ガールズ・ハートビート! ~相棒は魔王様!? 引っ張り回され冒険ライフ~

十六夜@肉球

第一章 魔王様拾っちゃいました!

第一話 魔王様拾っちゃいました! #1


 前略、天国のお父様・お母様。

 あなたの愛娘、エリザ。もうすぐお側に逝くことができそうです。

 思えばあまり良いことのない人生だったなァ。

 せめてお腹いっぱいスイーツを食べてから死にたかったなァ……。


 鬱蒼と茂る森の中、その空き地のど真ん中に大の字で寝転んだまま、わたしはなんとも呑気なことを考えていた。

 爽やかな木漏れ日に心地よく吹き抜ける風。

 あー。ピクニックなんかしたら楽しそうだなぁ。あはは。

 まぁ、一緒にピクニックに行ける知り合いなんていないんだけどさ。

 うん。言ってて虚しくなった。

「現実逃避してても仕方ないんだけどさぁ……」

 ひとしきり現実から妄想へと逃げ込んでいた思考を、無理やり現実へと引き戻す。

 今のわたしはこの森に散歩に来たわけでもなければ、もちろんピクニックの下見に来たわけでもない。

「そう……仕事、仕事だったんだけどさぁ!」

 行儀悪く地面の上をゴロゴロする。床もなければ敷物すらない地面の上だから土埃が身体中に着きまくっているけれど、今はそんなことは重要じゃない。

「こんなの一体どうすればよいってのよっ!」

 現場についてみれば、仕事の失敗は約束されていましたって……。えー。

 失敗=報酬無し。場合によっては違約金。

「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 お金が無いから仕事をしてるのに、その仕事のせいで更に貧乏になるってなに?

 え? 世の中なにか間違ってない??

 しかしここでいくら世の中の仕組みを呪っていても、状況が好転するわけではない。

 さしあたって重要なのは、ギルドに対してどんな言い訳をするか。わたしの運命は自らの口の回りに掛かっているのだ。


 いやいやまてよ。


 そもそも、ギルドで話を聞いた時は、『カンタン』なゴブリンの巣破壊だったのですけど?

 だから仕事を引き受けたのに、現場についてみれば巣どころか砦レベルの巣が鎮座していて、しかも周囲には一~三匹程度だろうと言われたゴブリンが一個小隊はいそうな勢いなのですが?

 え? これ本当に『カンタン』な仕事なの? 『金』クラスより上の探索者とかなら鼻歌交じりに片付けたりしちゃったりするの?

 しょせん万年『銅』クラスの落ちこぼれ探索者とは格が違うって話なの??

 あ、いや。『金』クラスの探索者なんて見たことも会ったこともないから勝手な想像だけどさ。


 ……コホン。オーケー、落ち着けわたし。


 これは明らかにギルド側の落ち度だ。

 あまりにも現状と仕事内容がかけ離れ過ぎている。

 そりゃ、仕事内容はリアルタイムで情報更新されているわけはないから多少の齟齬があるのは仕方ない――というか当たり前だ。仕事料はそういう予測外のアクシデント込みで設定されている。

 にしてもこれは酷い。

 頭痛のお薬を取りに行ったら歯医者の診察台に括り付けられていた並に酷い。

 遠眼鏡で確認した限りこれはもう探索者の領域じゃなくて、傭兵とか軍隊の領域だ。

 少なくともわたしのような万年ペーペー探索者の手に負える仕事じゃない。

 たとえばわたしに隠された秘密パワ─でもあって一撃必殺砦ごと粉砕! とかできるなら別だけれど、この状況では退却一択しかあり得ない。

 当然仕事は失敗ということになるわけで。

 本来なら仕事の失敗にはペナルティ料が発生し、あわれわたしは身ぐるみ剥がされて放り出される……となるところだけれど、これだけ前提条件が変わってるならその心配もない。

 むしろ時間を無駄にした事に対する慰謝料が出てもよいレベルだ。

 いやまぁ、どうなるにせよここは一旦引き返すしかない。

 まぁ、一応奇跡を信じて砦に吶喊しオーク相手に無双するという選択肢もなくはないのだけれども、わたしの実力では精々五匹──それも一度に相手しないという前提で──を相手するので精一杯なのだ。

