(11)鷹斗

 一人前に、未来なんてモノを夢見た時期があった。

 それが妄想だと気付くのに、そう長い時間は掛からなかった。


 友達が一人、居なくなった。

 皆で探し回ったけど、結局見つからなかった。

 俺達の手の届かない場所に旅立ったのだと、研究所の人達が言っていた。

 簡単に言えば、死んだのだとも。


 家族が出来た。

 父親は研究所の社員で、母親は俺の代わりに死んだ赤ん坊を産んだ人だった。

 要するに、あの人達の仲間だった。

 俺には、本当の家族は居ない。

 父親は俺に期待していた。俺が何か一つでも友達より優れた力を発揮できたら、あの人は所長に出世できるのだと言う。

 母親は俺を怖がっていた。あの人の本当の子供を殺したのは俺なのだから、それも当然かなと思う。怖がるだけじゃなくて、憎んでもいたのかも知れない。

 あの二人は、俺の本当の家族じゃない。別に好きでも嫌いでもない、干渉されないのならどうと思う訳でもない、赤の他人に過ぎなかった。

 だけど俺にはあの二人に頼る以外、生きる道が無かったんだ。


 友達が一人出来た。

 同い年の女の子だ。おどおどしていて、見ていて危なっかしい奴だった。しっかりしろよ、と言って背中を叩いてやったら、びっくりして泣いてしまうような奴だった。

 それが、愛美だった。

 研究所の人達が言うには、居なくなった友達の代わりに連れて来られた、補欠みたいなものなのだという。どうりで、弱っちい奴だと思った。

 それから俺は、愛美の面倒を見るようになった。

 きっかけは良く覚えていない。気が付くと俺達は、いつも一緒に居るようになっていた。

 反抗的な俺と、臆病な愛美。二人揃った位が丁度良かったのかも知れない。


 また、友達が居なくなった。

 もう、誰も探そうとはしなかった。

 愛美だけが一人不思議そうな顔をしていたけど、俺は説明しなかった。

 何となく、愛美には知って欲しくなかった。


 ある日急に、家を出て行くように言われた。

 俺の家族は居なくなった。

 元から家族じゃなかったけど、別れる時は少し寂しかった。

 最後の最後で、俺は初めて母親に抱かれた。

 いってらっしゃいなんて言って、泣きながら送り出されるとは思ってもいなかった。

 だから俺は面食らって、愛美の手を引いて慌てて逃げ出した。


 連れて行かれた先で、新しい友達が出来た。

 今度は大人の女の人だ。でも、あの人達とは違う大人だ。

 飛鳥姉ちゃんは、俺達皆の味方になってくれた。

 たった一週間だったけど。

 皆で過ごしたあの一週間は、俺にとっては夢のような一時だった。


 最後に、もう一人友達が出来た。

 馬鹿みたいに無愛想な奴だったけど、悪い奴じゃなかった。

 かずら姉ちゃんには悪いことをしたな、と思う。

 出来ることならもう一度会って、今度はちゃんと謝りたかった。


 ──飛鳥姉ちゃんが、殺された。


 逢ったことの無い、白衣を着た連中だった。

 戦ったけど、勝てなかった。テレビのヒーローみたいにはいかなかった。

 夢を見るだけ無駄って分かっていたのに、それでも飛鳥姉ちゃんの敵を討ちたかった。でも駄目だった。皆で戦ったけど、やっぱり勝てなかった。


 皆捕まった。

 友達が一人ずつ、居なくなっていく。


 助けてと、泣いた奴から殺された。

 だから俺は、愛美が泣き出さないようにあいつの口を手で塞いでいた。


 震えている。

 俺じゃない。愛美が震えているんだ。

 仕方が無い、愛美は臆病なんだから。あんなモノを見せられ続けて、平気で居られるはずが無い。だから、俺が護ってやらなくちゃいけないんだ。


 友達が居なくなった。

 友達が居なくなった。

 友達が居なくなった。

 友達が居なくなった。

 ………。

