第一話 魔王様拾っちゃいました! #2


 僅かな、時間にして一分程あんぐりしてから、わたしはもう一度アイカと名乗る女性に尋ね返した。

「えーっと……魔王、さま?」

 魔王といえば言葉通り魔族を統べる長であり代表者だ。当然恐るべき力の持ち主であり、魔王城の奥深くで部下に指示を与える君主。

 少なくともこんな片田舎の森中で空腹に負けて倒れているような存在ではない。

 というか魔王城からホイホイ出てきてよい立場じゃないと思う。

 さらに言えば、初見の相手にホイホイ名乗ってよい肩書でもないと思う。

「元、魔王だ!」

 アイカと名乗る女性が訂正する。

 なるほどなるほど。

 あくまでも現役魔王じゃないから大丈夫という理屈らしい。そういう問題じゃないだろと思わなくもないけれど。

 それに、わたしには見えていた。


 元魔王を名乗るアイカという女性が、『魔王の加護』というスキルを持っていることを。


 わたしが持つ特殊なスキル『ユニーク・スキル感知』。

 相手に意識を集中することで、文字通り相手の持っている特殊な『スキル』を見ることができる能力だ。

 一般的なスキルは本人が取得したと自己申告による技能の呼び方なんだけど、『ユニーク・スキル』は生まれつきや血統等特別な理由でその本人だけが取得している特殊なスキルのことを指す。普段は隠されているその特殊なスキルを、わたしは見ることができる。

 本当に便利なスキルではあるけど、他人のスキルを許可無く覗き見るのは失礼というもの。

 だから普段はこのスキルを意識しないようにしていたのに、目の前の人物がとんでもないことを口にしたせいで、否応なく意識が集中してしまい意図せずアイカさんのスキルを読み取ってしまった。

 幸い『鑑定』スキルと違って魔力消費が発生しないこの『感知』スキルは使用したことを相手に気付かれる心配がほぼ無く、実際アイカさんも気づいていないようだ。

 ただ、それ以上に問題なのは、その読み取れてしまったスキルだ。


 『魔王の加護』


 それは現役の『魔王』しか持つことのできないユニーク・スキル。

 このスキルを持てるのは常に一人であり、このスキルを持つものこそが『魔王』だと言われている。

 つまりこの目前にいる女性は現役の『魔王』であり、『元』魔王などではない。

 本人がどう名乗ろうとも、正真正銘の魔王だ。

(えーっと……)

 ひょっとしてツッコミ待ち、ってやつなのかしら?

 それにしては自信満々だし、人を引っかけてやろうという雰囲気でもないし……身分を隠すなら通りすがりの一般人でも名乗っていればよいわけで。

 こうも自信満々に『元魔王』なんて微妙な肩書を名乗る理由はないから意味がわからない。

 いや、そんなことよりも。

 そもそもからして、なぜ元だろうが現役だろうが『魔王』が人族の領域にいるのか?

 どう考えてもただごとじゃないし、どう転んでもロクなことにはならない。

 まさかなにか良からぬことを企んで……!?