 悲しき低ランクソロ探索者であるわたしでは、できることなど限られている。


 あー……こりゃ完全に無駄足。骨折り損のくたびれ儲けって奴よねー。


 盛大にため息をもらしつつ、わたしは使い古したカモフラージュ・マントを身に纏い、その場からゆっくりと後ずさった。

 懐中時計を確認したところ時刻は昼を少し回ったぐらい。

 夕方以降の暗闇は暗視の効く連中の領域。明るいうちに引き上げるのが賢い選択というもの。



   *   *   *



 話は数時間程前に遡る。


 大時計がカチコチカチコチと小気味よい音を立てるギルドの待合室兼簡易酒場となっているテーブルの上で、わたしは盛大にため息をもらした。

「うん。お金がない!」

 ひっくり返しても埃すらこぼれなくなった財布をテーブルの上に放り投げる。

 テーブルの上にあるのは交易貨幣の大貨が二枚に中貨が十五枚、それと小貨が数枚程度。

 今現在わたしの手元にある、これが全財産。

 ここ暫くの悪天候と例年になく強い魔力風が原因で碌な仕事が受けられず、丁度装備品を手入れに出したばかりとあって、手持ちが乏しくなっている。

 とりあえず節約すれば一週間ぐらいは過ごせるぐらいの金額で、更に倹約すれば一ヶ月もギリギリ狙える……かな?

 まぁ、その場合は野宿前提という乙女にはあるまじき生活になるけれど。

 幸いにして季節は初春。夜中の野原で寝袋敷いても風邪を引く心配はない。

 あ、いや。他に心配することもあるだろうけれど、それはそれでお金をタカれるのなら悪くない──っと、違う。そうじゃない。

 このままでは毎日食事が特売のカビた黒パン一つに井戸水(未浄化)ってことになるし、お風呂も無理だから河原で水浴びするしかない――石鹸もない状態で!

 そりゃ探索者なんてやってるぐらいだから、平均的一般家庭からみれば随分と下ランクな生活を送っていることは否定しない。

 否定はしないけれど、それでも越えたくない最低限ラインというものが存在するワケで。

 というかある程度は栄養と休息が取れる生活をしなくては、体力も気力も回復しないから受けられる仕事も減ってしまう。

 つまり今残っている体力で可能且つそれなりの報酬が期待できる仕事にありつかねば、このままではジリ貧となり野垂れ死にする運命しか待ち受けていないのだ。

 いつもなら森や浅いダンジョンでの物品集めや、新人探索者のヘルプと言った仕事があるのだけれど、今日に限ってその手の仕事は一つもない。

「というワケでトーマスさん。割のよい仕事まわしてちょーだい」

 極めて自然かつ流れるようにギルド受付窓口職員に話を振る。我ながらほれぼれする完璧な流れだ。

「なにがというわけなのかさっぱりわからんが……」

 完全に禿げ上がった頭を撫でながら、受付のトーマスさんが苦い顔をする。

 え? こういうところの受け付けは見目麗しい女性職員が担当するんじゃないのかって?


 いやはや、ご冗談を。

 受付窓口って一番探索者と顔をあわせる場所ですよ?

 しかも探索者には、野盗モドキ犯罪者モドキが結構な割合で存在するんですよ?

 仕事が面倒だと文句をいい、報酬が安いと文句をいい、場合によっては簡単に実力行使に及ぶならず者が少なくない割合で存在してるんですよ?

