第33話 国からの襲撃(後編)


 獅子身中の虫を竜巻で吹き飛ばした後、アリアに対して問いを投げる。


「どう戦うつもりだ?」

「木偶の棒たちを正面に配置して、ジュペタの兵士たちに弓で支援させる」


 無難な策だ。いくらでも量産できる木偶の棒を肉壁、いや木の壁というか盾として運用。

 そして人間の兵士に支援させて勝利する。合理的で特に問題もなさそうだ。

 唯一の懸念は木偶の棒だけでも勝てる可能性があるくらいか。

 あれでも一体が平均的な兵士よりかなり強いからな。


「ルルは魔法使いが出てきた時に温存。それとケチャップズには潜入して工作してもらう」

「了解だ。今回の王都との戦いに私は出張らないからそのつもりで」

「わかった」


 今回はアリアの指揮で勝たなければ意味がないので自重するつもりだ。

 もしこの戦争に負けそうになるようなら出張るつもりだが。

 

「敵兵の数はおよそ二千人。魔法使いが三人いるのがちょっと厄介」


 魔法使いは一人で普通の兵士五百人分ほどの戦力らしい。

 ならば敵は実質三千五百と計算するのは愚か者だ。その魔法使いとやらを暗殺でもすればいいのだから。

 五百人を暗殺するのは難しいが一人ならば可能。こういった観点から個の戦力に頼るのは不安定になる。

 魔法使いはいれば使うが、いなくても問題ないようにしておくべきだ。


「だが今のルルは私の作った杖で強化されている。本人の自己申告ではそこらの魔法使い五人分とか」

「ルルは現時点では魔法使いに対して出すとしか決めてない」


 ルルの力を過信はしていないということか。それなら問題ない。

 その後もしばらく話をしていると、アリアのそばに地面に書いてあった陣が光り始めた。

 そこから人の声が聞こえてくる。以前に使用していた陣電話だ。


『アリア、敵軍が動き始めたよ』

「わかった。こちらも迎撃に木偶の棒を出して」

『了解』


 リタからの通信にアリアは返事をした。

 リタは今回の戦いの実質的な将軍だ。正直な話、リタには荷が重いと考えている。

 だが他に信用できる人材がいないのだ。どこかで調達なりする必要がある。

 彼女が適正を持つのは現場での指揮。小隊長から部隊長だ。

 

「私がいなければ戦場の把握が通信頼りになるのか」

「遠見用の魔法使いがいれば戦場の映像や状況も見れる。でもルルは戦場に置いておく必要がある」


 それは少々困るな。

 敵の指揮官が戦場の状況を俯瞰的に把握できて、こちらは現場の通信のみでは情報に差がありすぎる。

 手元にドローンと水晶を転送してアリアに渡す。


「これは?」

「その遠見の魔法の代わりだ。このドローンが見ているものをこの水晶が空中に映像を表示する。操縦は考えれば問題ない」

 