「………?」

 疑いの目を向けるわたしに、元魔王さまは小首を傾げてこちらを見返している。

 その瞳には悪意の欠片も後ろめたさの片鱗も映っておらず、ただただ純粋な子供のように澄んだ色を湛えている。

 あー、うん。これは裏を考えるだけ無駄なタイプだ。

 これでも探索者として様々なタイプの相手を見てきた。人を見る目にはそれなりに自信がある。

 この手の人物は善行であれ悪行であれ、真正面から正々堂々と宣言し、小細工など小賢しいと言ってのける性格であることが多い。

 だから、わたしは一番無難な対応──裏なぞ考えず相手の話にあわせておく──を選択した。

「そ、それでは元魔王さん。えー、どうしてこんな場所に?」

「アイカ、だ!」

 元魔王と名乗る女性は、わたしの質問に答えてはくれなかった。

 その代わり、なんとも不機嫌そうな表情でこちらを睨みつけてくる。

「えーっと……」

「余の名前はアイカだと名乗ったであろう? なぜ名前で呼ばぬ?」

 どうやらわたしが名前で呼ばないのがお気に召さないらしい。

 いやさ。元だと主張しているけれど魔王は魔王。

 人族で言えば国王様に相当する相手なワケで……名前呼びというのはどうにも気後れする。

「それではアイカさん、ということで」

 相手が続きを口にするより早く押しかぶせるようにわたしが言う。

 この手の人は絶対に人の気遣いや空気を読んだ対応を良しとしない。どこまでもフランクな付き合いを『強要』してくる。

 その対応はたった一つ。こちらが妥協できるギリギリを先に通すことだ。

 でなければ、相手の呼び名という些細な問題が延々と続く押し問答になりかねない。

 真偽はともかく、ここは元魔王という名乗りを一旦受け入れておくしかないだろう。

「む……まぁ、よい」

 上にかぶせるようなわたしの言葉に魔王──アイカさんはこちらの目論見通り話を続ける。

「余は国内で狼藉を働いておった魔物共を成敗すべく、とことん追い回しておったのだ」

「魔物を?」

 魔族も魔物への対応に手を焼いているという話は聞いたことはある。

 基本的に魔物は誰かの使役を受け付ける存在ではなく、味方につける方法はほぼ無い。襲う相手も人族魔族を問わず目についたものならなんでも獲物扱いだ。

 人族も魔物による被害は相当な物だが、魔物の生息地域が近い魔族においては更に深刻な物だと聞いたことがある。

 魔物討伐は重要な課題で、その為に様々な手段を取る必要があるというのはわかるけど……。

「うむ。多少のオイタであれば見逃しておいてもよかったのだが、連中数が増えて気が大きくなったのか、商隊どころか村、挙げ句には町まで襲い始めたのでな。ここは一つ連中に身の程を教えてやろうとな」

 なるほど人族では探索者がやっている魔物討伐を、魔王様が職を投げうって直々に行っているということか。

「………」

 うん。開いた口が塞がらない。

「国のことは優秀な部下達に任せておれば万が一も無い故にな。魔王の地位を譲った上で余は一武人として魔物共を成敗してまわっておるのだ」

 えへんとばかりに胸を張るアイカさん。

「もはや地位は退いた身であるからな、後は気ままに魔物退治の旅と洒落込んでおる」

 な? なるほどな?

 魔王のままでは無理だけど、逆に言えば魔王を辞して無位無官の身になれば自由に動き回ることができる。

 まぁ、理屈としてはそうかも知れない……前提条件が色々狂っているような気がするけれど。

「プギッ!」

 うるさいなぁ。今とても大事なことを……って、この声は?!

 咄嗟に声の方向に視線を向ける。

「………」

 視線を向けた先には緑の肌を持つ醜悪な見た目の生物が、ギョロリとした瞳をこちらに向けていた。

「しまった……!」

 ゴブリン・スカウトが三匹!

 アイカさん登場のインパクトに押されて周囲の警戒が疎かになってた?! なんという失態!