 そんな場所にか弱い女性を配置するとか、普通に考えて無しでしょ。

 笑顔の素敵な美人窓口職員なんて、悲しいことに妄想の世界にしか存在しないのである。

「割のよい仕事って言われてもなぁ」

 アホな事を考えているわたしとは対照的に、トーマスさんは生真面目に手元の仕事台帳を捲っていた。

 ちなみにこの人、こう見えて元『銀』クラスの探索者だったりする。

 歳もそれなりにいってるし若い頃からの仕事で財産もそれなりに出来たことから探索者を引退し、それ以後はギルドの職員として雇用されている。

 探索者業は引退したとはいえその実力は確かであり、荒くれ者達に対する睨みも充分だ。

「エターナル・カッパーに回せる仕事、なぁ……」

 それはわたしのアダ名だった。

 探索者も長いことやっていれば色々と噂も出てくるし、それに応じたアダ名が勝手に付けられる。ま、探索者専用の名前みたいなもの。

 『永遠の銅』──それは三年を経ても探索者ランクが『銅』のままなわたしに付けられたアダ名だった。

 探索者ランクは自動で上がる物じゃない。

 いくつもの仕事を確実にこなし、村や町で犯罪沙汰を起こさず、実績を積み上げた末にギルドから認定される物だ。

 そして、そのランクは首から魔法の鎖で下げられた一枚のプレートによって示される。

 最低ランクの『木』から、最上位の『オリハルコン』まで。

 この一枚のプレートに探索者自身の社会的評価が集約されている。

 『鉄』ランクぐらいになれば、一般市民程度の信用はあるし、『金』なら一端の名士だ。

 『プラチナ』クラスまで到達すれば、下位貴族並の信用を得ることができる。

 『オリハルコン』クラスなら……高位貴族ですら丁重な扱いを行うレベルだ。

 そしてわたしのプレートは『銅』。『木』からたった一つ上に過ぎず、下位の探索者であることの証。

 『木』クラスの探索者などならず者程度の信用しかないし、『銅』ランクはそれよりマシとはいえ下層民並の信用しかない。

 『木』から『銅』に昇進してから三年間。

 これが仕事を殆ど受けない不良探索者や、なにかと問題を起こす犯罪者スレスレの連中であればわかる。

 だけども、まぁ……わたしはベテラン受付のトーマスさんに気に入られる程度には仕事をこなしているし、信用もある方だろう。


 でも。それでも。


 私は未だに『銅』のままなのだ。

 理由は簡単──わたしには実績が足りないのだ。


 わたしは探索者ギルドの仕事を相当数受けている。それは間違いない。

 自分で言うのもなんだけど仕事の達成率は高い方だし、仕事の後で苦情やクレームを受けたこともない。

 ここいらにいる探索者は、殆どがわたしの顔見知りと言ってよい。

 仕事の内容によっては、ヘルプを頼まれることもある程度には信用もある。

 そして、トーマスさんから直接名指しで仕事を頼まれたことさえある。

 だが、探索者は町のなんでも屋ではない。

 もちろん色々な雑用を引き受ける事はあるし、ランクの低いうちはそれも重要な収入源なのも事実。

 だけど、それは飽くまでも余技。

 探索者本来の仕事はダンジョン探索であり、それに伴う資源の獲得と危険な魔物の排除なのだ。


 そもそもダンジョンとはなにか?


