第二話 立候補

 俺はしばらく部屋に立ち尽くしていた。


 栗花落はフードが裏返っていると「彼女募集中」といううちの学校の文化を知っていた。それでいて、俺の裏返ったフードを直してその中にラブレターを入れて立候補した。


 フードを裏返す理由とは、それを見た女子がその男子にしかわからない形で立候補するため……?


「ちょちょちょっと待て……」


 まず俺は彼女を募集しているわけじゃない。あれはいたずらでやられただけで。



 栗花落はもしかして、真に受けて……?



 そもそも栗花落がやったのか? あの栗花落が、俺に?


 信じられないことばっかだ。

 栗花落は普段からすごく大人しいやつで、あんまりこういういたずらに乗るような女子じゃない。本当になんというか、綺麗な妖精ってイメージ。


 小学校の頃、クラスか学年に一人はいただろ? かしこまった感じのお嬢様ってわけではないんだけど、そういう、触ったら透けそうな雰囲気の女子。それだ。


 だから栗花落がやったんだとしたら、いたずらとか悪ノリでってことはまずない。


「まじかよ……」


 とりあえず、学校であいつに聞いてみないと分からない。その、立候補? されても、俺には処理の仕方が分からないからだ。


 結局、俺はろくに寝付けないままその夜を越した。





 ね、ねみぃ……?


 翌朝、覚醒と睡魔がごっちゃになったわけのわかんない状態で学校に向かった。

 昇降口が開放されてから15分ほど経っていたから教室にはクラスの4分の1ほどの人数がすでにいた。男子が全然見当たらないのは、朝から校庭に遊びに行っているからだろう。俺もランドセルを置いたらすぐに向かうつもりだ。


 だが。


 廊下側の一番後ろの席で道具箱に教科書を入れている女子に目が行った。一瞬目が合ったような気がしたが、彼女はすぐに手元に目線を戻した。


 このまま外に遊びに行くのもいいが、流石に気になってしまうし、なんか気まずくなるのもあれだから……。


 俺は勇気を出して、彼女の席に近づいた。


「つ、つゆりっ……」


 喉の奥がキュッと締まる。謎の緊張。


 彼女は顔を上げると、「あっ」と小さく弾けるよう口を開いて、小さくて白い手を胸に押し付けた。黒くてきれいな目で見つめられる。


 こいつ、こんなに可愛かったっけ?


 俺は慌てて少しだけ焦点を外した。


「あ、あのっ、昨日は、ありがとな……その……フード、直してくれて」


 彼女も少し目線を落として首を横に振った。それ以上は、特に何も言うことなく目を泳がせている。


 あっ、もしかしてアレ? これ、キモがられてる?


「じゃ、じゃあな……」


 俺はとりあえずそう言って校庭に向かおうとした。


 が。


「ま、待って……」


 その手を摑まれた。すべすべで柔らかい感触が手に宿って、思考が停止する。


 栗花落の手……。

 女子って、実体あるんだな。触れんだな。


 俺は彼女に視線を戻す。彼女は摑んだ俺の手を離すと、手元にあった算数の教科書の表紙をめくってそこに何かを書き始めた。


 教科書の紙質って、消しゴムじゃ落ちにくいのに……。


「な、なにっ?」


 栗花落は手をどけた。


 俺はそこを覗き込む。




[放課後、体育館うらに来てください]

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