第19話 交渉


 促されて椅子に座ると中年男は少し性格の悪い笑みを浮かべた。

 私たちと奴の間にある机から、特殊な力場が発生しているのはわかっている。

 薄っぺらいバリアがあることで安心しているのだろう。

 さらに男は先ほどから傍に控えている、黒いローブを着た少女のほうを向く。


「この娘は私の護衛である魔法使いだ」

「ルルよ。よろしく」

「ほう」


 魔法使いか。以前から何度もその単語は出ていたが実際に見る機会がなかった。

 どうせならば捕らえて研究対象にしたい。

 ルルと名乗った少女は私を値踏みするように見ている。


「信じられないわね。魔法を使わずにあの扉をこじ開けるなんて」

「ほう。魔法ならば開けれたのか?」

「一言呪文を唱えればね」


 ふむ。この部屋は嫌がらせようで普段は使われないと思ったが。

 一言でこの扉が開くならば話は別だ。最も私たちに自力で開けさせようとしたので、嫌がらせの意味はあるのだろうが。


「魔法使い、私の村へ来ないか?」

「断るわ。私は町で暮らしたいの」


 どうやら田舎が嫌いな若者のようだ。私の村はすぐにこの町なぞ越えると言うのに。

 ここと戦えばこの少女も手に入るのか、お得だな。


「私の町にはルルがいる。この意味がわかるな?」

「ああ」


 中年町長の下卑た笑み。その言葉に思わず同意する。

 実にいい町だ。攻めることに特別なメリットがある。

 

「よろしい。では献上品をいただこうか」

「貴様の脳は茹だっているのか?」


 中年町長は固まった笑みのまま動かない。こいつは何を言っているのか。

 滅ぼす町に何故献上品を渡す必要があるのだ。

 

「スグル、今の言葉はない」

「事実を言ったまでだ」

「なっ……なっ……!」


 中年町長は顔に青筋を出してわなわなと震えている。

 怒ったり笑ったり忙しい奴だ。もう少しリラックスすればいいものを。

 奴は激怒して机を手で叩きつける。


「貴様! このジュラの町を馬鹿にしているのか!」

「そんなことはしていない。私が馬鹿にしているのは貴様だけだ」

「ッ! この平民風情が! 貴族たる私に逆らってどうなるかわかっているのか!?」

「貴様は貴族だったのか。あまりに無能に見えてとても思えなかった。私を少し驚かすとは才能があるぞ」


 中年男は顔を真っ赤にしてアリアがため息をついた。

 その様子を横で見ていたリタは真っ青な顔をしている。お前まで顔芸しなくていいのだが。


「貴様! 生きてこの町を出られると思うなよ! ルル! やれ!」

「……信じられないことするね、お兄さん。命令だから悪く思わないでね」


 ルルは身の丈ほどある杖を掲げると、その先端に炎の球体が現れた。

 さらに彼女は何やらぶつぶつと唱えている。


「燃えろ、燃えろ。その全てが灰になる」

「や、やばいよ! 炎の魔法だ! 岩すら消滅させるって聞くよ!?」

「おいルル!? ここ室内だぞ!? 炎の魔法はダメだろ!?」


 慌てふためくリタと中年男。

 何で命令した本人が慌てているのだ俗物が。だが私も冷や汗をかいていた。

 これではもはや間に合わない。


「……たしかにこれはまずいな」


 火気を感知したホバーブーツが、ルルに対して勢いよく霧状の水を噴射する。

 彼女は全身びしょ濡れになり火球も消えてしまい、杖を掲げたまま唖然としている。

 ……よりにもよって室内で炎など出すな。自動でスプリンクラーが発動してしまった。

 せっかく魔法の力を確認する機会だったのに。


「し、信じられない。詠唱もなしにこんな強烈な水魔法を……」


 床にペタンと尻をついてルルは唖然としている。

 

「すまん。邪魔する気はなかったんだ、次はスプリンクラーは出ないのでアンコールをお願いしたい」

「……集中もしてないで私の魔法が消された……」


 ルルは座り込んだまま何かを呟いて、私の言葉にも反応しない。

 これは私の失態だ。せっかくの魔法をおそらく発動前に消火してしまった。

 

「「ほっ」」


 中年男とリタが同時に息をはいた。お前たち仲いいな。

 奴は戦意喪失しているルルを見た後。


「……いやあ。どうでしたか? 魔法をご覧になりたいと聞いていたので、つい軽い劇をやったのですが」

「何言ってるのこのおっさん。そんなの信じるわけが……」

「悪くはなかった。炎の魔法でなければ完璧だった」

「スグル!?」


 多少の不満はあるが魔法のデータで取れた。

 こいつが実際に私たちに何かしようとしたかはどうでもいい。

 叫んでいるリタは放置して中年男へと向く。


「お前は私にメリットをもたらした。ならば攻める必要はないな」

「は、はい。ありがとうございます……」


 引きつった笑みを浮かべる中年男。

 こいつは今後も何かもたらすかもしれないので、とりあえず放置するか。

 

「それと魔法使いを雇いたい。誰か心当たりはないか?」

「わ、私の町もルル一人だけですし……魔法使いなんて貴重な存在、そうそうは……」

「私がいる」


 中年男の言葉に割り込むように、地面にへたりこんでいたルルが口を開く。

 杖を使ってゆっくり立ち上がると私の手を握った。


「師匠! ぜひ私に魔法をお教えください!」

「帰れ」


 師匠という言葉に反応して防衛機能が発動した。

 私の身体に電流を流してルルの手を引きはがそうとする。

 だが信じられないことに彼女は私から手を離さない。

 

「お願いします! 私は大魔法使いになりたいんです!」

「中でも大でも勝手になればいい。だが私は弟子はとらない」


 元の世界でも弟子にしてくれと頼む者が多かった。

 だが私に教えるメリットがないのに、なんでそんなことに時間を取らねばならんのだ。

 あまりに面倒なので師匠とか弟子の単語で、自動迎撃システムを発動するようにした。

 今回は接近されていたので電流だが、離れていれば風で吹き飛ばす。

 そもそも私は魔法使いではない。


「お願いします! お願いします! お願いします!」

「そもそも私は魔法使いではない」

「そうですね。剣士じゃない魔法使いに近い様」

「やっぱり魔法使いじゃないですか!」


 アリアの告げ口に目を輝かせるルル。

 こんな時に面倒なことを言うんじゃない。どうやって迎撃するか……。


「何でもします! 水魔法でお掃除とか飲み水も作れます!」

「ほう」

「あっ。その言葉をスグルに言うのはまずいよ!? 安らかに死にたくないの!? 取り消……むにゃ」


 やかましいリタに麻酔銃を撃ち込み、ルルの身体を確認する。

 健康体だ、すぐに死ぬということはないだろう。


「いいだろう、君の情熱に心を打たれた。弟子にしてやる」

「ありがとうございます!」

「泥棒に金持ち、スグルに魔法使い。どちらも好き放題にする」

「えっ、ちょっ、ルル!? 私の警備はどうなるんだルル!?」

「むにゃむにゃ……」


 これで気になっていた魔法使いを思う存分研究できる。

 無論、弟子として取った以上はルルの魔法も強化するつもりだ。

 魔法のメカニズムを解剖すれば可能になるはず。

 私は魔法使いを研究できて、ルルは魔法を強くできる。まさに互いにメリットのある関係だ。

 

「では私の村へ来てもらうぞ、ルル」

「はい! どこでもお供します!」

「ルル!? 私を見捨てないでくれぇ! ルルゥ!? お前がいなくなったら、東の町にどう対抗すればいいんだ!?」

「頑張って」


 ルルの一言に中年男は脚から崩れ落ちた。

 どうやら魔法使い一人はそれなりの戦力なようだ。彼女がいないとパワーバランスが崩れるのか。

 私にメリットをもたらす可能性のある町が、簡単につぶされるのは面白くないな。


「いいだろう。ならば私が戦力をくれてやる」

「えっ。本当ですか!?」


 どうやら戦っているところがあるようだし、木偶の棒の戦闘データが多く取れそうだ。

 無料でテスターをやってもらうことにしよう。

 やはりいい町だな、ここは。


「スグルは悪魔より非道。やってることが武器商人」

「何を言う。全ての者にメリットがある完璧ではないか」


 アリアに反論しつつ中年男と握手を交わす。

 ここに同盟が築かれたのであった。

 

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