第一話 手紙
「では、目を閉じて、今日あったことを振り返ってください」
担任の
帰りの会の黙想タイム。これ毎日やってるんだけど、毎日そんな大きな出来事があるわけじゃないから振り返ってもなぁ、という本音はある。一応、日々の生活から「小さなありがとう」を見つけようという建前らしい。
一分ほど沈黙が作られて、先生は目を開けるように言った。
「じゃあ、どんなことがあったか、代表で誰かに聞きますね。んーと、じゃあ
えっ、俺かよ……。えっと、どうしよっかな。
少し焦りながら俺は立ち上がった。
「えーと今日は、あ、
西野は通路挟んで横にいる女子。三時間目に落とした鉛筆を拾ってくれたのを思い出した。
ほんとにそのくらいしかない。代表で誰か指名されるのも毎日なんだが、みんなネタがない時は、「筆記用具を貸してもらった」とか「ノート見せてもらった」とかそれっぽいことを言う。
女子に当たると、その日の男子の悪事が暴露されて糾弾されることがあるが、それはご愁傷さまとしか言えない。
「はい西野さんに拍手~!」
先生はそう言ってみんなを煽った。湿った拍手が響き渡る。
任務を終えた俺は、拍手の中に消えるようにゆっくり座って椅子を引いた。
残りの先生の話をランドセルの金具をかちゃかちゃ回転させて遊びながら聞き流し、いつも通りの放課後が訪れた。クラスの八割くらいの生徒がランドセルを背負って教室を出て行く。残りの二割はランドセルだけ置いて校庭開放に行ってるか、教室でなんかしてるかだ。
「じゃあな高橋!」
「おう、また」
後ろの席の
低学年の頃は高いと感じていたけど今は低くて逆につまずきそうな階段を下って、南昇降口の下駄箱に向かった。三・四・五年だけはこちら側の昇降口を使わなきゃいけない。
なぜ昇降口を統一しないんだ。南側は教室から遠いんだよ。
心の中で呟きながら五年四組の下駄箱へ辿り着き、自分の靴に指を引っかけた。
と。
カサ……。
「ん?」
首の後ろ当たりに違和感が走った。何かが動いたような感覚だ。
俺は悟った。
これは、今やられたな……?
「おいっ!」
俺はフードに手をやり勢いよく振り返る。
「……あれっ?」
目の前に立っていたのは、妖精みたいな女の子だった。俺の声に目を丸くして固まっている。
「つ、つゆり……?」
みんなと同じ夏を越したとは思えないほど肌が白くて、普通にめっちゃ可愛い。と、個人的には思ってる。
「ご、ごめんっ。その……フード、裏返ってたから……」
「あ……」
な、直してくれたのか。
「こ、こっちこそごめんっ。大きな声出しちゃって……」
ううん、と彼女は首を振った。
「い、いつからだ……?」
俺は下駄箱を向き直って再び自分の靴を取る。
「か、帰りの会で、高橋君がすみれちゃんの話した後、座る時に
「え、健嗣かよっ。あいつ……」
座る時にやられるのはよくある。フードの端をつまんでその向こう側にペンとかを立てるように出せば、フードがペンで押し出されて裏返るわけだ。意外と気付けない。
しかも、何も触れずにそのまま帰るとかやば。
「あ、ありがとうな、栗花落……」
彼女はぴくっと跳ねる。
「う、ううんっ。そのままだと、あれかなって……」
栗花落も「カノボ」に関しては知ってるんだな。なんか、誤解、されてないといいけど……。
「じゃ、じゃあ、ね……」
俺は靴を履いてつま先をトントンしながら、彼女に別れを告げた。
正直、妖精を前に一対一で平常心を保つのは無理だ。カッコ悪いとこ見せる前にさっさと帰ろう。
「ばいばいっ……」
妖精も少しぎこちなく手を振った。同じクラスになって半年以上経ってるってのに、初対面みたいにたじたじになる。
まあ、直してくれただけとはいえ、ちょっと嬉しかったな。話せたの。
口元が緩んでしまうのを隠しながら、俺は家に帰った。
「ただいま」
誰もいない家に向かってそう言って、靴を脱いだ。そのまま玄関を上がってすぐの自分の部屋にランドセルを放り込む。
外の肌寒さが緩くなった室内は、パーカーを着ているのは少し暑いので、通した袖を引き抜いてベッドの上に投げた。
「ん?」
俺は、フードの中に何か入っているのを見つけた。
白い、紙……? ノートの切れ端のような。
折りたたまれていたそれを開く。
「……え?」
それは手紙だった。すごく綺麗な字で彩られた文字列。
[私でよければ、立候補していいですか?]
一瞬、何のことを言っているのかわからなかった。「私」というのが誰なのかも。
そこで思い出す。
フードの中に入っていたってことは、入れられたのは栗花落にフードを直してもらった後。というかそれから誰にも会ってないから、多分、栗花落が入れた。
ってなると、立候補っていうのは……。
「えぇあっ!!??」
気付けば叫んでいた。
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