「くっ!」

 とっさに太腿のベルトから投げナイフを投擲。投げたナイフは見事に一匹のゴブリンの頭に突き刺さり絶命させたものの、残り二匹は一目散に背を向けて逃げ出した。

「はっ!」

 あ、一匹になった。

 アイカさんが投げつけた刀が背中に突き刺さったゴブリンは悲鳴もなく倒れ込む。あれは心臓まで刃が突き抜けている。

 逃走中の残り一匹は仲間が倒れたことすら気がついてないだろう。

「まずい……」

 ゴブリン・スカウトを瞬時に二匹仕留めたのは良かったけれど、一匹は逃してしまった。

 あいつが本隊にわたし達の存在を連絡するのは間違いないし、相手が二人と知れば与し易い獲物と見て襲撃隊を差し向けてくるだろう。

「ふむ。確かに一匹逃したのは不味かったな」

 ゴブリンの身体から刀を引き抜きつつアイカさんが言う。

 事態の深刻さを理解してか、その表情は堅い。

「一匹では親玉の場所まで辿り着けず、こちらに仲間を呼べぬかもしれぬ……困ったことになるな!」

 心配の方向は、完全に明後日を向いていた。

 確かに魔物とはいえゴブリン・スカウト一匹の戦闘力などたかがしれている。

 逆に言えば、今一匹で行動しているゴブリンがその辺の野生動物――熊や猪に襲われて命を落とすことも珍しくはない。

 だからゴブリンは常に徒党を組んで行動しており、仲間を失った状態では非常に無力──いや、そうじゃなくて。

「援軍なんて呼ばれた方が困りますよ!」

 アイカさんの実力は知らない(まぁ、元(?)魔王なのだから弱くはないだろうけど)が、二人でゴブリンの大軍を相手にするのは非常にまずい。

 数の暴力は、質の優位なんていとも簡単にひっくり返してしまう。

 せめて防柵や塹壕といった障害物が用意できれば話は別だけど、生憎周囲にはまばらな木と草むらがあるぐらいで障害物の役に立つような物はない。

 そのくせ視界は良くなく、こんな場所で散発的に襲いかかるゴブリンの大群を相手にしてはどれほど実力があっても隙を突かれて不覚を取ってしまう可能性が高い。

「なにも困ることなど無いと思うが?」

 焦るわたしに心底不思議そうな表情を浮かべるアイカさん。

「連中の方から大挙して押し寄せて来てくれるのであれば、こちらとしてもわざわざ探し出す手間が省けるというものではないか」

「今までアイカさんがどんなふうにやってきたのかは知りませんけれど」

 素晴らしいまでに脳筋な返事に、わたしは思わず頭を抱える。

「わたしとしてはゴブリンの大軍を相手取るなんて断じてお断りですから!」

 探索者が命がけの仕事であることは事実だけど、必要ないところで命を賭けるのは断じて遠慮したい。

 ここは逃げの一手に限る!

「なるほど」

 しかしわたしの言葉に、アイカさんがニコリと微笑むのであった。

「お主は、この先に集団ではなく大軍と呼ぶほどゴブリンがいることを確信しておる――つまりそれだけの数が集まっておる巣の場所を知っておるということだな」

「……っ!」

 す……鋭い。脳筋気味に見えても、さすが元魔王だけあって頭の回転は悪くない。

「であれば話は別、そして簡単であるな」

 刀を鞘に戻しつつアイカさんがこちらに手をのばす。

「わざわざ待っておる必要もあるまい。さっさと巣に向かうぞ――あーっと」

 ここまで言ってから、アイカさんが素っ頓狂な声を上げる。

「すまぬ、まだ名を聞いておらんかったな。そなた、名をなんと言う?」

「自己紹介がまだでしたね」

 少しもったいをつけながらこちらも手をのばす。

「エリザ。エリザ・シャティア、ですよ。アイカさん」

「うむ、ではエリザ」

 お互いにのばした手を力強く握りしめる。

「あの化け物共にキツイお仕置きを加えてやろうではないか」

 その顔面に浮かぶのは自信に満ち溢れた満面の笑み。

 よほど自分の実力に自信があるのだろう。

 なんというか……この彼女の人となりには、ちょっと敵わなさそうな気がする。



       *   *   *



 約一時間後。

 わたしはアイカさんと一緒にゴブリンの巣が見える位置にある茂みへと戻っていた。

 来た道を引き返すだけではあるものの、先に連絡を受けたゴブリンが待ち構えていないか注意を払い、少しでも目を離すと全速力一直線に突撃しようとするアイカさんを宥めつつの移動となったせいで些か時間を要してしまったけれど。

「うへぇ」

 改めて見ても巣なんていうレベルじゃなく、立派な砦。低い石壁に木の柵を組み合わせ、自然に生えている大木を利用した簡素な見張り台まで用意されている。

 取り逃がしたスカウトは無事にたどり着いたらしく砦の中は騒然としており、ゴブリン達の聞くに堪えないしわがれ声が飛び交っていた。

「なかなかに愉快な光景ではないか」

 もう全身でワクワク感をアピールしながらアイカさんが言う。

「なんとも潰し甲斐のあることよの」

 常識はずれな脳筋感想はとりあえず無視しておくことにする。

 今はそんなことに突っ込むよりも大切なことがある。

「でも妙ね……」

 どう考えてもおかしい。

 ゴブリンは地面から生えて来るわけではないし、特に隠密技能に秀でた種族でもない。これだけの数が集まるならその兆候があった筈。

 だけどそう頻繁ではないにせよ森には人が訪れているのにも関わらず、今日までこれだけの規模になっていることに誰も気づいていないのだ。

 つまり、このゴブリン達はほんの数日間でこれだけの数に膨れ上がったことを意味する。

 そして同時に、餌漁りや襲撃といった彼らにとって当然の行動も起こさず森奥深くに引きこもっていたことも意味するのだ。

「このゴブリン達は、一体なんの目的があって……?」

「あぁ、あれは余が追い回したゴブリン共だな。あの装備品には見覚えがあるぞ。うむ! こんな所に逃げておったか!」

 原因について頭を悩ませるわたしに、アイカさんはあっさりと答えた。

「一箇所にまとまって最後の時を待つなど、案外殊勝な心がけの連中ではないか!」

「お前のせいかーーーーーーーーーーーーーっっっっっっっっ!」

 うっかり素が出てしまったけど、そんなことよりも、つまりアレよね。

 ここのゴブリン達は人里を襲うために仲間を集めていたのではなく、この元魔王様(自称)に追いかけ回されて逃げ惑った挙げ句一箇所に集まり、せめて一矢報うべく近くの木材や石材を掻き集めて急造の砦もどきを作ったというワケね。

