3
あれは街から森に戻ってすぐくらいの頃だった。
その日、あたしは始めたばかりの訓練で、初めて怪我をした。
足場の悪い場所での訓練で、左腕の肘を思いっきり擦りむいて、皮はずるむけ。
ついでに手首もひねってしまい、痛みに慣れていなかったあたしは動けなくなってしまった。
仕方なくその日は訓練は中断。
ハイジはあたしを連れて小屋に戻り、手際よくあたしの怪我治療すると、何故かサウナに薪をくべ始めた。
サウナは風呂と比べると手間が多い。
狭いサウナだが、この空間全ての温度と湿度をあげようとすると、燃料もかなり必要になる。
あたしは何をやってるのだろうと見ていたが、ハイジは何度も温度を確認したり、焼いた石に水をかけたりして、何やら忙しくやっている。
(擦りむいた手がしみるから、お風呂じゃなくてサウナにしたってことなのかな)
(……いや、ないない。この男にそんな気遣いができるわけないだろ)
やがて適温になったらしく、ハイジがおもむろに服を脱ぎ始める。
あたしは慌てて小屋に逃げ戻った。
小屋でおとなしくていると、小一時間ほどしてハイジが小屋に戻ってきた。
ハイジがあたしに布を渡してきたので、とりあえずあたしもサウナに向かう。
しかし、サウナに入る習慣のなかったあたしはどうしていいかわからない。
しばらくオロオロしていたが、ずっとこうしていても仕方がない。
意を決して服を脱ぎ(その日は汗だくだったのだ)、サウナに突入する。
サウナは蒸気がもうもうとしているし、暑苦しいし、気持ちよさなど全く感じなかった。
(うげぇ……なんだこりゃ……)
(日本でもサウナは人気だったっけ……こんなものの一体何がいいんだか)
多少傷に沁みても、普通のお風呂が良かったなぁ、などと思う。
すぐに出ていいのものなのかわからなかったので、布を敷いて座ってぼーっと過ごす。
すぐに息苦しくなって、そろそろ出ちゃってもいいかな、と思った時……いきなり扉が開いて、すでに一度サウナに入ったはずのハイジが入ってきた!
しかも、布一枚を腰に巻いただけのほとんど素っ裸!
「ひゃああああああああ!?」
あたしはパニックを起こした。
与えられた布はお尻の下に敷いていたので、体を隠すものがなにもない完全無欠の真っ裸だったのである。
「きゃああッ!! きゃああッ!! 見るな! 見るなぁーーーーーッ!!」
あたしは悲鳴を上げて、敷いていた布で体を隠しながら、サウナの奥へ逃げた。そりゃあもう、必死で逃げた。
奥は入り口付近よりもずっと熱かったが、あたしはハイジの突然の凶行に、必死で布で体を隠しながらガタガタ震えた。
「ちょ、やめて! 来ないで! 出てって!」
あたしは背中を向けて丸まり、頭を抱えながらも、ぶんぶん手を振り回しながら、パニックを起こして叫ぶが、ハイジは構わずずんずん近寄ってくる。
しかも、手に持った枝で、パシコーン!とあたしの体を叩いたではないか!
「ギャーーーーーーッ!?」
当然悲鳴。
この瞬間が、この世界に来て一番のパニックだったと断言できる。
あたしは叫んだ。
「何なの?! 信用してたのに! やっぱり
泣き叫ぶあたしを無視して、ハイジは無言であたしを枝でバシバシ叩き続ける。
「やめて! やめてったら!」
泣き叫びながら、きっとこのまま襲われるんだ、さようならあたしの純潔……と思っていたら、ハイジは叩くのをやめ、ストンと近くに座った。
そして、今度は自分の体を枝でバシバシと叩き始める。
しばらくバシバシ音だけが聞こえてくるので、あたしは恐る恐るハイジの方を振り返った。
(な、なにしてるの?……って、これ、なんだか見たことがあるよ?!)
ハイジは恐慌状態のあたしを一切気にすることもなく、バケツから柄杓で水をすくって、焼け石にかける。
ジュワーと音がして、サウナはますます熱くなる。
(どうしよう、こんなところにずっといたら、熱中症で死んじゃう)
ハイジはすっくと立ち上がり、扉をガバっと大きく開け放つと、そのまま水風呂に飛び込んでみせた。
一度潜って、顔を出し、ザブザブとしばらく浸かると、またサウナに入ってきた。
混乱したまま、呆然とそれを眺めるあたし。
しかも水風呂から上がる時に、見えちゃいけないものが見えてしまったような気がする……。
ハイジはすました顔で、相変わらず枝でバシバシやっている。
(……これ、もしかして)
ハイジは、それを何度か実現すると、枝――あとでそれが「ヴィヒタ」という名前だと知る――をあたしに差し出して、何事もなかったかのように出ていった。
どうやら、サウナの入り方を実演してみせたらしい……って、なんじゃそりゃ!!
