5
この世界は、異世界のくせに、魔法使いがいない。
ファンタジー感がなくてつまらないなー、などと思っていたら、なんと、魔力はちゃんと存在していた。
と言っても、漫画みたいにファイヤーボールを放ったりするような派手な魔法がつかえるわけではない。
できるのは、ちょっとした身体強化や、感覚の拡張程度のことだけだという。
あたしはがっかりした。
それだって、少しでも魔力を利用できる人はごくごく一部の限られた人間だけで、戦士が100人いても魔力を利用できるのは一人いればいいくらいのものだという。
さらに、その力をちゃんと使いこなせる者となると、それこそ一つの領地に数人という珍しさなのだとか。
「ハイジはどうなの?」
と聞くと、ハイジは
「相手の攻撃を事前に体感できる」
と答えてくれた。
(なんじゃそりゃ)
意味がわからなかったが、要するに、戦いの中で集中力が高まってくると、
要するに「切られてから避ければ切られなかったことになり、矢で打たれてから剣を振れば矢を切り落とす事ができる」というわけだ。
その力をハイジは『先の先』と呼んでおり、人からは、あたかも攻撃をキャンセルするかのように感じさせるため、そのまま『キャンセル』などと呼ばれているとのこと。
何そのチート。
しかし、……ハイジ曰く、あたしにも魔力があるらしい!
曰く、『はぐれ』は例外なく魔力を内側に宿しており、しかも才能が開花するのも早いという。
ただ、身体的には脆弱なことが多く、『はぐれ』には『戦える者』がほとんど居ないらしい。
(ハイジが言うなら、本当にあたしにも魔力とやらがあるのだろう)
(しかも、あたしは只でさえ珍しい『はぐれ』の中でもさらに珍しい、なかなかのレアキャラだってことね)
そうとなれば、鍛えない手はない。
訓練はシンプルで、突っ立って目をつぶり、深呼吸をするだけ––––つまり瞑想である。
自分の体が地面と一体になり、感覚を広げていくことをイメージする。
はじめは「なんのこっちゃ」という感じだったが––––しばらく無心で訓練を続けた頃、唐突に理解させられることになった。
瞑想中、すぐ近くをリスのような魔獣が通りかかった瞬間、あたしは「そこに何かがいる」ことを感じたのだ。
姿も見えず、音も聞こえないにも関わらずだ。
あたしはこれまで感じたことのない感覚に驚き、ハイジにそのことを報告すると「その時の感覚を拡張しながら自分の中の魔力を探せ」と言われた。
取っ掛かりができたのが嬉しくて、あたしはますます身を入れて訓練を続けた。
まだまだモノになるほどではないが、これなら街へ出ても訓練は続けられるだろう。あたしは少しずつでも成長できるように、毎日30分ほどの瞑想をモーニングルーティンに組み入れた。
そして狩りが始まる。
* * *
狩りは、食料調達と毛皮の入手が目的ではなく、本来は人や家畜を襲う魔獣を間引くために行っている。
だからだろう、たまに街へ行くと、見知らぬ人から感謝されることが度々ある。
聞けば、ハイジが「寂しの森」に居を構えるまでは、森から溢れ出した魔獣に家畜や人が襲われることは珍しいことではなかったようだ。
もちろん、当時も定期的に冒険者を雇って駆除はしていたが、冒険者にしてみれば命がけの割に、大した儲けにもならないこの仕事は、人気がなかった。
人が集まらなかった時には魔獣が溢れ、時には街にまで魔獣が襲い来ることもまであったという。
この森は、険しい山を背にした魔物の巣。
「魔物の森」として恐れられているのだ。
それも、ハイジが魔物の森に住み始めると、状況は一変した。
拡大するばかりだった魔物の領域も、ハイジが虱潰しに魔獣を駆除し始めてから縮小し始めた。
この世界に来てすぐにあたしを絶望させたあの大雪原も、昔は魔獣の領域だったという。つまりあれだけの広い土地を、人間は魔獣から取り戻したということだ。
ハイジたった一人の力で。
そして今では、何故かあたしも魔獣を狩る者として認知されている。
買いかぶりもいい加減にして欲しい。
ふざけるなと言いたい。
* * *
狩りに出ると、ハイジはすぐに魔獣たちの居場所を見つける。
魔力を自分のものにできれば、近くにいる生物のほとんどを感じ取れるそうだ。
この技術を『気配探知』と呼ぶ。
(あたしも半径2m くらいまでならぼんやりとわかるけれど……道はまだまだ遠そうだ)
(っていうか……考えてみれば、この世界に来た日にあたしが逃げた時、ハイジは居場所を把握してたってことよね?)