 つまり事前情報と現状が大きく食い違った原因は、この目前にいる元魔王様(自称)なのだ。

「どーしてくれんの!」

 思わず詰め寄ってしまう。

「この仕事で当面の生活費を工面するつもりだったのに、あの規模じゃ手も足もでないじゃないの!」

「お主は何を言っておるのだ?」

 それに対して元魔王様は腰に挿した刀の柄を軽く指先で叩き、いかにも不思議そうな表情を浮かべていた。

「連中がわざわざ一ヶ所に集まってくれておるのだ。文字通り一網打尽にしてしまえばよいだけ――むしろ、その好機というものだろう」

「だから、どうやって一網打尽に? あの規模はもう領主軍を呼んでくるレベルじゃないの!」

「あの程度ならどうということもないと思うがなぁ……まぁ、それよりもだ」

「なんですか!」

 思わず返事が荒くなってしまうのも無理はないと思う。

 少なくともわたしは悪くない。

「この距離でそんな大声を出しておると、あの魔物共に気づかれるのではないか?」

「あ」

 いつの間にかゴブリン砦の方は静かになっており、突き刺すような視線がこちらに集中している。

 あー、うん。これ多分バレてるよね……。

「あ、ではないであろうが……」

 ここぞとばかりに首を振り、大袈裟な格好でヤレヤレとジェスチャーを決めるアイカさん。

 少しばかりイラッとしたものの失態をやらかしたのは間違いなくわたしであり、ここは下手にでるしかない。

「と、とりあえずここは一旦後ろに下がって、仕切り直ししましょう」

 幸いというか、ゴブリン達もこちらを警戒するだけで打って出ようという気配はない。

 これからどうするにしても、ここは一旦出直すに限る。

 アイカさんのリクエストに応えて砦を襲うにしてもバレている状態で正面強襲ってのは筋が悪すぎる話だし。

 一旦姿を消し油断させてから改めて攻撃してもよいし、なんだったらギルドで援軍を募ることだってできる。

 いや、いっそギルドに報告だけ済ませて対応は丸投げにしてもよいだろう。

 前提条件がまるで違うものになっている以上、報酬だけ貰って文句を言われる筋合いは無い。

「フフン」

 しかし常識極まるわたしの提案を、アイカさんは鼻で笑う。

「仕切り直しなど必要ないぞ。余の準備はもう整っておるからな!」

 そこまで言ってからわたしに軽くウインクして見せる。

「だが、お主にはお主の考えがあるだろうからな。ここまで案内してくれたこと、大義である」

「え?」

「後は余に任せよ。お主は自分の思うように振る舞うがよい。では、達者でな」

 そう言い残すと後はわたしが引き止める間もなくアイカさんは茂みから飛び出し、一直線にゴブリン砦に向かって突撃し始めた。

「あぁ、もう!」

 正直言えばここで見捨てたところで文句を言われる筋合いはない。

 彼女が勝手に死地へと飛び込んで行ったのであり、わたしがその自殺行為に付き合う義理も責任もない。

 無いのだけれど……。

「錬成!」

 言葉と同時に掌に魔力で錬成された矢が数本出現する。弓術士のレベルを測る目安となる『矢錬成』スキルの効果だ。

 このスキルが使えて始めて一端の弓使いとして認められる。

 ただし魔力で作られたといってもこの矢に特別な魔法的な効果があるわけではない。飽くまでも普通の矢を魔力を原料として作り出しているだけだ。

「ホーク・アイ!」

 背負っていた折りたたみ式の弓を素早く展開し、作ったばかりの矢をつがえる。

 スキルによって拡張されたわたしの視線が走るアイカさんの背中を追い越し、今まさに石ころを放とうとスリングを振り回すゴブリンを捉えた。

「わたしに狙われるなんて、運が悪かったわね!」

 一呼吸おいてから矢を放つ。

 戦闘力に欠けるわたしだけれど、弓の腕前には自信がある。

 まっすぐ突き進んだその矢は狙い違わず頭へと吸い込まれ、スリングを放つ瞬間だったゴブリンを絶命させた。

 更に運が悪いことにスリングから飛び出す瞬間だった石ころが狙いから大きく外れて飛び出し、近くにいた別のゴブリンの頭へと命中した。