「流石にこれはない!」
あたしは虚空に向かって怒鳴った。
あたしが子供だとか、女に見えないとか、そういう問題じゃないだろう!
向こうがどう思っていようと、あたしだって年頃の女なのだ。
胸だってささやかながらちゃんとあるし、それを男性に見られたくないということくらい考えたらわかるだろう!
あたしは怒り心頭で、
「アホかーーッ!! いくら何でもデリカシーなさすぎでしょ?! 口で説明しろっ!! 頭おかしいんじゃないの、あの男!!」
などと毒づいていたが、しばらく怒鳴っているうちに、だんだん頭が冷えてきた。
もはや、恥ずかしがるのもバカバカしくなってきた。
それにしたって、いくらなんでもあれは流石にありえない、と思ったあたしは、サウナから上がるやいなや、ハイジに
「あなたにとってはあたしは子供なのかもしれませんが、それでも一応、性別は女性なのです。故に、男性に裸を見られることには強い抵抗があります。なので、どうか形だけでもいいので女性扱いしてください。おねがいします」
と涙ながらに切々と訴えた。
ハイジはちょっと驚いた顔をしたあと、申し訳無さそうに「すまん、わかった」と謝ってくれた。
さすがにその日以降、ハイジもあたしが入っているサウナに侵入してきたりはしなくなったが、ある日サウナとヴィヒタで怪我が治ることに気づいた。
きっとあの日も怪我は治っていたのだろう。でも、それどころではなかったあたしは、その事に気づいていなかったのだ。
ハイジは訓練ごときで一切怪我をしない。狩りでも訓練でも、全くの無傷。だからハイジに治癒効果は無用。
だが、あたしが怪我をすると、ハイジは必ずサウナに火を入れる。
サウナはドラム缶風呂と比べて、かなり薪を多く消費するのに、だ。
さすがにサウナに貴重な薪を消費するのがあたしのためなのだと、気づかざるを得なかった。
なるほど、あの時のハイジが教えたかったのは「サウナの入り方」ではなく「怪我の直し方」だったわけだ。
戦場が日常の一部であるハイジにとって、怪我の治療に裸もへったくれもない。ましてや、あたしの性別など、本当にどうでも良かったのだろう。
ハイジの感覚のズレっぷりと非常識っぷりには心底がっかりしたものの、結局あたしはそういうものなのだと、諦めることにした。
こうして、あの朴念仁を相手に恥ずかしがるだけ無駄だと思い知ったあたしは、ある日突然「いっそこちらから特攻したらどうなるだろう?」と思い立った。
普段から転がされまくっている仕返しがしたい、なんていう悪戯めいた気持ちもあった。
慌てふためくハイジを想像して内心ほくそ笑みながら、あたしは早速ハイジを追いかけてサウナに特攻した。
どんな反応を示すんだろうと楽しみだったが、しかしハイジには何の反応もなかった。
全く、一切合切、これっぽっちも反応がない。
眉一つ動かさなずにバシバシとヴィヒタで体を叩いている。
あたしはがっかりした。
拍子抜けもいいところだった。
一人でドキドキしながら顔を真赤にしていた自分がバカみたいだ。
(ハイジさんハイジさん、年頃の女の子が素っ裸ですぐ横にいますよー)
(何も感じないんですかー? あなたの大好きな姫さんと同じ『はぐれ』ですよー)
などと心の中で煽ってみるも、何の反応もない。
ひょっとしてあたしの存在に気づいてないんじゃないかと勘ぐりたくなるくらい、平然とヴィヒタでバシバシやっている。
(この男……ひょっとして何も考えてないだけなんじゃないの?)
あたしは、なんだか何もかもアホらしくなって、自分も一緒になってヴィヒタでパシパシ体を整えはじめた。
そのうち、薪の節約のために、サウナは一緒に入るようになった。
自分でもナンダコレと思わなくもないが、とにかくあたしはサウナの気持ちよさと、ハイジの唐変木ぶりを知った。
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