(12)瑞希Ⅳ

 目指す廃屋は雑木林に囲まれていたが、案外簡単に見つけ出すことができた。

 目印のつもりなのか、木々に塗られた蛍光塗料が夜の闇に青白く輝いていた為だ。

 それが一層、廃屋の不気味さを引き立たせていた。

「幽霊とか出ないでしょうね……?」

 ──実を言うと、子供の頃からお化け屋敷の類は苦手だったりする。

「大丈夫です、お嬢様」

 不安なわたしの様子を察してか、先に中に入っていた執事は戻って来るなりそう言った。

「ここには幽霊は居りません。幽霊よりも恐ろしいものが入り込んで来たので、怖くなって逃げ出してしまったのでしょうな」

「う。嫌なこと言いますね、執事」

「私としては少しでも安心して頂ければ幸いでございます、お嬢様。

 さて、設楽木大和を拉致したと思われる犯人達ですが。数は四人、最奥の部屋に陣取っている模様でございます。武装までは確認できておりませんが、恐らく拳銃の類は所持していないかと思われます……如何なされますか?」

「そんな怪しい連中を放置しておく訳にもいかないでしょう? 殲滅します。設楽木大和の身柄を確保するのは、その後でも構わないでしょう」

 そう応えて、わたしは屋敷に向かって歩き出した。この屋敷に居るのは少なくとも幽霊ではなく生きた人間。そう思うことで、わたしは平静を保とうとしていた。

 そうだここには何も居ない、そう、得体の知れないモノは何も──。


 ……思えばわたしは、油断していたのだろう。

 廃屋に入った直後。

 何者かに足首を掴まれ、わたしは派手に転倒していた。


「大丈夫ですか、お嬢様」

「いたたたた。だ、大丈夫。一人で起き上がれますから」

 心配そうに声を掛けて来る執事に応え、わたしは顔を押さえて立ち上がった。顔面から着地した所為か、酷く痛む。腫れてなければ良いけど。

「……それで、わたしに無礼を働いた痴れ者は?」

「はい。既に捕獲しております」

 見ると、そこには。

 執事に上から押さえ付けられ、じたばたともがく男の姿が在った。

「よ、よう、御堂財閥のお嬢ちゃん」

「おじ様……」

 見紛うはずも無い。だらしない笑みを浮かべた酒臭いその中年親父こそ、飛鳥の父親、設楽木大和に他ならなかった。

「悪かったな、あいつらの仲間かと思って倒しちまった……あ、もしかして俺を助けに来てくれたのかい? だったら嬉しいんだが」

 ──へらへらと軽薄に笑うその顔を見ていると、何だか無性に腹が立って来た。

「いえ。正直、貴方が生きてようが死んでようが、こちらとしてはどうでも良かったんですけどね。その様子だと、逃げ出そうとしていた所のようですし、わたし達が来なくても別に大丈夫だったのではないですか?

 そんなことよりおじ様、飛鳥さんかかずらさんを見かけませんでしたか? 恐らくこの近くに来ていると思うのですけど」

「へぇ? 知らねぇなぁ。何しろ俺は、訳の分からないまま依頼人に拉致されてたんだから──おっと、そう怖い顔すんなよ。折角の美人が台無しだぜ、お嬢ちゃん。

 それはそうと、いい加減このオッサン退けてくんねぇ? さっきから重くてし様がねぇんだがよ」

「……退いておあげなさいバトラー。どのみちこの方は、わたし達の敵ではありませんよ」

「了解しました」

 わたしの言葉に、渋々といった様子でその場から後退する執事。その様子がどこと無く怒っているように見えたのはわたしの気のせいだろうか。

「ありがとよ、お嬢ちゃん。じゃあ俺は速やかに退散するとしようかね」

 そう言って、さっさと出て行こうとする中年親父──そうはさせない。

「お待ちなさい。重要参考人の貴方をわたしが見逃すとお思いですか?」

「何だよ? 俺は何も知らない、ただ巻き込まれただけの人間なんだぜ? それを」

「設楽木大和さん。携帯人間計画の実行者である貴方が、今回の事件に無関係なはず無いでしょう? いい加減、白を切るのはお止めになっては如何ですか」

 携帯人間。その単語を出した途端、大和の顔から笑みが消えた。

「成る程。流石は御堂財閥、全てお見通しということか」

「そういうことです。何もかも隠さず、正直に白状すると良いですよ。御堂財閥の力を以ってすれば、貴方一人消し去る位訳も無いことなのですから」

「ふん。随分とまぁ、可愛らしい脅しだな……で? 要求に応じた場合、俺の身の安全は保証してくれるのかね?」

「勿論。この御堂瑞希の名に賭けて、誰にも貴方に指一本触れさせないと誓います」

「ほう。指一本、ねぇ?」

 するとにやり、と大和は笑って、

「だったらその誓いはたった今から有効とさせて貰うぜ──無事に俺が逃げ切れたら、洗いざらい白状してやる、よ!」

「なっ」

 止める間も無く、駆け出していた。雑木林の向こう、暗闇と静寂に包まれた世界へと向かって。

「くっ! 何てこと」

「追い掛けますか、お嬢様?」

「……ええ。大和をお願いしますバトラー。わたしは屋敷の中の連中を掃討すると言うことで」

「かしこまりました」

 全く、今日は予想外のことばかり起こる。まさかこのわたしが、何の能力も無い、ただの人間如きに翻弄されてしまうだなんて。何て言うか、屈辱ここに極まれり、って感じだ。

「この屈辱。誰かにぶつけて晴らさないことには、腹の虫が収まりませんね」

 大和を追って飛び出していった執事を見送った後、わたしは屋敷の中を振り返る。都合の良いことに、今ここには殺して良い人間が何人も居る。

「もしかしたら、飛鳥さん達もいらっしゃるかも知れませんが。まぁ、その時はその時ですよね」

 独り納得し、わたしは屋敷の奥へと歩を進めることにした。

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