「解せない。お前はが何なのかわかっているはずだろう?」


 声色は怒り、憎悪、憤怒、激情、そして困惑を含有していた。

 視界が明滅する。私はいつの間にか横たわっていたようだ。


「答えろ。をどんな目的で使うつもりだ」


 胸倉を掴まれて引き起こされる。視界いっぱいに広がる白髪の少女の顔。明確な殺意が装填された双眸に私の顔が反射している。

 声を出そうとして失敗する。首のあたりに鈍痛を感じた。そうだった、思い返してみればこの正体不明の侵入者に首を絞められ気を失ったのだった。


 喉のむず痒さに咳き込みそうになるがどうにか抑え込む。こんな至近距離で咳をしようものなら飛沫が顔にかかって汚いし気まずい。自分を絞め落とした不審者相手に考えることではないかもしれないななんて考えて、場違いにも笑ってしまう。それが少女の怒りに火を注いでしまった。


「なにがおかしい? オレは、答えろと、言ったはずだ」


「ああすまない、ちょっと喉の調子が悪くてね。少し水でも飲ませてくれないか」


 少女は表情を変えることなくしばし沈黙した。こちりに抵抗の意志はないことを示そうと、諸手を挙げてヒラヒラしてみたが片眉を吊り上げられたのでやめた。おとなしくしよう。

 少しして少女が、まあいいかと呟くと同時に、僅かな浮遊感。


「ほら飲め、奢りだ」


「あ、ありがとうございます」


 応接室で対面で向かい合いペットボトルに入ったミネラルウォーターを放られていた。慌てて受け取ろうとするも運動不足がたたったのかキャッチに失敗。眉間にクリーンヒットして目眩がした。あと慌てすぎてうっかり素面の言葉遣いをしてしまった。

 目眩。目眩。そうだ、異常だ。つい先程まで私は床で馬乗りになられていたはずだった。

 それにも関わらず、今現在ソファに腰掛けている。喉を擦る。鈍痛。恐らく痣になっている。首を絞められたのは幻覚ではない。


 ならば目の前の少女は認識阻害系の異能の保持者、あるいは時間、空間の少なくともどちらかには干渉することのできるニューだと考えていいだろう。


 ペットボトルの蓋を開けようとする。開かない。指に力が入らない。


「すまない、ちょっとこれ開けてもらえないか?」


「は? いや、お前さ」


 立場わかってんのかとボヤきながらキャップをとってもらえた。ありがたい。


 自分の立場は理解しているつもりだ。目の前の少女は不法侵入者、そして私はちょっとしたお偉い様、そういう話ではないことを。


 スレイヤーズ東京シティ○△支部のセキュリティは堅牢極まりない。間違っても参謀長の執務室まで侵入を許すような生半可な設計ではないのだ。このような場所への侵入が可能かつ、私のを知る少女など自ずと絞り込めてしまう。


 水を少し喉に流し込む。ちょっといたい。


「うん、じゃあ答えるよ。原初にして最後の対超獣殲滅用生体兵器S.K.B.A、YUKI」


 少女は沈黙している。

 を何の目的で使うのか問われていた。

 殺意を隠さない双眸には私の顔が反射している。お前の瞳が映り込んでいる。

 彼女の澄んだ憎悪とお前の濁った憂鬱。お前は少女と違う。少女はお前と違う。


 少女は、沈黙している。

 先を促している。

 静寂はお前が破れ。


「そうだね建前としてあげるなら、皆を守るため。随分クサイ建前だけど、一応嘘ではないんだ」


「なら本心は?」


 少女は先を促している。

 誰にも告げたことのないお前の本心を要求している。

 お前には告げる責任がある。

 お前には語る義務がある。

 お前は己の為すべきことを為さねばならない。


 だから、告げる。



「自殺」


 来たるべき贖罪の日に、お前はお前の全てで精算する。


「いつかこのシティには決定的な瞬間が来る」


 罪には罰を。


「その時にさ、私をかっこよく死なせてほしいんだ」



◇◇◇



 地獄は激震と共に訪れた。

 東京シティの持ちうるあらゆる探知圏外から音速の四倍で襲来した超獣は、その速度のままシティ周縁外壁へ衝突。二十四層全ての特殊装甲を一撃のもとに破砕し、△△区にて停止した。


 その超獣のカテゴリーは5。

 シティの生命を鏖殺してあまりある一つの災厄である。



 ◆◆◆



 カテゴリー5の超獣は△△までの一帯を轢殺した後活動を停止している。しかしその外郭から大規模のEMP放射を継続しており、電子機器及び火器管制は沈黙。もとより通常兵器は超獣に通用しづらいとはいえ、最初の衝突による衝撃波の影響も相まって、都市の備える防衛兵器や通信設備は完全に使用不可となった。


 更にはカテゴリー5の超獣が外壁に穿ったら穴から、多くの超獣が侵入を果たした。そのほとんどはカテゴリー2,3であり、外壁近辺の住民から多数の犠牲者が産まれた。

 スレイヤーズの最大戦力であるナンバーズらは、軒並み緊急召集によりカテゴリー5の討伐作戦へと赴いている。

 すなわち現在のシティ都市部は戦力的な劣位を抱えたまま、押し寄せる超獣への対処を余儀なくされたことになる。

 

 そして、決定的な瞬間は、すぐそこまで訪れていた。

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