flip flap wind orchestra!(仮)
広川志磨
部長・飯塚綾乃の制裁とそれなりの事情
「まこっちゃん、どう?」
「あーちゃん先輩!」
「結城くんは?」
「さっきやられました…」
講堂の片隅で、バドミントン部のキャプテンである結城
彼の彼女でもあるマネージャーの坂本有希が、おろおろと彼をなだめていた。
「飯塚さん」
「榎本くん」
「部活中は『
「はいはい、演劇部の部長の『李王』さん、なんでしょう?」
「残念ながら、我が部も負けた。力及ばず申し訳ない」
飯塚綾乃はため息をついた。
綾乃は吹奏楽部の部長である。
夏のコンクールが終われば、引退の身。
最後の最後、何事もなくゆっくりできると思ったらひと騒動起きてしまった。
頭が、痛い…。
◆
ことの発端は3日前。
副部長であり次期部長である大野真琴が、昼休みに彼女のクラスに飛び込んできたことから始まる。
『まこっちゃん?どうしたの?』
『あーちゃん先輩!講堂っ、時間押さえてた講堂!いきなり借りられなくなりました!』
『えっ!?』
『これっ、見てください!』
真琴の手には、でかでかと「果たし状」と書かれたA4サイズの紙の束がつかまれている。
「俺が卓球部の支配者となったからには、お前らの好きにはさせん。(中略)ついては、講堂の使用権をめぐって果し合いを(割愛)」云々が、ミミズが這ったような字で書かれている。
「あ、あほか………」と、綾乃はつぶやいた。
◆
―ということで、その「果し合い」に来たわけなのだが。
講堂のステージに、なぜか「社長イス」が持ち込まれていた。
そこに、その「果たし状」の送り主がふんぞり返っている。
そして、足元には卓球部部長・間宮彰が憔悴しきった表情を浮かべて座り込んでいた。
「はっはっはっ!遅いぞ、飯塚綾乃!臆したか!」
「委員会があったの!知らせたでしょうに、長谷部
「『さま』をつけろ」
「―ボンクラボンボン、というのは間違いないみたいね…」
「貴様!」
長谷部は激昂した。
「ボンクラボンボン」というのは、本当である。
有名男子校でワガママ放題をやり、事実上の「放校」となったのだ。
親に泣きついて、この地方の高校に「ねじ込んで」もらったらしい。
ぎゃあぎゃあわめく長谷部を無視して、綾乃はふと講堂の片隅にいる小柄な女子生徒を見やった。
「で、なんで写真部が来てるわけ?」
「話を聞き付けただけですよ。綾乃先輩を撮るチャンス!ですから。自主的に」
阿川
何かと綾乃を追っかけている彼女に言わせると、「綾乃先輩は『映える』」らしい。
他にも部外の生徒が大勢いて、この「果し合い」が校内に知られていることがわかった。
「こらぁ、飯塚綾乃!無視をするな!」
「『さん』をつけなさいよ、ボンクラボンボン」
「―――いちいちムカつく女だ。間宮!対戦して、吹奏楽部の息の根を止めろ!」
間宮がのろのろと立ち上がる。
国体の強化指定選手になるくらいの彼が、まるで操り人形のようだ。
「間宮くん!そこを動かないで。私に任せておいて」
「飯塚さん、ごめん…」
「大丈夫」
綾乃はずんずんとステージに向かって歩き出した。
颯爽と風を切るようにして、進んでいく。
「私を、いや、吹奏楽部をなめてもらっちゃ困る」
「くっ、文化系のなよなよしたヤツに負けてたまるかよ!」
ああ、言ってはならないことを!
真琴は震えた。
綾乃の後姿に、ぐっと力が入る。
「―そういえばアナタ、2年の10月に転入してきたんだっけ?」
「そ、そうだが?」
「そうしたら、知らないのも無理ないわね」
綾乃はブレザーをゆっくりと優雅に脱いで、『李王』こと榎本
わざとらしく恭しく受け取った彼は、すっと下がる。
「吹奏楽部ってね、単純に文化系って言えないの。1曲を吹ききる体力が必要なんだよね。そのために走り込みだってするし、腹筋・背筋・腕立て伏せは当たり前」
真琴が彼女にシェイクハンドのラケットを渡す。
「元運動部も多いんだよねぇ。なもんだから、秋の球技大会、ウチの部のコたちは大活躍で」
結城がオレンジ色の卓球の球を、綾乃に放る。
ノールックで受け取った彼女は、卓球台の前にたたずんだ。
「そんな私も元運動部。小さい頃からやっててそれなりに期待されてたけど、中学の時に怪我して選手生命絶たれちゃった、元卓球部」
―トス、そしてスマッシュ。
鋭い打球が卓球台を撃つ。
台を撃った打球は、そのまま長谷部の顔面に吸い込まれていった。
ボンクラボンボンはもんどりうって、派手に床に転がる。
「―私を救ってくれた吹奏楽を、なめるんじゃない」
一眼レフを覗いていた阿川が、「ビューティフォー……」と小さくつぶやいた。
flipflap wind orchestra!(仮)
~部長・飯塚綾乃の制裁とそれなりの事情。
flip flap wind orchestra!(仮) 広川志磨 @shima-h
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます