第30話 悪魔を研究
アリアを王にすることが決定した後。
立体実物作成機による建築が部分的に完了して村の様子は一変した。
というよりもはや村ではない。ジュラやジュペタ規模の町となっている。
このまま作成は継続させるので後二週間ほどで、王都にも劣らない量の建物ができるだろう。
そして空いた建物にジュペタの町の住人の中から、希望者を連れてきて住まわせている。
わざわざ希望者だけにするのが彼女らしい。
私なら強制的に全員連行している。
一応は自分の製作物なので町中を巡回しているが、当然だが問題など出るはずもない。
すでに店を開いている者もいてそれなりに活気に満ちている。
もう確認の必要はないと判断し、勝手についてきたアリアとリタに話しかける。
「これで名実の実は町となった。後は名前だけだな」
「スグル町って決まってる」
「君の名前にしたほうがいいと思うが」
何故アリアが指揮する町なのに私の名前なのか。
彼女には救国の乙女――ジャンヌダルクになってもらう必要があるのだ。
こういったところで名前を売るべきではと思うが。
だが彼女は首を横に振った。
「私の町だから名前は自由にする」
「構わないがね、救国の乙女どの。世間は大騒ぎだ、一瞬のうちに辺境に町ができたと」
「それは私の起こす奇跡……ということにする」
「神の使いとでも言ってやれ」
素晴らしい発想だ。実情はともかくとして、民衆は奇跡という言葉に弱い。
他には神や天。人の手では抗えない不可視の力を文字通り盲信する。
我々には担ぎ上げる王の血族はいないので、こういった摩訶不思議なモノを見せる必要がある。
「意外だね。スグルってそういう言葉嫌いそうなのに」
リタが私からねだったペットボトルを口づけた。
こいつ本当に私を自販機と思っているので、次はタバスコを混ぜておくか。
「私は科学者だ。だからこそあり得ない事象を断じない。現時点で認知し得ずとも、将来的には判明する可能性があるからな」
古来の電気は神鳴りだった。今の科学技術の発展によりあり得ないなど断じ得ない。
それこそ神や悪魔、妖怪の類も存在するかもしれない。
今の私では認識できる技術がないだけで。
存在しないと断ずるのは簡単だ。だがそうすれば先はない。
「そういえばジュペタの町長はどうなったの?」
「生体コンピュータにしようとしたが、ちょっと他に使い道が見つかってな」
「またオーガにする実験? もうやめればいいのに」
「いや悪魔を蘇生する実験にな」
「そっかー、悪魔……悪魔!? ごほっ……ごほっ……」
リタはむせたらしく咳がとまらなく、アリアが背中をさすっている。
水分を飲みながら驚くからだ馬鹿者。
しばらくすると立ち直ってこちらを睨んでくる。
「スグル、今までのはいいよ。オーガが出たって退治できる、でも悪魔はヤバイよ! 数体揃ったら世界の危機ってレベルなのに!」
「くだらんな。封印などという後回しだろうが。明日全部復活する可能性だってある」
悪魔の資料をいくつも読んだ。生態系などの説明は差異があるのだが、過去に封印されたという一点だけは全ての書籍で同じ。
つまりはここだけは信ぴょう性があるのだろう。
封印などという未来に丸投げを選んでいることが。
「そりゃゼロじゃないかもしれないけど……」
「ならば一体ずつ甦らせれば倒せる。逆に一気に出たらどうなる?」
「それは……」
リタは黙って腰に装備した銃を見つめている。だがその武器では悪魔は倒せない。
ちなみに一気に出て来てくれたら私としては本望なのだが、可能性が低いので待つ気にはなれない。
やはり自分で動いて蘇生するほうが話も早い。
「スグル、研究をお願い」
「ええ!? アリア、本当にいいの!?」
「うん……だって実際に悪魔は出てきた。何百年も誰も見ていないのに」
そう。何百年も目撃例がいない悪魔が現れた。
それは他の同種も近いうちに復活する可能性を考慮すべきだ。
ないと断じれば先はない。本当だったら凡人の国は全て終わる。
やはりアリアは私と思考回路が似ている気がするな。
「ちなみにスグルは悪魔を何体まで同時に倒せる?」
「わからん。その時の状況やあの個体が通所より優秀か劣るかにもよる」
