11
「ええーっ! リンちゃんは女の子だよ! そんなの無理無理無理!」
ニコがあたしを庇うように抱きついて、トゥーリッキをキッと睨む。
(こらこら。その人副ギルド長だから。偉い人なんだから睨むのはよしなさい)
ニコはトゥーリッキからあたしを庇いながら、フーッ! と威嚇している。
可愛かったので、とりあえず頭をなでておく。
トゥーリッキはそんなあたしたちを見ながら苦笑している。
「ニコさんはこう言っておられますが、リンさんは
「そんな! 違います! リンちゃんはハイジさんの弟子なんかじゃなくて、えーっと、ほら、あれ! ただの恋人ですッ!」
ブーと紅茶を吹き出す。
「ひゃああー! リンちゃんの口からお茶がぁ! あたしの頭にぃい!」
「……ニコ……」
あたしはハンカチを取り出して口を拭きながら(ついでにニコの頭も拭いてやる)、誤解をはっきりと正しておく。
「あたしとハイジはそんな関係じゃない」
「ええーっ! だって、リンちゃんはハイジさんのことが好きで、ハイジさんもそんなリンちゃんを受け入れてるじゃない!」
「好きじゃない。師としては尊敬しているし、そういう意味ではもちろん彼のことは好きだけど、男女の関係ではないよ」
「うそだぁ」
ニコの眉がハの字になる。
「嘘じゃないよ」
「だって、突然ハイジさんを追いかけて押しかけたって聞いてるよ」
「誰に?」
「ペトラに」
「……」
(ペトラめ)
間違いではないだけに質が悪い……でも言い方に悪意があると思う。
魔力を通して見たあのキラキラは、あたしの見間違いであったか。
「残念ながら、愛だの恋だのという意味では、彼とはなんとも無いよ、本当に」
「そんなぁ……絶対ラブラブなんだと思ってたのに……」
何故残念そうなのか。
(まぁ、サウナじゃ裸の付き合をしてるけどね)
(あれは治療の一環だし、ノーカンでしょ)
そこで「んんっ」というトゥーリッキーの咳払い。
「念の為に再確認しますが、リンさんとハイジ君は、恋人同士ではないのですね?」
「断じて違います」
名誉にかけて、と片手を上げてみせた。
「なら、稽古のほうはどうでしょう? 引き受けてもらえないでしょうか」
「どうですか、と言われましても、あたしでは力不足です。それに、ペトラの店を手伝う約束もありますから、お断りします」
「随分きっぱりと断りますね」
「先約がありますから」
「ここを紹介したのが誰だったか、お忘れですか?」
「……」
(そういえば、ペトラの紹介だった)
(つまり、ペトラは了承してるということか)
とはいえ、そんな大役はあたしには荷が重い。
「無理ですね。実力不足というのも本当なので」
「ハイジ君は「問題ない」と仰ってましたが?」
ハイジが?
「お受けします」
ハイジが言うのであれば、一も二もない。受ける。
あたしがころっと意見をひっくり返したからか、ニコとトゥーリッキーはガクッとした。
「変わり身が早いですね」
「無駄が嫌いなので」
結論がわかっていることを引き伸ばすような会話は好きではない。
「……あなた、ハイジ君の子供か何かではないのですよね?」
「そう見えますか? あんな熊男の子供だなんて、冗談じゃないです」
「見た目の話ではなくて…‥性格というか、性質というか……周りから似ていると言われませんか?」
「今のところは言われたことはないですね」
「では、私が栄えある一人目ですね」
あなたたちはよく似ています、とトゥーリッキは断言する。
「リンちゃん……! そんな危ないことしちゃダメだよ!」
「危ない? 子供の相手が?」
「そうだよ! 危ないよ! 子供でも男の子なんだもん、乱暴だし、デリカシーはないし!」
「魔獣と比べたら、子猫みたいなもんだよ。大丈夫」
「ほほほ」
トゥーリッキはおかしそうに笑う。
クールで眼鏡なメアリポピンズも、笑うと人懐こいことを発見。
「とりあえず、今ちょうど、ギルド裏にハイジ君と子どもたちがいるはずです。顔を見せては如何でしょう」
「わかりました」
「同行は必要ですか?」
「不要です。……あ、トゥーリッキさん」
「何でしょう?」
「このお茶の葉ですが、分けてもらったりできますか?」
魔力回復のハーブティは持ってきているが、あれは寝る前に飲むものじゃないのだ。この味なら、ミルクティにすると良さそうだ。
「快諾のお礼として、給料に上乗せする形で融通しておきましょう」
トゥーリッキはそう請け負った。
* * *
