第14話 しばらく行くと
しばらく行くと、洞窟の先がトンネルの出口のように明るくなっている。
そして、そこにたどり着くと視界が開け、緑の木々や草原に大地が覆われただだっぴろい空間にでた。向こうの壁まではおよそ2キロぐらい、天井も高くドーム状になっていてその中心には光輝く鉱石が輝いている。そのせいで地下の中でもここだけは昼間のように明るい。
「明るいのでほっとしますね」
「あれは太陽石、です。魔物は光を嫌うのであまりここにはいません。まあ、腹を空かせていればその類ではありませんが……、です」
「じゃあ油断なくいきます」
草原の中を油断なく進んでいく。時々ホーンラビットやコボルト、オーグなどが飛び出してくるが、気配を察している俺には無意味なことだ。
軽く蹴り飛ばし、殴り飛ばして先を進む。どうやらこの辺りからダンジョンの中層になるのか、出てくる魔物も王道ファンタジーの中位種になるようだ。
やがて、目の前に幅5メートルぐらいの川が流れているのが見えた。流れは中央に点在する岩にぶつかりしぶきを上げている浅そうな川、いや沢といってもいいくらいだ。
「この地脈を流れる地下水、です」
水辺には魔物が数頭いて、水を飲んだり近くの岸で寝そべったりしている。
「見たところ毒はなさそうだ……」
そう呟いた途端、川辺の魔物たちが悲痛な声を上げて暴れ出した。
「感づかれたか?」
そう思ったがそうじゃない。沢から半透明な触手が突き出され、魔物の皮膚に刺さっているのだ。そして、刺された魔物はあっと言う間に干からびてしまったのだ。
「メガゼリーフィッシュ! です」
「あれが?」
なるほど、あれはクラゲの触手なのか? 体全体は完全に水と同化してどこに本体があるのか分からない。擬態と気配遮断……、ステルスか。あのスキルは正直喉から手が出るほど欲しい。
本体がどこにいるのか分からなければ……。いや、とりあえずあの触手にビームをぶち込んでみるか?
レーザーブレードを抜き沢岸に音もたてずに近づいたはずだが、川面に影が映った途端、手首ぐらいの太さの触手が襲ってきた。切り払おうとレーザーブレードを横薙ぎに払うが、レーザーブレードは触手に当たったところで刃を失い、触手が切れ無い。
「?」
膜のようなものも無く、本当に意思を持った水の塊のようだ。水の中だとビームは乱反射して焦点を結べない。結果、レーザーブレードは水に触れた先から刃先が消えてしまったのだ。でも、レーザーブレードに触れた触手は恐れた様にすべての触手をひっこめた。何が触手を恐れさせたのか?
レーザーブレードは刃先が輝き派手に見えるが本当の武器は……。ははあーん、そう言うことか!
再び川面から飛び出してきた触手に向かってレーザーブレードを突き入れる。慌てて逃げようとする触手を左手で掴んだ。ぬるっとした粘度の高い手触りだ。
掴んでいる触手がドンドン熱を持ち、熱くて持っていられなくなりそうだ。
「スキル、鋼のうろこマックス」
熱に耐えられるスキルを展開して触手を握って放さない。逃げようとする触手との我慢比べだ。
やがて触手が沸騰するように、ボコボコと泡立ってきた。頃合いだな?
そう考えた途端だった。
ドッドン――――――ン!!!!
10メートルほど下流で、大きな爆発音と共に水柱が上がった。
何が起こるかを理解して耳をペタンとしていたエムが口を開いた。
「水蒸気爆発……? です」
「うん。レーザーブレードの最大の武器、それは鉄をも切り裂く高熱ですからね。ビームを形作る光子は膨大な熱エネルギーを持っています。熱エネルギーが上手くメガゼリーフィッシュの体液だけに循環しましたから。熱のすべてをこの沢に流されたらこっちのMPが底を着いたんだけど……」
「沢を流れる水と高温になったメガゼリーフィッシュの体液が混ざり合った途端、水蒸気爆発が起こったわけ、です」
「触手を握った時に何か境界が在るのが分かったんでね。限界まで熱膨張したら、破裂するんじゃないかって……」
その時、チロロンとお馴染みの音が頭の中で鳴り響いた。
「スキル、ステルスを取得しました。ステルスのレベルが3になりました」
よっしゃーー! 心の中でガッツポーズをした。欲しかったスキルが手に入ったのだ。
「京介さん、うれしそう? です」
「まあね。ステルスっていうスキルを手に入れたんだ。これがあれば出くわした魔物と全部戦わなくてもいいから助かる。でもエムさんの気配を察知するから一緒かな?」
「そこは問題ありません、です」
「えっ、エムさんってもうステルスを持っているの?」
「私は京介さんから観測されていない時点で存在していません、です」
「?」
「素粒子の話をしたはずなんですけど……、です。この世界では、私の観測者は京介さんだけ。京介さんが観測しなければ私は存在しないの、です」
「あれか、世界は素粒子レベルで見ると物質ではなく状態で、状態は観測者が観測することによって決まるってやつか」
「イエス。シュレーディンガーの猫なの、です」
「だから猫耳少女なんだ~」
「むっ、これは京介さんの趣味、です。そんなことより早く水の確保、です」
口を突き出して不貞腐れるエム。
確かに一息入れたいところだ。アイテムボックスからビーカーを取り出し、水を掬う。そして、光に透かして変な物が浮かんでいなきか確認する。透明度の高い澄んだ水だ。
毒物耐性のスキルがあるから毒には耐性があるはずだ。
錠剤を口に含み、一気に水で流し込む。さすが、地下数百メートルを流れる地下水だ。喉が渇いていたのを差し引いても、マジでうまい。
「固有スキルポーション生成を開放しました。レベル5になりました」
頭の中に例の機械的な声が響くと、体がスーッと軽くなり、体の内から活力がみなぎってくる。レベルが5まで上がるということは思った以上に体が疲れていたみたいだ。只のビタミン剤がHPとMPを回復させるポーションになるなんて……。
空のビーカーをアイテムボックスからあるだけ取り出すと、すべてのビーカーに水を汲み、アイテムボックスに収納する。これから先、いつ水が補給できるか分からないからな。水さえあれば一週間は生き延びられる。
そして、ビーカーの一つをエムに向かって差し出す。
困惑した顔でビーカーを受け取るエム。
「私は、この世界の事象の干渉を受けないため、飢えを感じないんですが……」
「あっそうなの? でも、ほら雰囲気も大事だから、イッキ、イッキ、イッキ」
そう言って煽ると、エムは一気にそれを飲み干した。濡れたくちびるがさらに艶を持って色っぽい。
ドキリとしたのが顔に出ていたのか、ビーカーを受け取ろうとして出した手を無視して、エムは俺の横を風のようにすり抜けると川岸にしゃがみ込み、ビーカーをすすぐと再び水を汲んで俺にビシッと差し出してきた。
「状態が確定するだけで、観察者の願望通りになる訳じゃありません、です」
にやにやしながらそう話すエム。
「……? あーっ、別にそのまま保管して、後で取り出して舐るとか……、そんなこと、大体、42にもなって間接キッスとか意識してビビらないから」
「ふ、ふーん?」
顔を覗き込まれてそうになって、思わず顔をそむけたのだ……。
この歳になって、こんな甘酸っぱい気持ちが沸き上がってくるなんて……。
確かに容姿は俺の好みのどストライク。こんな美少女と会話を交わしたのはゲームの中だけだ。ほほが熱くなったのを気付かれないようにエムに背を向けた。
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