 これについては諸説あり研究者の間でも結論はでていない。

 古くからある半分遺跡化しているところを発見された物もあれば、ある日突然なんの脈絡もなく湧いてでてくる物もある。

 一度は魔物を駆逐したのにいつの間にか再び魔物が湧き、改めてダンジョン化する物まであるし、それどころか人里の中に突如として出現したケースさえある有様。

 一部の研究者は魔族との関連性を主張していたが、蓋を開けてみれば魔族もダンジョンに悩まされているのが現状であり、その説は完全に否定されていた。


 というか、そんな難しいことはどうでもいい。


 重要なのはダンジョンと呼ばれる謎の構造物が存在し、その中には数多くの魔物そして社会に有用な資源が発生するということ。

 下は鉱山資源から上は魔法鉱物、そして遺跡化しているダンジョンから発見されるアーティファクト。

 さらには全てではないものの、魔物によってはそれ自身が資源として利用できる物すらある。

 毛皮、鱗、羽、骨、肉――そして血液・体液さえも。

 それら全てが社会にとって有用な資源になりえる。

 そして数数多あるダンジョン資源の中でも特に重要なのは『魔力結晶』。

 理屈はよく知らないけれど、ようするにダンジョンの中で魔力が結晶化し、圧縮されて塊となったもの。

 なんと『魔力結晶』は適切に加工することで、その中に凝縮されている『魔力』を誰でも取り出すことができちゃうのだ。

 その上、魔力を使い切った『魔力結晶』は特殊な加工を受け、通貨として再利用されている。


 わたし達『人族』は『魔力結晶』無しで魔法を使い、その恩恵に預かることはできない。

 なぜなら『人族』は魔力を全く持たないから。

 例えばわたしのペンダントも魔力結晶から作られたもので、その中に凝縮され蓄積されている魔力を取り出すことで魔法を使うことができる。

 問題なのは、魔力結晶は消耗品であるために高品質のものは常に不足気味で求められているってこと。

 探索者の仕事はダンジョン探索だと言ったけれど、極論すれば『高品位な魔結晶』を探し出す者達の呼び名ってワケ。


 さて探索者のランクだけど……『木』から『銅』へと上がるのはそれほど難しい話じゃない。

 適当に依頼と仕事をこなし、問題さえ起こさなければ一年足らずでランクアップする。

 問題になるのは、更に上位ランクに上がるとき。

 『銅』から『鉄』への昇格には、専用のギルド・クエストを達成する必要があるワケ。

 まぁ、ようするに昇級テストみたいなものね。

 なにしろ『鉄』ランクともなれば、探索者には様々なギルド特典の恩恵を受けられるようになる。

 『銅』ランクとは比べ物にならないほど待遇が良くなるのだから、当然誰でも彼でもランクアップを認めるわけにはゆかない。

 そのギルド・クエストの内容だけど……実は取り立て特別でも難しいものでもなく、単純明快なもの。


『同ランクメンバーのパーティでダンジョンに潜り、Aランク以上の魔力結晶を持ち帰る』


 ただそれだけ。言ってしまえば実に簡単なクエスト。

 飽くまでも昇級テストであるため上位探索者の参加が認められないという点だけが、通常のギルド・クエストと違って特別だと言えるけど。

 ダンジョンは深くなればなるほど魔物も強くなる傾向があるけど、別に戦う必要はない。時間制限があるわけでもないので、適当に躱せば良いだけ。

 確かにAランクの魔力結晶はそれなりにレアだけれど、深層部まで潜る必要はなく中層部ぐらいでチラホラ見かける程度の物だ。

 問題はその程度の物が、わたしが普段行っているようなソロでもなんとかなるような浅い階層では絶対にみつからないってこと。

 だけど、よほど才能に恵まれない限り『銅』ランク程度の探索者がソロでダンジョン中層部に挑むのは自殺行為でしかない。


 だったら臨時でも良いからパーティを組むなり、昇級を目指す者と組めば良いじゃないかって?


 うん、まぁ……その意見は至極ごもっとも。

 誰がどう考えても、それが唯一の正解だよね。

 でも、そうするには問題がある。

 詳しくは言えないけど、わたしはとある理由からパーティを組むことができない。

 浅い層までだったりそれほど重要じゃない探索だったら臨時でパーティを組んだことはあるけれど、ギルド・クエストなどの重要なダンジョン探索で、わたしをメンバーに加えてくれる奇特なパーティは存在しない。

 開き直ってソロでチャレンジしたこともあるけど、結果は見ての通り。

 未だにうだつの上がらない『銅』クラス探索者なのだ。

 どんな理由があれど昇級テストをクリアできないわたしは、本当の意味で探索者だとは見做されていない。


「う~ん……お前さん、例によってソロだろ? いくつか仕事はあるが、ソロで出来る仕事となるとなぁ……採取系は埋まってるし、ソロで出来る討伐系なぁ……」

 少しばかりメランコリーな気分に浸っていたわたしの耳に、手元のノートを捲りながら唸っているトーマスさんの声が入ってきた。

「あぁっと、これならなんとかなるか?」

「へ?」

 もとより大して期待していなかったので、脈アリなトーマスさんの反応にこちらが驚いてしまう。

「この街から半日程行った寒村近くの森で、ゴブリンが活動している形跡が見つかっている。今のところ目立った被害は出ていないが、村人達が動揺しているんでゴブリンの巣を探し出し、可能なら破壊して欲しいって話だ」

「巣の破壊、ね……」

 自慢じゃないけれどわたしは戦闘力に自信がある方じゃない。

 流石に一対一なら負けないだろうけど、複数相手でも勝てるとは断言できないなぁ。

「具体的な被害が無いってことは、ゴブリンの数は多くない。精々二・三匹ってところだろうさ」

 わたしが難しい顔をしていたのか、トーマスさんがフォローの言葉を口にしてくる。

「それなら巣は洞穴か廃小屋をねぐらにしてる程度だろう。ちょいと火でも掛けてやればイチコロだろうぜ」

 なるほど。一般的にゴブリンが群れるのは食料や物資を得るため近隣に略奪を行うから。

 にも関わらず森近くの寒村にすらそれが行われていないということは、それを行うのに充分な数がいないのだと考えてもいい。

 ゴブリンは知性こそ高くないがずる賢さは充分備えており、少人数での襲撃は村人レベルの自警団が相手でも分が悪いと判断することがある。

 その場合、充分な数が揃ったと思うまでひたすら仲間集めに専念する。巣を破壊するなら今のうちだ。

「ダイナミック焼死なんてゴメンよ」

 それはそれとして、仮にもギルド職員が場合によっては延焼の恐れもある火攻めを勧めて来るのはどうかと思うのだけど?

