14
意外なことに、ニコが稽古に食らいついてきている。
これまでトレーニングなんてしたことがないのだ。相当キツいなはずだし、訓練後の給仕の仕事だってかなり辛いはずだ。
なのに、元気な笑顔で「喜んで!」とやっている。
体力だけはあると言っていたが、本当のようだ。
夜はあっという間に眠りについて、クークーと可愛いいびきをかいているが、翌朝あたしが稽古場で待っていると、必ず嬉しそうにしっぽを振りながら走ってくるのだ。
これについては、ペトラも驚いたらしく、皆勤賞用のおやつは自分が作る、などと言い出した。
「そんな、悪いよ。あたしが言い出したことなのに」
「良いじゃないか、それにニコにまで剣術を教えてくれてるんだ。ちょっとくらいあたしにも協力させておくれ!」
「じゃあ、せめてお代だけでも……。ギルドからも報奨金が出てるんだし」
「何言ってるんだい、バカだね! アンタ相手に商売なんてさせんじゃないよ!」
「えぇ〜、でもなぁ……」
「じゃあ、こうしよう。リンがやってくれている帳簿のお給金として、現物給付だ」
それに、あたしもヤーコブたちのことが気になるから、とペトラは言う。
「あと、頼まれてた件。ちょっと調べたけど、教会はほとんど機能していないね」
「やっぱりそうですか」
つまり、ヤーコブたちは今でもホームレスとほとんど変わらないのだ。
スリ、置引などの悪事を働いていたのをハイジが更生させ、今では配達の仕事なんかをしているらしいが、生活は楽ではないとのこと。
「あれ? でもヤーコブは冒険者登録してるんじゃなかったでしたっけ」
「まだ子供だから、危険な仕事はパーティを組まないと受けられない。パーティは子供はお呼びじゃないから雇ってもらえない。雇ってもらえたとしても戦力には数えてもらえないから荷物持ちになる。危険はあるが訓練にはならず、しかも給金は低い」
「それくらいなら、街で配達してたほうがマシだと?」
「ま、そういうことだね」
「なるほど……」
これでは悪循環だ。
今はまだ素直(?)な子供だから、置き引きやスリからも足を洗い、新たな犯罪にも手を染めていない。
しかし、努力しても努力しても報われなければどうなるだろう。
特に、ヤーコブはすでに下手な大人よりはよほど腕が立つのだ。
腕はあるのに稼ぐ手段がないのだ。
貧しさ、ひもじさ、失望などが重なり、万一それが怒りとなれば––––転がり落ちるのはあっという間だろう。
犯罪に手を出すようになれば、もはや手がつけられない。
そうなってしまえば、駆除対象になる……その時は、恐らく腕の立つ大人たちが対処することになる。
例えば、ハイジのような。
(そんなこと、絶対にさせちゃだめだ)
あたしはふと、あるひとつのことに思い立つ。
上手くいくかはわからない。偽善かもしれない。
でも、あたし自身が「そうしたい」と思ってしまったのだ。
「ペトラ、あたしちょっと思いついたんだけど……」
思いついたことをペトラに話ししてみると、意外とあっさり賛同してくれた。
「ああ、それは良いかもしれないね。じゃあ、善は急げだ、すぐにギルドに行ってきな」
「ありがとう。やれるだけやってみる」
ペトラに背かなを押されて、あたしはギルドへ走った。
* * *
あたしはギルドに着いて、ミッラを探して相談を持ちかけた。
「ミッラ」
「あら? リンちゃん、どうしたの?」
「ちょっと冒険者登録をしておこうかと思いまして」
あたしの言葉が意外だったらしく、ミッラは驚いたようだ。
「……そう言えばリンちゃんは登録してなかったわね。どうして?」
「必要なかったので」
「どうりで仕事を受けてる様子がなかったわけね。……わかった、でも初級からになるわよ? 特別扱いはできないから」
「うん、わかってる。大丈夫、五級まですぐに上げるわ」
「……五級?」
「パーティを主催するには、五級が必要でしょう?」
「パーティ? ……なるほど、ヤーコブ君たちね?」
(おっと、さすがミッラ。こちらの考えることくらいはお見通しですか)
「……わかりますか」
「そりゃあね。あたしもどうにかしてあげたいけど、規則は規則だからね」
ミッラもヤーコブたちのことは気になっていたらしい。
「ちゃんとお腹いっぱい食べられるように……あと、なるべく早く自立してもらいたいんです」
「一応は配達の仕事とかはしてるみたいだけど、なかなかね……」
「配達の仕事ってお給金が低いんですね」
「危険がないからね」
この世界には、命を賭けなければいけない仕事がたくさんある。
ギルドで扱っている『戦う仕事』––––害獣駆除を生業とする冒険者や、人間を相手に戦う傭兵などは、どうしても報奨金が高くなる。