ついでに締め出しを食らってノックをためらっていた時にも、当然気づいてたということになる。
どんなドライさだよ。
あんたこそ実は魔獣なんじゃないの、などと思う。
そうこうしているうちに、魔獣に接近。
「ピー、ピー」
ハイジが小さく口笛を吹く。
あたしでも戦える程度の魔獣が二匹––––了解。
いらない考えを脳から追い出して、狩りに集中する。
全身全霊だ。
あたしは二本の矢を構え、周りの地形を頭に入れる。
ハイジの「フィッ!」という鋭い口笛を合図に、あたしは飛び出す。
ザザザザザ……!と雪と草を踏み分けて接敵––––見えた! いつものウサギ……ジャッカロープが視界に入った瞬間、矢を放つ!
一匹は命中! もう一匹は予想よりも動きが早く惜しくも逃す。敵は攻撃されたことで怒り狂って、燃えるような赤い目をあたしに向け、猛烈な勢いで突進してくる。
ジャッカロープの武器は、その鋭い角だ。その射線は、正確にあたしの眉間の辺りを狙っている。
これでは短剣で仕留めるのは難しいだろう。悔しいが、あたしは諦めて後ろに飛んで倒れる。
(ハイジ、よろしく)
ジャッカロープは空中で器用に体制を変えて地面に倒れるあたしに角を向けるが、その瞬間にハイジの射る矢に貫かれる。
矢と一緒に弾き飛ばされるジャッカロープは、そのまま白樺に縫い留められる。
獲物を横取りされたような気になるが、変に
(悔しいな……2匹まではどうやら同時撃ちで対応できるようになったけれど、見た瞬間に射ると、どうしても一匹にしか集中できない)
(まだまだ、ってことね)
ジャッカロープに襲われて、怪我をしたり殺されたりすることに対しては、特に何の不安も感じていない。
万に一つでも、ハイジが撃ち漏らすことなど、ありえないからだ。
ただ、弓の腕がなかなか上がらないこと、しかも判断が遅い自分が悔しかった。
(時間があれば自主練もしてるんだけどなぁ)
あたしは悔しさを噛み殺し、ジャッカロープを拾って、血抜きしてから内蔵を抜き、紐で縛って背中に担ぐ。
今日の戦果はウサギが5匹だけ。
もうすぐイノシシ(もちろん角つき)が出るらしいが、ジャッカロープは繁殖力旺盛でドンドン増えるので、見つけたら徹底的に狩るのが鉄則だ。
ハイジ曰く、大物はだいたい狩り尽くしたそうだ。
そのおかげか、遭遇する魔獣の七割くらいはこのうさぎだったりする。
ちなみに魔獣は基本的に、額に角が生えている。
同じ魔獣でも、強い個体になればなるほど、角が長くなる。
長すぎて途中で折れてしまったような個体だと、相当腕があっても苦戦するという。
しかし、強い個体の毛皮は丈夫で暖かく、毛並みも美しい。
だから、ここで穫れる魔獣の毛皮はかなり高く売れるんだそうだ。
(それって、つまりハイジってば、かなりお金持ちってことだよね)
(贅沢してるところ見たこと無いけど……あっ! ひょっとして娼館で散財してるのか!?)
まぁ、ハイジがお金を持っていようとなかろうとここでの生活は変わらないし、娼館でどんな女と遊ぼうと、あたしには関わりのないことだ。
それよりも、ますます春めいてくる森を感じ、あたしはここでの生活の終わりを意識しはじめる。
(もっともっと強くならないと)
雪解け月の終わりには街へ行くと、ペトラと約束してるのだ。
約束は果たさなければならない。
(街が嫌ってことは全然ないんだけれど)
(でも)
あたしはここが、魔物だらけで、人の気配のない、寂しく凍てついたこの森が、自分の居場所だと強く感じている。
厳しい生活だし、痛い思いをするのもしょっちゅうだ。
すぐに治るとはいえ、頻繁に怪我をするのも、正直キツイものがある。
(でも––––あたしはここが好きだ)
この気持は、自分でもどうしようもない。
この世界に飛ばされてきてしばらくは、眠るたびに日本のことを思い出して辛くなっていたが、最近では両親や友人たちのことを思い出しても、まるで遠い昔の事のように思えて、その辛さも薄くなっている。
あたしが居なくなった両親がどれほど悲しんでいるだろうか。それとも、もしかすあるとあちらには「ここにいるあたし」ではない「別のあたし」がいたりするのだろうか?
わからない。
わからないが、両親が悲しい思いをしていなければ良いと思う。
ついでに、日本が恋しいとも感じなくなりつつある自分は、もしかするととんでもない薄情者なのだろうか、と思ったりもする。
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