14
街へ向かう。
いつもなら、荷物は干し肉に燻製肉、毛皮などだが、今回は人間の首が三つ。
(日本にいる頃には考えられない状況だ)
などと思ったが、よく考えてみればこの世界でだって、この状況は普通考えられない。
いつもどおり馬車駅まで歩くと、ギャレコを呼び出す。
寂しの森の専属となったギャレコとのやり取りは端的だ。手短で済むのがよい。
「今日の積荷は?」
「盗賊の首だ」
「ほっほぅ」
ハイジの返事にギャレコは一瞬だけ驚いた顔を見た。
「ハイジを襲ったのか? バカな盗賊も居たもんだな」
そう言って可笑しそうに笑ったが、あたしは笑う気にはなれなかった。
(まさかあたしが殺したなどと、夢にも思うまい)
(でも……ハイジとの約束だから)
罪悪感で胸が苦しい。
ハンスとやらを殺したことに対しての罪悪感ではない。こいつらは、殺されて当然のことをしたのだ。
でも、たとえどんな理由があろうと、人を殺すことには罪があるのではないだろうか。わからない。わからないが、その罪をハイジに押し付けることにだけは、酷い罪悪感があった。
人を殺したことを知られたら、周囲からの自分を見る目が変わってしまう、とハイジは言った。
だけど、それが一体何だというのだろう? 事実を隠して、ハイジに罪を押し付けて手に入れた平穏に何の意味があるというのだ。
あたしは同じ状況になれば、何度だって同じように行動する。
罪は背負うが、後悔など毛一筋ほどもしていないというのに。
* * *
街へ向かう馬車では、普段から会話らしい会話はない。それは今回も同じではあったが、何となく沈黙が苦しく感じた。
ギャレコは陽気にあれこれ話をしてくれるが、何となく気が晴れないのは、生首と一緒だからか、それとも違う理由か。
街へ付くと、関所でも荷物について質問を受ける。
「盗賊の首を運んでいる」と正直に答えても騒ぎにならないのは、ハイジへの信頼の高さなのだろう。いつもどおりのフリーパスだった。
街へ入り、ギルドに到着すると、すぐにミッラがやってくる。
「こんにちは、ハイジさん、リンちゃん」
「ヨーコに取り次いでくれ」
「ギルド長に? 一体どうされました?」
「盗賊の首を持ってきた。三人だ」
ミッラのいつもの明るい顔が、サッと青くなった。
「し、しばらくお待ち下さい!」
酷く慌てて裏へ走って行くミッラを見ながら、あたしはハイジを咎めた。
「……ハイジ、ミッラに怖がられちゃうよ」
「構わん」
「構ったほうが良いと思うけど……」
(あたしに対しては人の目がどうとか言うくせに、自分の評価に対してはこの無頓着さよ……)
ハイジの過保護さに呆れながら待っていると、ギルド長から「すぐに会う」と知らせが入った。
いつかのようにギルド職員スペースを通り、階段を登ると、トゥーリッキの部屋の隣がギルド長室だった。
ドアをノックすると、ハイジは返事も待たずにでドアを開け、慣れた様子部屋の奥へと進み、ソファにドカリと座る。
ギルド長も慣れたもので、驚いた仕草も見せなかった。
「久しぶりだな、ハイジ」
「ああ」
ギルド長はメガネを掛けた、ハイジに似た雰囲気を持った厳つい男だった。
目が鋭く、どこか爬虫類じみた冷たい顔をしている。
その冷めた目が、あたしをじろりと見た。
「キミがリンか」
「はい、はじめまして」
頭を下げる。
「私はギルド長のヨーコだ」
(ヨーコ……? 似合わない名だ)
「ああ……そういえば、ヨーコという名は『はぐれ』にとっては女性の名なんだろう?」
「えっ、あ、はい、そうですね」
「呼びづらければ無理せず、ヴィーゴとでも呼んでくれ。ヨーコは古い友人からの呼び名でね、ギルドでもそう呼ぶものは多くない」
「あー、はい、わかりました、ヴィーゴさん」
(この凶悪そうな二人の名前が、ハイジにヨーコかぁ……)
ハイジとギルド長が向かい合って並ぶと迫力がある。というか絵面が酷い。纏った雰囲気が凶悪過ぎて、盗賊とギルドのどちらが悪人なのか解ったものではない。これと比べれば盗賊たちなどまるで
だというのにどちらも可愛らしい女の子の名前がついている。こんな時でなければ面白かったのだろうけれど、今はとてもではないが笑う気分にはなれなかった。
「で、盗賊だと?」
「ああ」
「ああ、待ってくれ。部屋が汚れるからな」
ヴィーゴがそう言って、テーブルの上にまな板のような板を置く。
こういうことはよくあるのだろうか? ヴィーゴは随分慣れた様子だった。
ハイジはドタ袋を開いて手を突っ込むと、髪の毛を掴んで盗賊の首を引っ張り出す。ムッと血の匂いがするが、すでに血は乾いていて、板を汚す心配はなさそうだ。
(うげぇ……)
(首だけになると、エグさ百倍……)
吐き気を催すが、グッと我慢して平然とした顔を作る。
ハイジは頭を向こう側に向けて板の上に並べていく。
(ありがたい、顔を見ずに済む)
(あたしが殺したハンスとやらの顔を見たら吐いちゃうかも)
それがヴィーゴが見やすいようにか、あたしに気を使ってかは分からなかったが、生首の顔を見ずに済むならどちらでもいい。
ヴィーゴは首をまじまじと見て、ため息をついた。
「一人は見覚えがある」
「ああ」
リーダー格の男の顔を見て、不快げに眉をひそめる。
「この男、確かピエタリと言ったか……二つ名持ちだ。悪名だがな。他の二人は見覚えがないが、どちらもハーゲンベックの連中か」
「そのようだ」
「何か吐いたか?」
「リヒテンベルクが、ハーゲンベックに付いたようだ」
「何っ!?」
ハイジの言葉にヴィーゴが思わず立ち上がった。
「間違いないのか?」
「ああ。体に聞いたからな」
「……意趣返しにしてもそんな嘘を付く意味はないか……あれからもう
ふむ……と考え込むヴィーゴ。
「それで、狙われる心当たりは?」
「こいつだ」
ハイジがあたしを顎で指し示す。
「リンか?」
「ああ、俺が居ないところを狙われた」
「……よく間に合ったな」
「お前も知ってるだろう」
「『キャンセル』か」
――キャンセル。
ハイジの能力だ。攻撃を事前に体感できる。攻撃する側からすると、攻撃が当たるはずがキャンセルされているかのように感じるため、そう呼ばれている。
(ほんの数秒先の攻撃を体感できるだけと聞いていたけれど、事前にあたしに対する攻撃を感知できたってことなのかな)
「つまり、お前にとって、リンは……」
「ヨーコ。余計なことは言うな」
「……そうだな。で、リン」
「はい」
「その耳はこいつらにやられたのか?」
「いえ、髪を掴まれたので、とっさに髪を切り落とそうとして、自分で傷つけました」
「よく助かったな」
「ハイジが来てくれたので」
「その髪も自分で?」
「はい」
この世界では女性の髪は長いのが当たり前なので、珍しく思われたのだろう。
あの日、長く垂れ下がった三編みのせいで盗賊に捕まった。
それを煩わしく感じたあたしは、裾のあたりでバッサリと切り落としたのだ。
髪の量が多いのでブワッと広がってしまったが、これなら掴みづらいだろうから、見た目については我慢するとしよう。
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