それからというものの、あたしは仕事をしたり、休憩時間になるとおじさんたちと色んな話をしたりと、忙しい毎日を送っている。

 

 ボン、キュッ、ボンな娼婦とイチャイチャしてるおじさんがいたり、酔っ払って床で寝こけていたり、時には泣き出したりする人がいたりもするが、基本的にあたしの身の安全は確保されているっぽい。

 どうもみなさんあたしのようなお子様には興味がないようで。


 情報収集には良い環境だと思う。

 おかげでこの世界や『はぐれ』について、ハイジの向かった戦争や、今の領主さまについてなど、断片的ではあったが、いろんなことを知ることができた。



 * * *



「で、ハイジは戦争で『はぐれ』を拾っちまってなぁ」

「『はぐれ』に縁があるのかね? あまり『はぐれ』にいい思い出はないだろうに、災難だな」

「ああ、前にミッラが「災難なのはハイジのほうだ」って言ってたのはそういうことかぁ」


(でも、そんな偶然ってある? その子供とあたし……めったにいないはずの『はぐれ』の出現に、二度も遭遇するなんて……)

(まさかハイジが呼び寄せたんじゃ……って、それはないな、うん)


「で、その拾った子、どうなったの?」

「ちょうどハイジが敵に囲まれてるときに、ひょっこり現れたらしいんだ」

「ええっ! 危ないじゃないの!」

「そりゃあ危ないな」


 それと比べれば、あたしの出現場所は遥かにマシな環境だったに違いない。


「あいつも必死に守ろうとはしたらしいけどな。ろくに言葉も通じないだろ?」

「むしろ、ハイジから逃げようとしたらしいな。そんなことをしてるうちにその子は矢で射られてな。目の前で死んじまったらしい」

「あいつ、女子供が死ぬの嫌がるからなぁ……いや、そんなの誰だって嫌だろうぜ? そうだろ?」

「その時にあいつ、怒り狂って、敵を全滅させたんだよ。一人で。敵は五十人以上いたってのに」

「凄い……!」

「でも、その時に利き手を切り落とされて、もう片方も健をやられてなぁ」

「え!?」


(腕を切り落とされた?!)


「あの時ばかりはヤバかったらしいな」

「もう死ぬばかりだったそうだぜ」

「え、え、で、でも……あんなに太くて立派な腕が付いてるじゃない……!」

「従軍治癒師に助けられたんだ」

「その時は、領主付きの腕利きの治癒師がついてきてたんだよ、姫さんの命令でな」

「優秀な治癒師なら、切断されてすぐの腕くらいなら綺麗に治すぜ?」


 ……よく知る人のグロテスクな武勇伝に、貧血を起こしそうだ。


「ただ、後から繋いでも、一度切り落しちまうと、それまでの経験値がなかったことになるけどな」

「経験値?」


 なんだかゲームみたいな単語が出てきた。

 ファンタジー世界なんだから当然……なのか?


「経験値って何?」

「経験値っていやぁ、敵を殺すと手に入る力のことだよ」

「嬢ちゃんの世界にはなかったのか?」

「なかったわ、そんなの」

「そうなのか……獣や魔獣、敵の兵士なんかの敵対者を殺すと、相手の力の一部を奪うことができるんだよ」

「へぇ、……それが手に入るとどうなるの?」

「人にもよるが、男ならどんどん体がでかくなったりするな」

「ハイジみたいに?」


 あたしが訊くと、男たちは笑った。


「ありゃあ特別だ。もともと大きかったんだろうし、鍛え方も半端ないからな」

「経験値ってのは、要するになりたい自分になるための力だからな。男なら誰でも強く大きくなりたいもんだろ?」


 ……体がハイジみたいに肥大化するのはごめんだから、あたしは気をつけよう。

 魚を捌いたりする分には大丈夫だよね?


