がらんどうに落ちる
深瀬空乃
前
『今から会えない?』なんて、そんなメッセージが届いたのは真夜中のことだった。
まだ太陽は昇っておらず、夏の暑さも昼間よりは鳴りをひそめる午前三時半。LINEの通知音で目を覚ました
メッセージの差出人は、現在立夏の彼氏である
タイマーの設定で切れているエアコンをつけてから、ベッドから這い出るようにして起き上がった。部屋は電気をつけないといまだ薄暗く、そんな時間に外に女の子を連れ出す神経が分からない。涼は大切なところでそう気遣いが足りないから、顔だけは良い割にモテないのだ。パジャマのままでは流石にまずかろうと、外に着ていける程度にゆるい格好に着替えながら、立夏はそんなことを考えていた。
暑いからとうなじあたりまでバッサリ切った髪をとかしたりと簡単な支度をするだけで、朝の四時はすぐにやってきた。『どこ行けばいい?』とメッセージを送れば、『そのまま出てきて』と返事になってない返事がくる。だからどこに行けばいいの、と次のメッセージを打ち込みながら、立夏ははたと嫌な予感がして玄関へと走った。まさか、迎えに来たと言わんばかりに家の前に居るんじゃなかろうか。少女漫画ならときめくところかもしれないが、実際にそんなことを行われても乙女心には響かない。もしかしたら一般的には響くのかもしれないけれど、涼と立夏の恋人関係はときめきだのどきどきだの、そういったものとは無縁なのだ。
二階で寝ている両親を起こさないよう気を付けながらゆっくりとドアを開ければ、まさかと思った通り涼はそこに居た。白いTシャツにジーパンという至ってシンプルな服装も、スポーティな全体の雰囲気を整えて彼をイケメンに見せる。なにやら音楽を聴いていたのかイヤホンをしていた涼は、立夏の姿を視界にとらえるとぱっと向き直った。
「おはよう」
「おはよう。イヤホンつけてるけどわたしの声聞こえてんの?」
「ごめん、なんて言った?」
はっと気が付いたように涼がイヤホンを外している間に、立夏は玄関の扉をゆっくり閉めて、音を立てないように鍵をかけた。スマホと家の鍵しか持っていないけれど、町に繰り出すデートに出かけるわけでもないからこれで十分だろう。
「イヤホンつけてるけど声は聞こえるの、って聞いたの。聞こえてるならいいよ」
「いま外しただろ」
「だからいいよってば。で、なに」
「ちょっと話聞いてほしくて」
「一応聞いておくけど、電話じゃ駄目だったわけ?」
「彼女に会いたいっていうのがそんなに駄目かよ」
「ウワ、機嫌わっる。どうせ
「お前にしか話せないんだよ……機嫌悪いのは、その、悪かったって」
イライラした口調を隠そうともしない涼に淡々と告げれば、涼はばつが悪そうに首を掻いて視線をそらした。涼はお世辞にも人付き合いが上手ではない。とくに女子の扱いは下手で、これが立夏でなければとっくに「デリカシーがない」やら「もっと大事にして」やらなんやらでフラれているような性格だ。自分も自分で人のことを言えるような性格ではないけど、と立夏は肩をすくめた。
涼はそれを見てか、背負っていたボディバッグにスマホを渋々詰め込んだ。スマホにぐちゃぐちゃに巻かれたイヤホンがあとで絡むのは目に見えていたけれど、あえて注意してあげるほど立夏は優しくはない。
「家の前だとうるさいでしょ。そこの浜辺まで行こ」
「ん」
「飲み物持ってこなかったから奢ってよ。相談料」
「……仕方ねえな」
そう返事した涼に、ため息をひとつついた立夏はわざとらしく距離を詰めた。首に吐息が降りかかるような距離で「行こ」ともう一度言えば、涼はわずかに眉根をひそめたのちに頷いた。そのままするりと手を繋がれる。季節が夏なだけあってお互いの体温が煩わしい。けれど、ふたりの間で交わされる恋人としてのやりとりは、おまじないのようなものだから、これでいい。
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