英雄かく戦えり

 それから、その弓の腕を買われたわたしは、帝国の武官として召し抱えられた。形式上は、ですけどね。

 事実上は保護で、あのあと周辺を探したけどエルフのいた痕跡はなかったそうで一族を上げて旅立ったってことになりましたが、実際には里はわたしを残して全滅したのでしょう。

 それを陛下はその優しさから告げられずにいたのではと思っています。


 戦場の往来も徐々に慣れました。魔物相手ならまだしも、時には人間相手に戦うこともあって、これは最後までなれませんでしたね。

 中には一発逆転狙いかわかりませんが、命知らずにも陛下に一騎打ちを仕掛けてくることもありまして、鎧袖一触って言葉通りに戦う人をわたしは今もほかに知りません。


 そんなこんなでわたしが拾われてから早10年。人間はエルフよりも早く年を取ります。

 まだ若々しさを残していた皇帝陛下は年齢を重ね、わたしと出会ったころのような単騎駆けはしなくなりました。

 配下の騎士たちに指揮を任せ、後ろからにらみを利かせていることが増えました。そもそも陛下の武勇は大陸に知れ渡っていましたので、人間相手ならそれだけで相手の軍が崩れていったこともありましたね。

 帝国の支配領域はどんどん広がり、いくつかのダンジョンとか魔物の領域を解放した結果、ほぼすべての人間の領土を傘下に置いていました。


 そして、いまだに伝説になっているあの戦い。

 英雄譚には皇帝エレスフォードが巧みに兵を操り、魔物の軍勢を打ち破った。みたいに書かれてますが、そんな綺麗なものじゃありませんでした。

 人も、魔物も、生きるために必死だったのですよ。

 そもそも、ゴブリンみたいに臆病な種族じゃないと、被害が大きくなったら逃げるってことをしてくれません。

 死ぬまで向かってくるんです。相手の息の根を確実に止めないと、こっちが死ぬんです。

 え? そりゃ死にたくありませんでしたからね。今わたしがここにいるってことが答えですね。


 あ、でもあの戦場にガンドルフさんとかギルさんがいたら、もう少し味方の被害は減ってたかもしれませんね。何しろ何にもない平地でひたすら……でしたから。


 そうして、帝国は統一されました。その時点で共和国と王国は独立するって決まってたそうです。

 いろいろあるんですよ。人間って。最大の敵がいなくなるとすぐに内輪もめするってこともそうですね。

 だから、国を分けたんです。そうすることで内戦を回避したってことらしいです。シゲンさんが苦々しい顔で言ってました。

 まるで熱さましのハーブ茶を飲んだ時みたいな顔でしたね。

 ローレットは少し顔色がよくなかった。偉大なご先祖様は自らのルーツの一番大事なところを占めていたという感じか。


「それで、どうなったんですか?」

「ええ、どうもこうもありませんよ。誰のおかげで平和になったかわからないおバカさんがいましてね……」


 初代様の晩年は反乱の鎮圧に費やされた。のど元を過ぎれば熱さを忘れる。平和に暮らせればいいと言っていた人々が、もっともっとと生活の向上を訴える。

 

「人の欲ってのはキリがないな」

 苦笑いしながらぼやく陛下の表情を今でも覚えている。

 人々の笑顔を見たいと戦い続けていた陛下の、ほぼ唯一と言っていい曇った笑顔でした。

 どんな時でも、それこそ魔物の大軍に取り囲まれて孤立してもカラカラと笑っていた方なのですよ。


 反乱は常に失敗していました。そもそも陛下の側近である戦士の誰かが出向けばその時点で反乱軍が瓦解することも珍しくなかかったのです。

 わたしが出て行って指揮官を2~3人射抜いたら終わったこともありました。


 そうなると次はだんだんと手が込んだものになって……例えば複数個所で反乱を起こして陛下の近辺を手薄にして襲撃すると言った感じで。

 ついには近衛の目をすり抜けて陛下自身が迎撃するといった事態が起きてしまいました。


 切り伏せた暗殺者を見る陛下の顔からは表情が抜け落ちていました。

「ああ、俺はもう必要ないんだな」

 そうつぶやく陛下の顔からは表情が抜け落ちて……涙を流さずに泣く人の顔を始めてみてしまいました。


 次の日から陛下は伏せることが多くなり、かなり前から皇太子のクリフォード殿下が政務を代行していたので問題は起きませんでしたが、どんどん弱っていきました。

 そのお身体は頑健そのものでしたが、心が弱って行ったのです。


「なあ、ローリア。俺がしたことって何だったんだろうな?」

「平和をもたらしました」

「ああ、そうだな。けど毎日のように反乱の報告を聞くんだぜ?」

「愚か者はどこにでもいます」

「そういうもんか?」

「そうです」

「ははっ、容赦ねえなあ」

「わたしはわたしが認めた相手にしか感情を向けません」

「ああ、そうだな。しかし惜しいことしたかもな」

「何がです?」

「嫁はお前だけにしとけばよかったよ」

「何をいまさら言いやがりますか」

 帝国の安定のためとか言われていろんなところから妻を迎えたときのことを言っているのでしょう。

 エルフのというか、わたしがいた里の風習に従ってお断りしたことをいまだに根に持っているようです。


「ははっ、それだよ。お前だけが俺にまっさらな感情を向けてくる。いまじゃシゲンさえも仮面をかぶってやがるからな」

「帝国の重臣とはそういったものでしょう。わたしはそういうしがらみがないだけです」

「ああ、ただ戦っていられたころがよかったって思うのは贅沢なんだろうな」

「そうですね、あの頃は泣く人がたくさんいましたから」

 わたしの反論にぐっと喉を詰まらせる。

「ああ、あのころに比べたらマシな世の中になったってことか。じゃあ、俺のやったこともちっとは意味があったってことだな」

「人類史に冠たる偉業かと」

「……お前でも冗談を言うんだな」

 思わず裏拳を叩き込んでしまいました。そして気づいてしまったのです。もうこの方は長くないと……。


「なあ、ローリアよ」

「はい」

「人を嫌いにならんでやってくれ」

「??」

「お前は基本的に人間が嫌いだ」

「ええ、そうです」

「今になって思うが、その愚かさも含めて人間ってやつは面白い」

「馬鹿を見るとイライラしますが?」

「ま、それも一つの意見だな。それでだ」

「はい」

「一つ頼みがあるんだが、俺の代わりにこの国の行く末を見てほしい」

「……」

「だってよ、俺が死んだら、お前絶対後を追うだろ?」

「……はい」

「そこは嘘でもいいから違うって言えよ…‥ま、それが理由だ」

「いやです」

「ほら、これから先、何があるかわからんだろ? お前が好きになれる人間が現れるかもしれん」

「来ないかもしれない未来より今が大事です」

「じゃあ、悪いけど「命令」する。お前を皇帝の補佐官に任命する。職務はこれから先の皇帝が道を誤らんように見張り、時には指導を与えることだ。場合によっては排除しても構わん」

「ひどい人です。貴方のことを嫌いになりかけましたよ?」

「なってないなら有効だな。頼むよ」

「……ご命令、承りました」

 わたしの答えに陛下は笑みを浮かべた後、その目を開くことはなかった……。

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