進軍再開

「では、ここの守りは頼むぞ」

 馬上からゴンザレスのオッサンが新たに配備された騎士に重々しく命じる。

「はっ!」

 直立不動で敬礼するこんな僻地の守備を命じられた哀れな騎士……とか思っていたがそうでもないみたいだ。

 なんでもリチャード陛下から直々に命じられたそうで、着任した時のあいさつでガチ泣きする結構いい歳の騎士に、正直こっちはドン引きしていた。


 コンラルドの配下から中堅どころを数名選んでもらい、この騎士の補佐に付けることにした。

 桟道自体は当面の修復を断念し、俺たちが掘った坑道を維持してもらう。

 坑道の中央に詰め所を置き、簡易な関所機能を持たせた。帝都方面からの犯罪者の流入を抑制するためだ。

 

 そういえば面白くもない情報があった。先日の襲撃で、襲ってきたのはすべてアンデッドだったというのだ。

 翌朝、敵兵が敗走したと思われる方角で、数名の死体が見つかった。傷を負って死んだと思われていたが、傷一つない。

 そして同行していたギルドの魔導士(ガチムチ)が闇のエーテルの残滓を発見した、というわけだ。

 アンデッド自体は珍しくない。街道なんかでもたまに発生するし、ポピュラーな魔物である。

 ただ、生きている人間並みの動きをするとなると相当な腕の死霊術師が関わっていたと考えるほかない。

 マリオネットと呼ばれる術がある。自らのエーテルを糸状に放射し、物体を支配して動かすと言うものだ。

 理論上はと前置きしたうえであるが、極めればただの死体を剣の達人のように動かすことができるだろう。

 術式をいじって多数の死者を同時に動かせるようにすることも可能だろう。

 

「んー、常軌を逸したってやつね」

 俺の仮説を聞いたローレットは少し顔をしかめながらそう断じた。

「だよなあ。ってか相当マッドなやつだぞ」

 そしてそんなことができそうな名前で、二人とも同時に同じ名前が出てきた。

 死霊術を極めると精気を出し入れすることができると聞く。例えば他者の精気を吸い取ることで身体に活力を戻したりできるというわけで、見た目上若返ったりする。

 人族でありながら、すでに200年を生きると言われているもはや魔物の領域に半分以上踏み込んでいるかの魔導士、共和国最強にして最凶の怪人ドウマン。


「あー、もうね、初対面でエナジードレイン仕掛けてきたのよ」

「それ外交問題になりませんかねえ?」

 過去になんかの交流会的で顔を合わせたことがあるらしい。

「そうねー、それが表ざたになってたら、少なくともお父様が剣を抜いたことは間違いないでしょうね」

「剣で済ませるんですね……」

「そこは理性がまだ残ってるんでしょ」

 ちなみにリチャード陛下の最も得意とする武器は槍である。一振りで10を超える魔物を両断したとかエピソードには事欠かない。

「んで、どうやって対処したんです?」

「魔力の動きを感知してディスペルしただけ。たぶん向こうも簡単な術式しか使ってなかったから基本を知ってたら何とでもなったわ」

「えーっと、それ既に相当な離れ業なんですが」

 きょとんと首をかしげるローレット。これだから天才の血筋は……。

「え? じゃあこれは?」

 ローレットの魔力が動いた。エーテルを編み上げ不可視の魔法陣が構築される。

 術式を解析し、核となる一点を見つけると、そこに自分のエーテルを逆波長でぶつける。

「ああ、そういうことですか」

「あんたもできるじゃない」

 意外に難しくないのかもしれない。というか、この術式は「眠りの霧」と呼ばれるもので、相手のエーテルを不活性化させて眠らせる効果を持つ。

「というかですね。俺を眠らせてどうするおつもりで?」

「そうねえ……既成事実でも作ろうかしら」

 と言った瞬間ローレットが首を横に振る。

 ローレットの眉間があった位置を小石が通り抜けていった。

「いけません」

 笑ってない笑顔を貼り付けてローリアがやってくる。

「ああ、準備ができたのか」

「はい、出立の時間です」

 俺はローレットを促し立ち上がった。


 先遣隊を引着ることになっているクリフは疲労から目からは光が消えていたので、ローリアに激励させた。

「クリフさん頑張ってくださいねー」

 すっごい棒読みだったが、クリフの目はピンク色の光に満たされた。

「はいっ! ローリアさんのために頑張ります」

「ありがとーございますぅー」

 いやいや感が半端ない。それでもクリフは気づかない。というか気づいているのかもしれないが、自分に都合よく変換しているようだ。


 大きく手を振りながらクリフたち先遣隊は出発していったのが昨日のことだ。


 事前情報でなここから先は特に難所はない。山岳地帯ゆえの水の確保などの難点はあるだろうが、これまでの苦労からすれば問題にならない程度だ。

 

 先行きは不透明だが、ゴールは見えている。そう自分を奮い立たせて馬にまたがった。


「わあ……!」

 坑道の先は下りになっている。山が連なって眼下に森を見下ろす雄大な光景だった。

 道は上りと同じほどの幅で、谷間をなぞるように続いていた。


「うーん、場所によっては拡張と整備が必要だな」

「そうね、後続にわかるように印をつけておきましょう」

「ああ、しかし、やっとここまで来たか」

「この峡谷を抜けたらひたすら平地が広がってるみたいね」

「いくつか拠点を作ろう。魔物に襲われても対抗できるくらいにな」

「そう、ね。臣民を守るのは皇族の義務だし」

「ほう、珍しく殊勝だな」

「わたしだってまじめに考えてるわよ!」

「ああ、それがいい。皇女殿下を支えるのが俺の任務だしな」

「ふん! これからもどうぞよろしくお願いします!」

 やや切り口上で返すローレットがむくれている。俺はそんな彼女がおかしく、ついつい吹き出してしまう。


 部隊は峡谷を下り、翌日には大平原の端にたどり着いた。

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