「やぁ!」「くそー!」「やぁああーー!!」
カン、カン、カコン。
ギルドの裏手に回ると、子どもたちの元気な声が聞こえる。
見れば、いつもどおりハイジが子どもたちを虐待……否、稽古をつけていた。
「やぁーーっ!!」
(あ、ヤーコブ少年)
(驚いた、随分速くなってるね)
ハイジを追って街を出ると決めたあの日以来、あたしはヤーコブ少年のことは完全に忘れていた。
一時的とはいえ、一緒に同じ敵(ハイジ)に立ち向かった戦友だと言うのに、我ながら薄情なことだ。
「ひっ」
腰にしがみついているニコが覚えた声を出す。
ニコって、おバカで可愛いとは思ってたけど、運動も苦手なのか。
(ペトラに拾われてよかったね)
ニコは性格もいいし働き者で可愛い。
だからおバカでも運動音痴でもいいのだ。ぜひ幸せになってほしい。
そんなことを考えていると、空からヤーコブ少年が振ってきた。
ニコをかばってヒョイと避けると、ヤーコブ少年はかろうじて体勢を変えて足から着地。
あたしと目が合った。
「よっ」
「……久しぶりね」
そっけない再開の挨拶。
どうやらヤーコブ少年はあたしのことを覚えていたらしい。
「何なに? リンちゃんの知り合いなの?」
「あぁ? 誰だよそいつ?」
あたしの影に隠れて怯えるニコを、ヤーコブ少年が威嚇する。
「女性に向かって『そいつ』はないでしょ?」
「……ちっ、うっせぇな」
そう言ってヤーコブ少年は背中を向ける。
(若いなぁ)
って、これではあたしがおばさんみたいではないか。
(まだ十八歳だっての。……あれ? もしかしてもう十九?)
そんな事を考えていると、ハイジがいきなりこちらに木刀を投げつけてきた。
「うわっ!」
「ひゃああああ!」
木刀はくるくると結構な勢いで飛んできて、ヤーコブ少年とニコが驚いて悲鳴を上げるが、あたしはそれをパシッと受け取る。
「ええっ……! リンちゃん! すごいっ!」
「ありがと」
そんな大したことはしていない。時間を『加速』してやれば、飛んでくる木刀を受け止めるくらいのことはできる。
誇ることでもないのでニコに適当に称賛のお礼を言いつつ、ハイジに「なに?」と首をかしげてみせる。
ハイジは、クイッと首を動かして「あとはお前がやれ」と言外に伝えると、くるりと背を向けた。
そのままスタスタ歩き出す。
「「「えっ?!」」」
木刀を投げたと思ったら、いきなり帰ろうとするハイジに、子どもたちが声を揃えて驚いた。
(そりゃまあ、驚くわな)
(だから、言わなきゃ伝わらないっての、バカハイジ)
まぁいい。あたしはもう「引き受けた」のだ。言うなれば、魔獣を前に「Go」の口笛が鳴ったようなものだ。躊躇する時間がもったいない。
あたしはニコを引き剥がし、スタスタとハイジがいた場所まで移動し、子どもたちにクイッ、と「かかってこい」ポーズで挑発してみせた。
「はぁ?」
なめた態度で動かないヤーコブ少年と、事態についてこれずにオロオロする他の子供2人。
「何? どうしたの? かかってきなさい? それか……怖いのなら帰っていいわよ」
「はぁっ!? お前、なめてんのか?!」
「……あら、口喧嘩がしたいの?」
「ちっ」
ヤーコブ少年は舌打ちして、やる気が無さそうに歩いてきて、あたしの目の前に立つ。
顔を歪めて下から睨みつけてくるヤーコブ。
なんだか、ヤンキー漫画みたいだ。
読んだこと無いけど。
「だからお前、なめてんの? なんでお前がハイジの代わりにここに立ってんだよ。……邪魔。どけ」
「……あっそ」
いちいち言葉にするのも時間の無駄だと思ったあたしは、ヤーコブ少年を蹴っ飛ばして転がした。
ニコの「リンちゃん?!」という悲鳴が聞こえてきたが、とりあえず今は自分の役割が優先だ。
「イッテェな! てめぇ何すんだ!」
ヤーコブ少年はゴロリと転がって起き上がると激昂。フシャーと威嚇する。
威嚇してる時間があれば攻撃すればいいのに。
「遅い」
あたしは「加速」してヤーコブ少年をふっとばす。
一応は怪我をしないように、足から着地できるようにはしたけれど、この動きでは「寂しの森」ではやっていけないだろうな、とヤーコブの評価を一段階下げた。
「てめぇ!」
着地したヤーコブ少年は、そのまま突っ込んでくるが、あたしはそれを難なく迎撃。
カツンと木刀を叩き落として、そのまま足の間に突っ込んで転がしてやる。
「ギャッ」と無様な声を上げて転がるヤーコブ少年。
あわてて起き上がり、あたしを睨みつける。
