都市伝説再演File.「金剛石の薔薇」

加湿器

『終幕』

 ――眼下には、霧の海が広がる。


 からり、と音を立て、血染めのカトラリーが足元に転がる。撥ねた血はドレスの裾に、縋る様に赤い染みを残した。


 少女は、気にするそぶりもない。


 不意に、遠く喧騒が聞こえた。小さく見える大時計は、絢爛なりし舞踏会の、まさに終わりの時を指している。

 今頃は計画通り、あの男の屍が、汚らわしき裏切り者の血が、広く社交界に喧伝を始めている頃であろう。

 彼女の、復讐の完遂を。


 少女は、遥か空を見上げる。


 霧の都でただひと時、どこよりも空に近い場所で。

 思い出すのは、この空よりも澄んだ瞳。彼の声。耳元にこだまする鈴のような響きに、彼女は金剛石の薔薇を握る。


 血を吸い上げ赤く染まったその薔薇を、彼女はそっと、ヒィルの側に横たえた。まさしくそれは、己自身の手向けであったろう。

 欄干に立つ彼女は、最期にひと時、祈りを捧げ。


 小さく、空に消えた。

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