対して、街の中だけで軽い荷持を運ぶ程度の仕事は、あくまで子供の小遣い稼ぎ程度の扱いだ。
当然ながら、給金は低い。
「何も、リンちゃんがそこまでする必要はないと思うんだけれど」
「いえ、ギルドからの正式な依頼を受けた相手ですし、ハイジの命令でもあるので、これもあたしの仕事だと思ってますよ」
「真面目ねぇ……でも、危険な仕事もあるのよ? リンちゃんはともかく、子どもたちにはまだ早いっていう気持ちもあるのよね」
あたしならともかくというのは、どういう意味だ。
ミッラは続けて言った。
「まだ子供なんだから、危険な仕事なんてまだしなくていいと思うけど、どうしたらいいものかしらね」
それを言い出したら、あたしだって子供扱いされてるのに危険だらけの生活なのだけど。
「それだと、大人になったときに戦えないですよ。『戦う人』として生きていくなら、今のうちに経験を積んでおくべきだと思う」
「リンちゃん……なんだか考え方がハイジさんみたい」
「……それ、トゥーリッキさんにも言われました」
「でしょうね」
そんなつもりはなかったが、傍から見るとそんなに似ているのだろうか。
二人して肩を落とす。
とりあえず手続きを済ませると、ギルド章を手渡された。
ギルド章はドッグタグのような金属プレートだった。
「身分証明書にもなるから、身につけておくのが良いと思うのだけれど」
鎖を首から下げるのか……。
恐らく死んだ時に、遺体が誰なのか判別するためなのだろう。
「ハイジはギルド章をどうしてますか?」
「ギルドに預けっぱなしだわね」
「じゃああたしもそうします。証明したい身分もありませんし」
「……あまりそのやり方はおすすめできませんが……」
ミッラは渋ったが、どうせすぐ級を上げるのだ。
持ち歩くのも面倒くさいし、森へ帰ればその程度の荷物でも多少の邪魔にはなる。
とりあえず初級でも受けられるハーブ収集などをいくつか見繕って、ミッラに渡して受理してもらう。
さて、休みの日には街の外で活動だ。
* * *
結論から言うと、ハーブ収集はめちゃくちゃ簡単だった。
まずはサンプルとしてハーブを見せてもらい、特徴を覚える。
それから街の外で魔力を広げれば、どこにそのハーブが自生してるかもすぐわかるからだ。
街の外は白樺の森が延々と続いているが、寂しの森とは違い魔物はほとんどいない。
(そりゃあそうか、街の近くでポンポン魔物が発生したら困るし)
(寂しの森って、つくづく異質だったんだなあ)
ハーブ採集自体は子供でもできる仕事だ。
そもそもハーブ自体そんなに高値で取引されるものではないので、その分報奨金もうんと安い。
生活に余裕がなければ、悠長にこんな仕事をしていられないだろう。
ヤーコブも、本当は外へ出て級を上げたいだろう。
それでも生活のためには配達のほうが確実だから我慢している。
生きていくだけでやっとの浮浪少年は、生きることに貪欲なため冷静で大人なのである。
(あの子たちが世の中に絶望するにはまだ早い)
(今のうちに、努力が報われる状況を作っておくべきだ)
パーティ結成を目標にハーブを集めまくった結果、階級はトントン拍子に上がり、現在2級。
弱めの魔獣を対象にした害獣駆除も受けられるようになった。
ついでに、報奨金を貯めて、野営道具を少しずつ買い揃えている。
ペトラからのお給金は自分のために使うと決めているので、冒険者稼業に必要なものは冒険者稼業で稼ぐルールを自分に課した。
ハイジが使っているような携帯用の小さな焚き火台や金属製の小鍋兼マグカップなどを買い揃えると、あたしは休日のたびに森へ出るようになった。
害獣駆除で級を上げることが主目的だったが、もう一つの理由として、一人の時間が欲しかったからだ。
街が嫌なわけではない。むしろ大好きだ。
何の不満もないし、町の人達に感謝もしている。
第二のホームグラウンドだと思っているし、この街を愛している。
それでも、あたしの体はすでに森で生きていくように作り変えられている。
森はあたしの心を安定させ、あるべき形に落ち着かせてくれる。
しばらく街で過ごしていると––––森があたしを呼んでいるような気持ちになるのだ。
森で活動していれば、時には魔獣に出くわすことがある。
そんな時「怖い」とか「厄介だ」とかではなく、むしろホッとするあたしはもう終わっているのかもしれない。
平和で優しい街よりも、命の危険のある魔物の徘徊する森のほうが心落ちつくとなれば、これはもうあたしが街に生きる人間には戻れない証拠といえるだろう。
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