どうやらようやく想像よりもヤバい相手だと気がついたらしい。
悠長なことだ。
「てめぇ……確かリンっつったか」
「名前覚えてくれてたのね。ありがと」
「生意気な女だな……俺たちは、ハイジから習いたいんだよ、引っ込んでろよ」
「そのハイジがあたしに任せたんだから、あたしとの稽古がハイジとの稽古よ」
「は? ……え? ……なんだそれ? 意っ味わっかんねぇ……」
聞いてねえよ、と怒り出すヤーコブ少年。
というか。
(何を悠長におしゃべりしているのだ)
「で、あんたは何? ペラペラくっちゃべってないでかかってきなよ」
「何だとっ!? 俺はお前を認めねぇって言ってんだよ! 聞けよ!」
「口数が多い」
とりあえず、加速してヤーコブ少年を転がす。
「なっ……! 何なんだお前は! 女のくせに!」
「はぁ?」
(まだ喋り足りないのかしら)
「バカなの? 」
「なんだとっ!?」
「あんたは魔獣を前に、まず性別を確認するの? それで? 敵が雌なら黙って殺されてくれるとでも?」
「ぐっ……」
「……魔獣をなめるな」
強い意志を込めて、ヤーコブ少年を睨みつけると、十分な威圧になったようだ。
ヤーコブ少年が脂汗を流し始める。
他の二人も(あとニコも)、固まって動けなくなっている。
「……かかってこないの?」
挑発するが、木刀を拾う様子はない。
あたしはため息をついて、ヤーコブ少年に背を向ける。
「そう。アンタは口喧嘩がしたいだけで、強くなりたいわけじゃないのね。じゃ、あたしじゃ役に立てないわ。帰っていいよ」
せいぜい口喧嘩の練習頑張って、と手をヒラヒラしてやる。
「……待てよ!」
「あんたは、逃げる魔獣にお願いするの? 『待ってください』って?」
「なっ……くそっ!」
口で何を言っても無駄だと悟ったらしく、ヤーコブ少年は木刀を拾って立ち上がる。
そして、背を向けたあたしに突進してくる。
ようやくやる気のようだ。
あたしは、この時すでに時間を伸長、加速に備えている。
「リンちゃんっ?!」
ニコの悲鳴が聞こえる。
そしてヤーコブ少年の木刀があたしの背を捉える瞬間に加速––––ヤーコブ少年の後ろに立ち、首筋にヒタリと木刀を添えた。
「はい、これであんたは一度死んだ」
「なっ……?! 今、お前、消えて……何をした……?」
「さあね。知りたいなら何度でもかかってきていいよ。心配しなくても、死んだり後遺症が残ったりしないように、優しくしてあげる」
「……くそっ! ……わーったよ……!」
ヤーコブ少年は木刀を下ろし、しぶしぶ頷いた。
うむ、ようやくヤーコブ少年の頑なな心も解きほぐされたようだ(棒)。
(認めてもらえたようで何より)
ヤーコブ少年ばかりにかまけているわけにもいかないので、隅っこで震えている見知らぬ少年二人にも声をかけた。
「そこにいる二人も」
「「は、はははいっ!!」」
「そんなに怖がらなくていいから」
あたしは苦笑して、
「ハイジの頼みだからね。大丈夫。ちゃんと強くしてあげるから、安心して?」
あたしの態度が柔らかくなったので、二人はホッと顔を見合わせる。
「それで、あんたたち名前は?」
「……シモです」
「ヨセフです」
「そう。あたしはリン。よろしく」
「よ、よろしく」「よろしくです」
「それでね、シモ、ヨセフ。これからはハイジが街にいる時だけじゃなく、毎日欠かさず稽古をしましょう」
「……毎日?」
「ええ。訓練は毎日続けないとあまり意味がないから。でも、そうね、週に一度くらいは休んでいいわ」
「わ、わかった」「わかりました」
「いい子ね。……そうだ、シモ、ヨセフ。あとそれからヤーコブも」
「……何だよ?」
「サボらずに一週間続けることができたら、その都度、お菓子を買ってあげる」
「えっ! 本当に?!」
「ええ。約束する」
「やった!」
「お菓子だって!」
「それって、甘いやつ限定? 肉とかでも良いのかな」
子どもたちが飛び上がって喜ぶ。
うん、ハイジの訓練って、鞭しかないからね。子供には飴だって必要だ。
「とりあえず、残りは軽く流すくらいにしましょう。三人とも、いつでもかかっておいで」
優しく笑ってやると、子どもたちは頷きあって、あたしに向かって攻撃し始める。
笑顔に釣られた子どもたちを、あたしは容赦なく転がした。
こうして、あたしには3人の弟子ができた。
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