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森での生活は常に新鮮だ。
することと言えば、相変わらず早朝に起きて、狩りをし、食料を確保して、食事に訓練、サウナの後は武器の手入れ、そして就寝。
しかし、よく見れば風景の表情は毎日違う。出てくる魔獣にも種類や個体差があるし、学ぶべきことは山ほどある。毎日が同じことの繰り返しに見えて、実は変化に富んでいる。
故に、単調に見えても、慣れるということがない。
* * *
街にいる間も訓練を欠かさなかったおかげで、あたしは魔力を広げると半年前よりも遥かに広範囲のことがわかるようになっていた。
魔力探知が届くのは、街中だとせいぜい半径百メートルくらいの範囲だ。それが街の外に出て森に入ると半径五百メートルくらいにまで広げられる。
それが、寂しの森なら半径二キロメートルくらいまでは余裕である。
街にいる間は、自分の成長が分からなかったが、どうやらそれなりに成長できていたらしい。
探知できる範囲の違いがどこから来るのかはわからないが、森へ帰ったあたしは、常に薄く魔力を広げておくのが常となった。
去年には見えなかった森の表情を知り、あたしはますます森での生活を愛した。
こうなると、たとえ眠っていても、近くに魔獣がやってくると目が覚める。
といっても、魔獣は小屋へは攻撃してこない。燻製の匂いや、魔除けがあるせいかと思ったが、今ならあたしにもわかる。ハイジという強者の気配で二の足を踏んでいるらしい。睡眠中ですら魔獣を畏れさせるハイジは、もはや普通の人とは言えない気がする。
* * *
ハイジとは以前より言葉を使ったコミュニケーションが楽に取れるようになった。
ギルドで蹴っ飛ばしたのが効いたのかもしれないし、姫様の伝言を聞いて思うところがあったのかもしれない。
もはや、あたしからの好意を恐れる必要はなくなったのだろう。
相変わらずの無口で、ぶっきらぼうではあったが、話しかければ返事が帰ってくるし、普通に会話が成立するようになったのはありがたい。
あたしもおしゃべりな方ではないとはいえ、何の会話もないというのも味気ないものなのだ。
* * *
森での生活は充実して楽しかったが、前と違うことが一つだけあった。
ハイジが、たまにフラッといなくなる時があるのだ。
どこへ行っているのか、何をしているのかと根掘り葉掘り聞くような真似はしなかったが、「せめて出かける時は予め声をかけろ」と言ったら「次からはそうする」と返事があった。
ハイジがいなくなるのはだいたい五〜十日間ほど。
どうやらギャレコとも話が付いているらしく、週に一度だった街への定期便が、今や寂しの森専属になっている。
ハイジが何も言わずともあたしにはわかっている––––敵が「人間」の時だけは、ハイジは一人で出かけるのだと。
寂しの森では、何もかもを自給自足というわけには行かない。
肉や木の実、キノコや香草ならばともかく、野菜やパンに使う穀物、乳製品などの食料品は森では手に入らない。布や紐などの雑貨も必要だ。だからたまに街へ出て、燻製肉や毛皮などをギルドに卸すついでに、色々買い出しをする。
おそらくハイジはそのついでに傭兵としての依頼を受けているのだろう。
それは、今この領が戦時中であることを指している。
ならば、ハイジは決してそれを良しとしない。
ライヒ伯爵領と、姫さまのいるオルヴィネリ伯爵領は同盟関係にある。
どちらかで戦が起きれば、ハイジは迷わず戦いに行く。なぜなら、もし戦に負ければ、姫様や、姫様を引き取ったライヒ伯爵家も、どうなるかわからないからだ。
だから、ハイジは戦う。
(二つ名の返上は無理ね。今も立派に番犬してるじゃない)
などと独り言つ。
ハイジは、あたしが人間と戦うことに抵抗があるようだ。
ある程度戦えるようになった今だからこそわかる––––ハイジがあたしに教える戦い方は、あくまで魔獣を相手取るもので、人間との戦いを想定していないということが。
身を守るだけなら、むしろ人間など魔獣よりも簡単な相手である。何しろ速度も遅いし、鋭い牙や爪もない。攻撃手段も限られている。何より目線が近いのが大きい。
魔獣の怖さは、人間にはない攻撃手段……噛み付き、爪裂き、角による攻撃などだけではなく、人間とは違う動きと目線の低さにある。「こう来るだろう」という予測が立てられないのだ。
それと比べれば、人間の行動は予測が立つ。ハイジのような強者か、あるいは数で来られない限り、逃げに徹すればさほど怖い相手ではない。
だが、
人間には、魔獣たちと違い、牙も爪も角もないかわりに、知恵があるからだ。
人間は魔獣と違い、自身を守ることに心血を注ぐ。鎧や鎖帷子で武装し、動きづらくとも体を守る。戦略を駆使して、結果、自分たちより遥かに強い相手を打倒する。
そうした武装した相手との戦い方を、あたしは知らない。
だから、もし人と戦うことになれば、逃げに徹するしかない。
そうそう遅れは取らないはずだが、決定打に欠けるのだ。
他に方法はない。
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