「女ならどうなるの?」

「女はあまりでかくならないな。力が強くなったり、素早くなったりはするようだが」

「いやいや、女でも体がでっかくなるやつもいるぜ?」

「でかくて『重騎兵』なんてて呼ばれてる女もいるな」


 どうやらあたしがハイジみたいな巨体になることはないらしい。


「でも、ハイジのように腕を切り落とされたりすると、たとえ治癒しても、腕に宿った経験値は無くなっちまうんだな」

「自分自身の筋力とかは残るけど、奪った分はまるごとなくなるのさ」

「なんでも、一度切り離すと、治るのは見た目だけだって話だぞ」

「継ぎ目がえらく痛むって聞くな」

「細っこくなった利き腕を見て、あいつ呆然としてたっけ」

「まぁ、だいぶ元には戻ったようだがな」

「いやいや、あの頃のハイジは、あんなもんじゃなかったぜ?!」


 生々しい話に、気が遠くなる。

 日本人女性には刺激が強すぎる。


「でも、その時の殲滅戦で、エイヒムは奪われずに済んだんだ」

「敵の領主はあまり良い噂を聞かなかったしな。だから俺たちもまぁ、ありがたかったな」

「領主が変わるなんて、そんなことしょっちゅうあるの?」


 話には聞いたけれど、ちょっとピンとこなかった。

 それって、言ってみれば、国が変わるようなものなのではないのだろうか。


「いや、領主が変わることなんてそう珍しくもないぞ? ここだって、昔はろくでもない領主が収めてたんだぜ?」

「今はいい領主で正直助かってるけどな」

「俺は覚えてるぜ。前の領主がハーゲンベックだった時は、地獄だった」

「ああ、ありゃあ酷かった……!」

「だが、今の領主は話のわかる方だぜ!」

「ライヒ伯爵は、俺たちみたいな平民のことをちゃあんと考えてくれてるぜ!」

「素晴らしい領主に乾杯!」

「ライヒ伯爵に乾杯!」

「乾杯!」


 ……何かしら理由をつけて乾杯するのがここの男たちの習性のようだ。


「というか……前の領主ハーゲンベックと、今の領主のライヒ伯がぶつかった時に、ライヒ伯を文字通り『勝たせた』のが、ハイジだ」

「だから、あいつは『英雄』と呼ばれてるってわけだ」

「ああ、そうだ。英雄に乾杯!」

「英雄に乾杯!」


 だが、その英雄も、全盛期からすれば随分と弱くなった皆は言う。

 それはきっと、英雄だったころのハイジを崇拝するような気持ちから出た言葉なのだろうが、弱くなったハイジが戦争に参加していることを考えると、あたしはだんだん不安になる。


「え? 今の戦争か? ただの小競り合いさ」

「うちの領は強い。本気で取りに来る領主は少ないだろ」

「敵はハーゲンベックだ。エイヒムの……この街の前の領主だ」

「あんな奴にまた統治されるのはごめんだぜ!」

「ライヒ伯が負けるわけねぇよ」

「オルヴィネリと同盟も結んだし、これでエイヒムは安泰だ!」

「エイヒムに乾杯!」

「乾杯!」


 戦争、戦争、戦争。

 この世界では戦争はとても身近で、まるで当たり前な、日常の一部なようだ。

 戦争を酒の肴に乾杯を繰り返す男たちを見て、あたしはだんだん不安になってくる。

 この世界について知るはずが、いつの間にか戦争への恐怖をふくらませることになってしまった。


 ハイジは大丈夫なのだろうか。

 帰ってくるよね?


 幾度目かの乾杯とともに、勇ましい男たちの話は終わらない。


「だから、ハーゲンベックがいくら仕掛けてきても、ライヒはびくともしねぇよ」

「ハイジだって付いてるしな。負ける理由がねぇ!」

「勝てないのに仕掛けてくる理由? いやぁ、お貴族様のすることだからなぁ……俺らにゃわからん」

「何? 死ぬんじゃないかって? 誰が? いやいや、あいつに限っては大丈夫だろ。そりゃあ……絶対とまで言われるとさすがにわからんが……だって、誰だって死ぬときは死ぬだろ。いくら元英雄だっつっても、矢を受けりゃ即死することだってあるし……って、リン、なんだおい、泣くんじゃねぇよ!? 何だ何だ、おい、俺じゃねぇ! 泣かしたりなんてしてねぇよ! リンも、大丈夫だっつってんだろ! あの男が簡単に死ぬかよ!」

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