第12話<戦いの儀式Ⅱ>

 復興歴301年8月23日20時21分 

 火星 要塞都市“リトル・キョート”

 日本軍航宙軍海兵隊第三海兵団リトル・キョート基地 

 日本軍防衛高等学校火星分校 女性用隊舎


 修了式。

 正確に云えば、臨時修了式。

 明日に迫った日本軍防衛高等学校火星分校海兵隊課程で行なう最後の儀式。

 儀式と言えば大仰だが、その為に必要な個人の準備など大してない。

 アイロンを掛けて皺一つない制服。

 磨き上げてピカピカになった革靴。

 お風呂には長めに入って肌の手入れも完璧だ。

 小物のハンドバックや白い手袋、制帽も汚れなどなく手入れも完璧。

 明日の朝には、一分の隙もなく着こなすことが出来るだろう。

 天羽智花の同期であり、同じ部屋に住む椎名夏穂はそう思って、ハンガーに掛けた制服を見た。

 天羽も同じように明日の準備を終えていたが、ジャージ姿の彼女は部屋の隅にあるベッドの上で膝を抱えて小さくなっていた。

「式守と荒木の話、聞いた?」

 椎名はそう言いながら友人を見た。

 彼女の身長は高く、スタイルも物凄く良い。

 短めの髪でサバサバした性格。

 背が少し低めの天羽とは、見た目から対照的だった。

「……聞いてない」

 天羽は視線だけを椎名に向けた。

 端正な顔立ちに青い瞳、肩に少しだけ掛かる黒髪と白い肌。

 真面目で、委員長的な役回りが多い。

 人付き合いも悪くなく、融通の利かない石頭でもない。

 この年頃で可愛くて性格も悪くなければ、異性から人気が出るというものだ。

 ただ、彼女の顔にはかなり目立つ傷跡が一つあった。

「あいつら、猿渡班長に明日の儀式の代表者、変更して良いかって真っ正面から言ったのよ」

「え!? そんなことしたら――」

「もちろん、反省を喰らった上に荒木は殴られたって。荒木は相変わらず、馬鹿正直過ぎるわよね」

 そう言って、椎名は苦笑を浮かべた。

 反省というのはもちろん、言葉で反省を表しているのではない。

 自ら肉体を苦しめる腕立て伏せ等を行なうことで、反省の気持ちを表す行為のことだ。

「…………式守は」

「反省だけだって」

「……そう」

「明日のこと、まだ気にしてるの?」

 少し呆れ気味の椎名への応答はかなり小さな声だった。

「……だって」

 天羽は膝に額を付けるように体育座りして微動だにしない。

「もう、諦めなって。式守に沈んだ顔見せるより、キスの一つでもして応援すれば元気出すわよ」

「……」

「式守に迷惑掛けてるって落ち込むのも、分からないでもないけどさ。仮にだけど、代わりに智花が代表になっても……あなた、戦闘猿なんて殴れないでしょ?」

「……殴れないわよ。怖いし、可哀想だし……。夏穂だって出来ないでしょ?」

「私だって無理。お金貰ってもやりたくない」

 戦闘猿コンバット・モンキーとはニホンザルを土台として品種改良の末に作り出された対異星生命体用生物兵器の一種だ。

 育成が終わった戦闘猿は銃を与えられ、調教師マスターの指揮と管理の元で運用される。

 集中運用すれば、ちょっとした規模の部隊となるのだ――使い捨て前提の運用ではあるが……。

 何よりも優れていたのは、人間が死なないという点だった。

 人口が激減した昔は、調教した猿を最前線で使い捨ての生物兵器として運用するのが、兵力不足を補う一つの解決策だったのだ。

 今回の儀式に連れ出される戦闘猿は、何らかの理由で廃棄処分が決まった個体。

 だからといって、殴りたいものでもない。

 むしろ、同情してしまう。

 そういった事情を別にしても、天羽には動物を殴ることなど出来なかった。

「……猿を殴るのも嫌だけど、私が厄介ごと押し付けたみたいで……」

「本当はそれが理由で、式守に嫌われるかもしれないのが怖いんでしょ?」

 椎名の意地悪な質問に、ビクリと震えた天羽だが、やがて「それも嫌」と小さく呟いた。

「椎名……」

「なに?」

「明日の応急手当……お願いね」

「うん。任された」

 椎名夏穂は努めて明るい口調で言う。

 彼女は班でただ一人の衛生兵で、明日は応急手当の担当者だった。

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