 アリアは頷くとドローンを空に飛ばした。

 しばらくすると水晶が戦場の様子を空中に映し始める。

 これくらいならば手助けしてもかまわないだろう。私が去った後も修理装置込みで置いていけばいい。

 映像に木偶の棒ズが敵兵を蹂躙しているところが流れている。

 敵の兵士たちは攻撃を受け止めようとするが、木偶の棒ズは防御した獲物ごと敵の身体を吹き飛ばす。

 しかも剣で刺されても簡単には機能停止しない。刺さったまま敵をぶちのめす。

 木偶の棒ズと敵兵は一対一では全く相手になっていない。一対四でようやく互角のように見える。

 さらには後詰めのジュペタ兵による弓の援護射撃もあり、木の殺戮人形のように暴れている。

 数は千体ほどはいるのでこのままなら勝てるな。


「……敵の魔法使いが出てきた」


 敵兵と木偶の棒ズがチャンバラ合戦を行っている戦場。その敵側の後方でローブを着た者が三人ほど映っている。

 ドローンからは遠いのであまりよく見えないが、おそらく魔法を使おうとしているのだろう。

 アリアがすぐに通信用の陣を起動し声をかける。


「敵の魔法使いが出てきた。迎撃お願い」

『わかった。師匠に鍛えてもらった魔法の力! 見ていてくださいね師匠!』


 ルルの無駄に元気な声が通信陣から響く。

 私は魔法を強化する杖は渡したが鍛えた覚えは一切ない。

 そんなことを考えていると敵の魔法使いズから、全長十メートルほどの巨大な火球が発射された。

 それは木偶の棒ズに向けて突撃していく。被弾すれば結構な数が文字通り消し炭になるだろう。


『私が師匠から教わったことの一つ! 炎は水に弱い! なので練習しました! 流動たる水面よ、我が望むままに!』


 通信陣からルルの声が聞こえたと思うと、今度は戦場の映像に自軍の後方から巨大な水の塊が浮き出て発射された。

 それは敵が発射した火の玉を飲み込んで消火し、さらに敵の魔法使いズに直撃した。

 魔法使いズはしばらくの間、水に呑まれた後に開放され地面に倒れ伏した。

 おそらく酸素不足で気絶したのだろう。


『これが師匠から教えてもらった水魔法です!』

「スグル、魔法なんて使えたの?」

「全く身に覚えがない」


 アリアが不思議そうにこちらを見てくるが私も全くわからない。

 魔法など使えないし教えた記憶もない。彼女に行ったことは魔法強化の杖を渡したのと、スプリンクラーをぶっかけて火魔法を消したくらいである。

 ……まさかそれを教えと言ったのだろうか。

 そもそも炎が水で消えるなど、この世界の文明レベルでも常識だろうが。


「やはりルルはわけがわからん……私に苦手意識を持たせるとは」

「ある意味天才」


 とりあえずルルのことは置いておく。

 結果としては敵の魔法は完全に阻止され、魔法使いも全滅した。

 敵兵は木偶の棒になすすべなくやられていく。戦場の映像を見る限り、おそらくだが敵軍は総数の二割以上の被害が出ている。

 大勢は決した。後は敵軍が降伏するのを待つだけだ。

 

「これは勝ったな」

「……うん。もう敵に魔法使いもいないし、敵の総大将も暗殺部隊ケチャップズに捕縛を命じた」


 劣勢で混乱した敵陣ならば諜報や潜入もたやすい。

 ケチャップズは人間離れした能力を持つので、その中でなら敵将の捕獲も容易だろう。

 私とアリアは勝利をほぼ確信したその時、異変が起きる。地面が急に揺れ始める。

 ドローンから映し出された映像では、戦場の地面がひび割れていく。 

 アリアがそれを見て訝しげに呟いた。


「……地震。そして地面がひび割れる……まさか」

「今回の地震も地層の観測結果によると自然にはあり得ない。以前に悪魔が復活した時と同様だな」

 

 この戦争が始まる直前、リタが呼びに来た時に私が気にしていたこと。

 それはこの戦場に悪魔が封印されている可能性だった。

 だが確信があったわけではない。それこそ何となくいい予感がしただけだ。

 だから誰にも言わなかったが本当に眠っていたとは。

 

「悪魔は魔法の力で蘇る。先ほどの魔法使いズとルルの魔法、おそらく条件は満たしている」


 以前のオーガは貧弱な魔法だったが、その全てを悪魔の復活にそそぐことで蘇らせた。

 だがルルたちの魔法は強力だ。余波を受けての蘇生は十分あり得る。

 私の仮説を実証するかのように、地上から数体の人型が空に飛翔した。

 ドローンの視点をそちらに向けると、黒い身体を持った五体の人型がコウモリのような翼で空に浮いていた。

 それは以前の悪魔と類似した姿だった。


「……そんな。五体も悪魔が揃うなんて」


 アリアは茫然と映し出される映像を見ている。そして通信陣からリタの焦った声が流れてくる。


『アリア、聞こえる!? 急に地震が起きたと思ったら、空に以前に見た悪魔が見えるんだけど!? それも五体も!?』

「こちらでも確認している」

『ど、どうしよう!? 一体でも勝てる気しないのに!? 数体揃ったら世界がヤバイって話だったよね!?』


 私としてもこれは計算外だ。

 一体くらい封印されているのではと思っていたが、まさか五体も現れるとは。

 これは本当に、本当に僥倖と言わざるを得ない。


「リタ、お前たちは何もしなくていい。いやするな。あれは私が実験に使う」

『スグル!? いやそもそもしたくてもできないけどさ!?』

「アダム、お前は引き続きアリアを護衛しろ」

「イエスマスター」


 アダムの返事を聞くと、ホバーブーツを起動。

 悪魔の元へと向かおうとする。だがアリアに伝えることを思い出した。

 彼女の方へと向き直る。


「アリア、国の兵士との戦いはよくやった。今回は私は出張らないと言ったが、あの悪魔たちは別カウントだ」


 私の言葉にアリアはうなずくと、手を組んで口を開いた。


「……お願い。私に悪魔を何とかする術はない。このままだとみんな殺されてしまう」

「無論だ。むしろ止められても研究するつもりだ」


 しかし私は運がいい。まさか五体も出て来てくれるとは!

 心を躍らせながらホバーブーツを起動し、悪魔の元へと飛び立った。

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