 最後には俺達以外、誰も居なくなってしまった。


「糞っ! こいつら、まるで普通だ。これだけ殺して、何の変化も見せやがらない。これではまるで、人間の子供のようではないか!」

「まあまあ、落ち着きなさいタチバナ君。変化は無い、と諦めてしまうにはまだ早いよ。ほら、まだ二人残っているじゃないか……可哀想に肩を抱き合い、恐怖に震えている」

「後二人? 二人しか居ないんだぞ!? これが落ち着いて居られるか! 一人殺して、もう一人が何の反応も見せなかったら終わりなんだぞ、我々は!」

 男達が言い争っている。俺達を殺すかどうかで揉めている。

 殺すなら早くしてくれ、と思った。その代わり、愛美だけは助けて欲しかった。

「タチバナさんの仰る通り、確かに我々には後がありません。所長、どうされるおつもりで?」

 男の一人が、一番奥に居座っていた白髪頭の男に訊いた。どうやらそいつが、この中で一番偉い奴らしい。どうりで、一人だけ何もせずに見ていたと思った。

「そうだな。元より賭けというにはあまりにも分の悪い賭けではあったが──」

 ちら。こっちを見られた。冷たい眼だった。飛鳥姉ちゃんを刺した時と、同じ眼をしていた。

「あの男の言葉を信じるなら、我々の判断自体に問題は無いと言うことだ。あるいは、我々は彼に踊らされているだけなのかも知れんが……だからと言って、今更後戻りする訳にもいかんだろう。研究の為に多少の犠牲は付き物と言っても限度がある。あまりにも殺し過ぎたのだよ、我々は。

 やろう。最早、他に方法は無い」

 ああ。やっぱり結局、殺されるんだな、と思った。


 タチバナと呼ばれた男が、舌打ちして近付いて来る。

 その手には、真っ赤になった斧が握られていた。そうだ、アレで皆殺されたんだ。

 俺は、愛美の前に出た。

「退け、小僧。お前は最後だ」

「嫌だね。男は女を護るもんだ。そうだろう? 殺したければ、俺を先に殺すんだな」

 精一杯、強がって言った。

 男はフンと鼻を鳴らして、斧を振り上げた。

「なら殺してやるぜ糞餓鬼。死にたくなけりゃ、助けでも呼ぶんだな。雪のように真っ白い、天使様でもよ!」

 ……馬鹿なことを言う大人だと思った。

 天使様? そんなものが居るんなら、とっくの昔に俺達は救い出されている筈だ。

 それがやって来ないってことは、そんなものは初めから居ないってことだ。だから、呼んでも無駄なだけ。

「死ね──!」

 斧が振り下ろされる。

 その様子を、俺は黙って見つめていた。

 どうせ死ぬのならせめて最後まで、俺自身を見届けたかった。

 俺は、目を開けていた。

「駄目ぇっ……!」

 だから、俺の前に飛び込んで来る愛美の姿も、はっきりと見ることができた。


 愛美は泣き虫だった。

 皆が居なくなって泣いていた。

 俺が殺されそうになって泣いていた。

 だけどあいつは。一度も、自分自身の為には泣かなかった。


 ──愛美が、二つに裂けた。


「うっ……あっ……!」


 尻餅をついた。

 立ち上がろうとしても、足に力が入らない。

 身体が震えて、言うことを聞こうとしない。

 こんな格好悪い姿、愛美には見せられない。

 でも、愛美はもう居ないから。だから俺は、みっともない姿を晒すことが出来た。

 手が、愛美の血で汚れた。

 足が、愛美の身体を踏んでいる。正確には、愛美の身体だったものが。

 退こうと思ったけど、やっぱり身体は動かなかった。


 怖かった。


「さて。残るは一人だな」


 男は再び斧を振り上げる。

 たまらず、目を閉じていた。


 ──だから、気付くのが遅れた。

 いつの間にか俺の後ろに、男達の言う「天使様」が立っていたことに。

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