日本なら考えられないことだが、暇な時は何度でも休んでいていいらしい。

 やることさえやれば、休もうが休むまいが関係ないらしい。

 だんだんわかってきたが、この世界はなかなか合理的である。


 だから、仕事が暇になると、休憩を兼ねて食事をいただく。

 バックスペースなんて気の利いたものはないので、普通に客に混じってピラフのような賄いをスプーンで食べる。

 味は悪くない。


「ハイジが行くなら、オルヴィネリの領主はラッキーだったな」


 食事をしていると、後ろからそんな話声が聞こえてきた。

 「ハイジ」という単語を耳にして、周りを見回す。

 話しているのは見覚えのある男だった。確か……、


(ヘルマンニさん、だったっけ)


 ヘルマンニは他の酔っぱらいと昼間から飲み比べをしているようだ。

 この人なら話しかけても大丈夫だろうと踏んで、あたしはスープンを咥えて、ピラフの皿ごとヘルマンニの席へ移動する。


「こんちゃ」

「おっ、なんだ嬢ちゃん、サボりか」

「休憩よ、ヘルマンニさん。……で、さっきの話だけど」

「さっきの話?」

「領主がラッキーだったとかなんとか」

「ああ」


 ヘルマンニは赤ら顔で頷く。


「ハイジの話な。ありゃあ、昔の戦争の英雄の一人だよ」

「英雄?」

「そうとも! あれはもう十五年ほど前になるか。あの頃のハイジは本物の英雄だった!」


 芝居がかった態度でヘルマンニがそう言うと、隣の客たちも口々にハイジについて話し始める。


「あの頃のあいつは本当に強かった。今はもう昔ほどの力は望むべくもないが……」

「それでも百人力って言われてるぜ!」

「ハイジがいると周りが奮起するんだよな。強さももちろんだが……何よりもあいつが戦場にいるとみんな奮い立つんだ!」


 なんだか随分と評価されているらしい。

 酒の肴には良い話題なのだろう、みな良い調子で「英雄」を称え合う。

 離れた席の連中も、ワイワイ話に乗ってくる。


「腕っぷしというより、ありゃ経験の違いだろうな。腕ぷしだけなら他にも強いやつはいる」

「いやいや、最近は昔の力を取り戻しつつあるって聞くぜ?」

「どちらだっていいさ! なにせ、あいつが要ると周りも釣られて強くなるんだ」

「なんたって、英雄様だからな!」

「戦わなくたっていいだろうに……お姫さまのために健気なことだ」

「……えっ?」


 なんだか、話題にそぐわない単語が出てきた気がする。


(ちょっとまって、お姫様って誰?)


「ね、ねえ、何? お姫さまって」

「エイヒムで『姫さま』っつったら、これはもうライヒ伯の養女しかいねぇよ!」

「ここの領主様の養女さね 」

「これが、えれぇ美人でなぁ」

「ハイジが惚れてたんだよ。昔な」

「ええええええ」


(えええ……! あのハイジが!? ロマンスなんて全然似合わないのに!)


「まぁ、身分も違うしな」

「噂によると、姫さんもハイジのことが好きだったって話だが……まぁ、恋仲にはなれんよなぁ」

「貴族とボディガードじゃ身分が違うしなぁ」


(しかも、まさかの悲恋……! あの熊男が!?)


 あたしはなんだか聞いてはいけないことを聞いたような気分になった。


 慌てて話をそらすことを考える。

 ……そういえば、ずっと聞きたかったことがあったんだった。


「そうだ、教えてほしいんだけど……『はぐれ』って、何?」

「はぁ? 知らねぇのか?」

「お前さんみたいのを言うんだよ」

「……どういうこと?」

「自分のことなのにわかんねぇのか……? たまにいるんだよ、目の色が違うガキが」

「目の色?」

「まぁ、髪の色もだな。黒目に黒髪……ってのが特徴だが、まぁ、髪は黒っぽいやつも居なくもない。でも目が青くないなんて変だろ?」


 そういえば、この世界の人達はみんな目が青いね……。


「俺たちは精霊が産み落とした子供なんじゃないかと睨んでる」

「俺達は女の股から生まれてくるが、嘘か真か、黒い目の子供には親がいねぇんだとさ」

「気づけば、いつの間にかそこにいるって話だな」


 あたしは、この世界に飛ばされてきた日のことを思い出す。

 つまり、あたしの他にもこの世界に飛ばされてきた人間がいるということなのだろうか。


「嬢ちゃんも『はぐれ』なんだろ? 精霊の子供だってのは本当なのかい?」

「そんなわけ無いでしょ、普通にパパもママもいるわよ」

「 じゃあどこから来たんだよ」

「多分、違う世界から……かな」


 このあたりは自分でも自信がない。


「違う世界? それが精霊の世界なんじゃないのか?」

「違う……と思う。 っていうか、わたしはこの世界のことがわからないし」

「親は精霊? それとも普通の人間なのか?」

「人間だよ、黒髪で黒目だけどね」

「じゃあ両親とも『はぐれ』なのか」

「うーん……うまく説明できないけど、ここじゃない別の場所では黒目は珍しくないんだ」

「ふうん」


 気づくと、いつの間にか、おじさんたちがあたしの周りに集まっていた。

 なんだろう、ちょっと恥ずかしいんですけど。


「あたし、この世界に来たばっかりだから、ここのことはよくわかってないんだ。よかったら色々教えてね」

「でも言葉、通じてるじゃねぇか」

「うん、なんでだろ?」


 言葉も通じるし、文字も読めるんだよね。

 きっと何かファンタジー的な理由で。


「『はぐれ』は上手く育てたら有能だっていうぞ」

「嬢ちゃんも、いい仕事が見つかるといいな?」

「うん、ありがとう」


 ……なんだか、この世界っていい人が多くない?

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