皇帝再び

「さて、と。出てらっしゃい?」

 ローリアが振り向いて声をかけると……物陰に潜んでいた当代皇帝、リチャード陛下が現れた。


「バレましたか」

 いつぞやの尊大な態度はどこへやらと言った風情で、大きな体躯を縮こまらせているようにも見える。

「初代陛下の護衛隊長はわたしですよ? 気づかないわけがないでしょう」


 やれやれと肩をすくめるリチャード陛下。

「おっしゃる通りです。いやはや、俺も排除されるんですかね?」

「ふふ、子供のころに骨身に叩き込んだ教えは忘れてないですよね?」

 にっこりと笑みを浮かべるローリアに、カタカタと震えるリチャード陛下。


「ええ……」

 ローレットはおそらく初めて見るであろう光景にポカーンとしている。

 そういう俺もローリアの正体を知って驚いていた。


「ローリアって、帝国最強だったんだなあ……」

「いえ、たぶん真っ向から渡り合ったら陛下の方が強いですよ?」

「うそつけ!」とでも言いたげにリチャード陛下がプルプルと首を振っている。


「子供のころとはもう違うでしょうに」

 苦笑いを浮かべるローリアもやれやれと言いたげな表情をしていた。


「で、お父様。なぜこんなところにいるのかしら?」

「ん? ああ大規模な戦闘があったと聞いてな。愛する娘の身を案じたわけなんだが……」

 戯言を抜かす陛下の眉間にローリアが弾いた小石がめり込んだ。

 全体重を支え切れる面の皮を貫くとかどんだけ!?


「うぎょおおおおおおおおおおおお!?」

 額の皮が傷ついてわずかに血がにじんでいる。

 ビシッとローリアが指を弾くと再び眉間に小石が命中する。

「うひょあ!? ひいいいいいいいい!!!」

 情けない悲鳴を上げてそれこそ分身でもしそうな勢いで回避行動をとるが、ローリアの指がビシッと音を立てるたびに陛下の顔面に小石がめり込む。

 むしろあれだけ動いてるところに攻撃を当てるコントロールが恐ろしい。眼球とかに当たったらどうするんだろうか?


「わたしがそんなミスをするわけがないでしょう」

 ふんすと無い胸を張りながら宣言する。

 直後、自分の額に灼熱感を感じると陛下と同様に小石がめり込んでいた。


「うぼぁー」

 謎の断末魔を残し、俺の意識は闇に閉ざされた。

 薄れ行く意識の中でどすっとかバキッとか殴打する音が聞こえたのは気のせいだと思いたい。

 一介のギルド職員が帝国の最高権力者を袋叩きにするとかあってはならないことだ。

 暗闇に包まれる視界の片隅で、ゴンザレスのオッサンがローリアにエールを送っているように見えた。

 たぶん全部気のせい。気のせいなんだ……。


 目を覚ますと何やら騒がしかった。

「ふははははははは、わが名はブラック・タイガー。陛下より遣わされた特使である」

 うん、馬鹿がいた。

 口元を黒いバンダナで覆っている以外は普通に帝国騎士の礼服だ。

 ただ、異様に盛り上がった筋肉とその体躯で、すでにバレバレである。


 よくわからないところにツボがあるローリアは口元を押さえてプルプルと震えていた。爆笑の発作を必死に抑え込んでいるのだろう。

 ゴンザレスのオッサンはひたすらこめかみを揉み解している。たまに胃のあたりに手をやるのは……そういうことなのだろう。


「アレ、いったい何事だ?」

「一応アレでもわたしの父で皇帝陛下なんですけど……」

「うん、知ってる。わかりたくないだけだ」

「あー、わたしが心配ですっ飛んできたってあたりは本当みたい。目的はよくわからないけど」

「心配で様子を見に来たってのが目的の可能性は?」

「……否定できないのがちょっと嫌だわ」


 不意に肩をがしっとつかまれた。

「……なんか仲良さそうだよねキミタチ」

「陛下、お戯れを」

「俺、ブラック・タイガーね、偉大なる皇帝陛下と一緒にしたらいかんよ?」

「はい、そうですねー。偉大なる陛下がこんなあほなわけないデスヨネー」

「誰がアホじゃこの野郎!」

 と言ったあたりでこめかみにビシッと石がめり込む。悶絶する不審者ブラック・タイガー。

 小石一つで人類最強の男を沈黙させる当たり、やはりローリアは計り知れない。



 のたうち回る不審人物、ブラック・タイガーを隠すためか、ゴンザレスのオッサンが天幕を用意していた。

 そこにまとめて放り込まれると、入り口に自らが立って見張りをする。

 そんなことをすれば、この中にいるのが皇帝だってバレバレなのだが、そもそも皇族たるローレットの直属部隊なのだから、皇帝陛下の顔を知らないやつがいるわけがない。

 騎士クラスなら直々に叙任されているはずだ。というわけで、いまさらなのである。いまさらですませたくはないんだが……。


「王国と共和国が組んで横やりを入れようとしている」

 陛下は天幕の中で口元のバンダナを外すと、唐突にそんなことを言いだした。

「東方の開拓についてと言うことで?」

「うむ。帝国の力がこのまま増せば、太刀打ちできなくなると考えているようだな」

「あー、大分割のときは王国、共和国が組めば何とか太刀打ちできる国力で分割したらしいですね」

「ほう、よく学んでおるな」

「帝国史は大学の必修でしょう」

「ま、その通りだな。今回この開拓がうまく行けば10年程度で国力は2割伸びるって試算されてる。魔石鉱山の存在がでかいんだ」

「……横やりの規模は?」

「今のところ工作程度だ。ただ、工事の妨害が入る可能性があると伝えに来た」

 予想はしていたが、なかなか容易じゃない状況だ。

「俺のすべき任は?」

「生きて帰れ。鉱山の開発は取り返しがつく。だが貴様の代わりはいないと知れ」

「殿下を犠牲にしても、ですか?」

「そうだ」

 間髪入れずに返ってきた答えに驚く。

 帝国を背負うということは肉親の情すら場合によっては切り捨てるということだろう。


「お父様。よくわかりました」

 ローレットが毅然とした表情でうなずく。

「うむ、頼むぞ」


 俺の特級魔導士という肩書はそれほどに重いものなのだろう。その期待に応えるべく、粉骨の覚悟を決め、自分の肩に載る重責に身を震わせていると……。


「やっぱやだ! ローレットたんが死ぬのは嫌だああああああああああああ!」

 先ほどまでこの方と帝国に尽くそうと考えていた主君が床に寝転がって駄々をこねていた。

「お父様!」

「パパって呼んでくれなきゃ嫌だあああああああああ!!」

 ため息が口から洩れるが、別に嫌な感じではない。

 帝国という巨大な機械を動かす歯車よりは人間であった方がいい。


「大丈夫です。殿下は俺が守ります」

「えっ!? それって……」

 イヤンイヤンとくねくねしだすローレット。そして憤怒の表情を浮かべて俺の胸ぐらをつかみ上げる陛下。

 そして、とんっと地面を蹴り、回し蹴りを陛下の顔面に叩き込むローリア。

 何もかもがカオスだった。


 くるっと半回転してふわっとスカートの裾が翻ったが、中身は見えなかった。

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