 頭をかち割られたそのゴブリンも同じように絶命する。

「次ッ!」

 思わぬ幸運で二匹をまとめて仕留めたけれど、全体から見ればほとんど意味はない。

 実際門のところから更に二匹のゴブリンが粗悪な弓でアイカさんを狙っているのが見える。

「ツイン・シュート!」

 ホーク・アイとの併用でそれぞれの目標を素早く捉え、二本の矢を連続で放つ。

 一本はゴブリン・アーチャーの頭を貫いて絶命させ、胸を貫抜かれたゴブリンは門から転げ落ちた。

 見ればアイカさんはそろそろ門に到達しようとしている。

 遠距離援護はこれが限界。後はアイカさんの後を追いつつ適宜援護するしかない。

 あまり剣術が得意ではないわたしが一緒に白兵戦を挑んでも仕方ないので、あくまでも弓による援護しかできなかったけれど。

 見ればアイカさんの方は木の柵の隙間から飛んでくる矢や石を刀で器用に弾き飛ばしていたが、逆にそれが足止めとなり前に進めずにいる。

 まぁ、あの集中射撃を移動しながらいなし続けるのはそう簡単なことではない。

「アイカさん!」

 なんとか声の届く範囲まで近づき、背の低い木の幹に姿を隠す。

 アイカさんみたいな超絶技量を持たないわたしでは、これ以上前に進むことはできない。

「ん?」

 器用にゴブリンの攻撃を弾きながらアイカさんが答える。

「そなたの支援は助かったが、このような場所にまで付き合う必要はないぞ」

「だからって、見ぬふりなんて出来ないでしょ!」

 隙を見て何発か矢を放つが、防柵の向こうにいるゴブリンに有効な攻撃を加えるのは難しい。

「手持ちの食料を全部犠牲にして助けたんですよ! お礼も貰わないうちに死なれでもしたら困るんです!」

 テンパっている状況とは言え、我ながらひどい言い様だ。

「なるほど、道理だな!」

 しかしアイカさんは一向に気にしていない。薄々感じてはいたけど、この人、脳筋である以上に大物過ぎる気がする。

「確かに礼は大事だな」

 そう言うなり、刀を腰の鞘に戻す。

 アイカさんが何をしようとしているのかはわからないけれど、ゴブリン達はその隙を逃すまいと矢を放ってきた。

 咄嗟にわたしが放った矢で相殺したけど、そういつまでも出来る芸当じゃない。あの人は一体なにを……?

「であれば礼の一つとして余の力、その片鱗をそなたに見せようぞ!」

 答えはすぐに示された。

「我が手に出でよ……護刀『焔月』!」

 アイカさんが両手を掲げあげ、一声叫ぶと同時にその周囲の空間が割れ、真紅の刀身を持つ大きな刀が出現する。確か太刀とか言う両手持ち用の刀だ。

「刮目せよ! 我が振るうは火龍が息吹の如く!」

 その太刀を掴むと同時にアイカさんが大きく叫び、刀身を横薙ぎに振るう。

「刀技・業火一閃!」

「……っ!」

 それからの出来事は、まるで白昼夢を見ているようだった。

 アイカさんが振るった刀身から巨大な炎が吹き出し、轟音と同時に粗末な防柵や門を焼き払う。

 確かにあまりできが良い建造物ではなかったけれど、それでもそれなりの重さや素材なりの強度はあった筈。

 それらが、アイカさんのただ一撃で全て吹き飛ばされてしまっている。

 同時に何が起きたのか理解出来ずに逃げ惑うゴブリン達にも炎が襲いかかり、瞬く間に焼き尽くしてゆく。

「な、なんて滅茶苦茶な……」

 アイカさんの自信は無根拠なものじゃなかった。

 確かにあの程度のゴブリンでは、彼女の相手にはならないのだ。

 彼女は自分を『元魔王』と言っていた。

 そしてスキル感知は、彼女が現役魔王であることを示していた。

 でも、それでもわたしは心のどこかでそれを否定していた。

 『感知』スキルが間違っていると思い込もうとしていた。

 ずっと半信半疑だったけれど、でも、この光景を見たからには信じるしかない。


 アイカさんは、紛れもなく正真正銘『魔王』であると。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る