手段を選ばなければ何体出て来てもどうとでもなる。
だが仮にこの町の上でと言われれば、一気に戦いづらくなる。
核やコロニーレーザーを連射していいかで変わってしまう。
「でも悪魔の復活の実験って何をするの?」
「あの時に悪魔が復活した理由はな。付近の地層に眠っていた悪魔が、魔力の影響で蘇ったと仮定している」
ルルによって魔法のサンプルが大量に取れた。
そのおかげで以前にオーガのやっていたことが明らかになった。
奴は地面を殴って魔力を地層に送っていたのだ。
それによって仮死状態だった悪魔が目覚めて復活する。
「……でもあの悪魔は、エクボだった」
「それも簡単だ。奴は生物に寄生する能力を持っている」
寄生と言っても、元々の身体よりも遥かに強化される。かなり厄介な生物だ。
ぜひともサンプルが欲しい。
「……もしスグルが乗っ取られたら恐ろしいんだけど。実験失敗とかやめてよね!?」
「あり得んな。まず私を乗っ取ることは不可能だ」
人に寄生するまでの悪魔は貧弱で、私が常に纏っている電磁障壁を破れないからな。
リタは以前の悪魔にトラウマでもあるのか、身震いして私に視線を向けた。
「怖いなぁ……ボクも悪魔になる可能性があるってことでしょ?」
「安心しろ。そうなったら実験体だ」
「どこに安心する要素があるの!? 助けてよ!?」
実験して助けてやると言っているのだが。
どうやら通じてないようだ。察してほしいのだがな。
そんなことを考えているとアリアが私の服の袖を握ってきた。
「……もし私に何かあったらよろしく」
「いいだろう。何とかして助けてやる」
「ボクとの扱いの差!?」
同じ扱いにしてるだろうが。
だが彼女の求めていた答えは違うのか首を横に振る。
「助けなくていい」
「私は無駄に命を消しはしないから拒否する。さてくだらない仮定話は終わりだ」
そもそもこんな話をしてもしょうがない。
悪魔に寄生される可能性など彼女らにはほぼない。私が傍にいれば守れるのだから。
せっかくリソースを費やしてきた二人でもあるし、無駄に失うことは当然避ける。
するとリタが珍しく思いつめたような表情をしている。
「寄生か、悪魔もあいつと同じなんだ」
なにやら深刻そうなので、あいつが何かを確認しようとすると。
「おっ! お嬢ちゃんたちと彼氏さん! 鶏肉はいらんかね!」
話をかき消すように近くの屋台のおやじが、串に刺さった鶏肉を見せてくる。
リタの表情もすでにいつものように戻っている。
深刻そうに見えたが私の気のせいだったか。
せっかくなので二本買ってリタとアリアに渡す。
「スグルは食べないの?」
「私はサプリメントがあるからな」
「それ味気なさそうなんだけど……おじさん、もう一本ください」
リタはわざわざもう一本鳥串を買って私に押し付けてくる。
「必要以上に食べると眠くなる。思考の邪魔だ」
「美少女のプレゼントを断らないでよ。それにたまにはいいじゃない」
「スグルはもう少し食べるべき」
「……わかったよ」
二人に詰め寄られたので、しかたなく受け取って食べる。
硬い肉に変な味付けのタレだ。端的に言うとまずい。
こんな物を売られては町の評判が悪くなりかねないので、屋台のおやじに近づいて話しかける。
「おい、この肉は何だ。人工肉でももう少しまともだぞ、味付けも最低だ。こんな物で金を盗るな」
「お、おう……」
「次に抜き打ちで来る。まずかったら営業許可は取り消す」
「えっ!?」
おやじに言うべきことは言ったので、残りの肉を全て食べて串を亜空間へ転送する。
やれやれ、とんだ食事だ。
ふと見るとアリアとリタがこちらを見て微笑んでいた。
「スグル、まずいって言いつつ全部食べてる」
「少なくとも食べ物ではあったからな。捨てたら土に分解されてムダになる」
「スグルってわりとムダ使い嫌いだよね」
「散々言っているだろう。無駄にリソースや資源を消費するのは拒否すると」
彼女らと謎の談笑をしつつ発展した町を見ていくのだった。
町も機能し始めているし、そろそろ本格的に兵隊を揃えていく頃合いだな。
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