「それはさておき、数的にはその通りかも知れないけれど、不確定情報が多すぎない?」

 トーマスさんの言葉に一定の説得力があることは認める。多分、それが正しい意見だろうとも。

 だけど、それはあくまでも仮説に過ぎないのも事実だ。

「まぁな」

 トーマスさんが禿頭を振る。

「今の所引き受ける奴がいないんで、状況は全く不明なんだよなぁ」

 愚痴るトーマスさんを横に、渡された依頼書を眺める。

 依頼主が寒村だと聞いた時点で大して期待してはいなかったけれど、報酬欄には探索者パーティが引き受けるには少々厳しい金額が記されていた。

 確かにこれだとソロ探索者じゃなければキツイだろうなぁ。

「えー。これあまり割がよい仕事には見えないんだけどー」

「文句を言うな」

 報酬釣り上げを狙うわたしの言葉を、トーマスさんは一言で切り捨てる。

「これ以外の仕事となると、大型魔物の討伐かダンジョンでの資源探索になるぞ。なんだったらワイバーン退治でも紹介してやるが?」

 親指で掲示板に張りっぱなしで色あせた依頼書を指し示す。

「アレなら大貨百枚は余裕で稼げるぞ」

 あー、うん。

 わたし、別に伝説の勇者目指しているわけじゃないので、そういうのはいいです。

「まぁ、そう嫌がるなよ」

 トーマスさんが苦笑いを浮かべる。

「どうせ他に任せる相手もいないしな。ボーナスも付けてやるから一つ頼まれてくれよ」

 うーむ。こう下手に出られると悪い気はしないし、ギルドからボーナスまで上乗せされるなんてとても美味しい話。

「おっけ、了解了解」

 一呼吸時間をおいてから、不敵な笑みを浮かべつつトーマスさんに答えた。

「トーマスさんに頼りにされちゃったら、断るわけにもゆかないわねぇ」

「なんだか、こちらが恩を着せられた感じがするんだが……」

「ソンナコトアリマセンヨー。気ノ所為デスヨー」

「まぁ……いいけどよ」

 口先では余裕ぶってはいたものの、実際のところ選択肢があるわけでもなく、わたしはその仕事を請けることを了承したのであった。



       *   *   *



 ゴブリンの巣(?)からそろりそろりと離れること三十分程。

 わたしの視線の先に地面に倒れている人の姿が見えた。

 ここからでは生死はよく分からないが、倒れている人影の背中ぐらいまではありそうな長い漆黒の髪が扇状に周囲に広がっているのが見える。草むらのせいではっきりとは見えないが、女性のように見える。

 こんなところで倒れているなんて、どう考えても穏やかな話じゃない。

「大丈夫!」

 走り寄って倒れている人の上半身を抱き起こす。予想していたとおり女性だ。

 服装はワンピース……と言うのか、首と両腕の部分に穴を開けた足元まで届く筒状にした薄い紺色の一枚布を上から被り、腰の所でベルトを巻いている。右脚に当たる布部分には深めのスリットが入れてあり足の動きを邪魔しないように工夫されていた。

 あ、けっこうなお美足で。

 さらに肩にはやたら豪華な肩当ての付いた半透明のマント、首元には複数のネックレスやタリスマンが下げられちゃってて、耳元には装飾部分が取り外せるイヤリングが輝いている。

 腰の鞘には人族では滅多に見ることのない独特の形状をした武器、『刀』が収まっている。一般的な長剣や小剣と違い斬撃に特化した珍しい武器だ。

 武器の目利きにそれほど自信があるわけじゃないけれど、これまた結構な業物っぽい。

「………」

 思わずごくりと喉が鳴る。

 多分これ全部マジックアイテム。しかもそれなりに強力な。

 これ一つでわたしの生活費が十年単位で賄える、というか多分遊んで暮らせるレベルの。

 ……っと、装備品のことはおいといて。わたしは盗賊でも強盗でもないのだ。

 兎にも角にも、生死を確認しなきゃ。

「えーと」

 生気を失っているものの、整った眉毛や鼻筋の通った顔面等、同性から見ても息を呑む整った容姿。

 それに加えて高身長なスラリとしたスタイル。

 もう上から下まで文句なしの美人。どうにかこうにか平均レベルといったわたしとは比べようもない。

「………」

 特に目立つのは半開きになってる口から見えている上前歯に左右二本の牙――犬歯が覗いていること。

 そして焦点のあってない赤色に輝く二つの瞳。

「ま、魔族ぅ?!」

 見間違いようもない――魔族の特徴だ。



   ・・・ ・・・ ・・・



 歴史書は伝える。

 魔族――それは長年に渡って人族と敵対していた遥か遠い世界の住人。

 独特の文化と強力な魔法能力を持つ人型生物で、その数は人族に比べるとあまり多くない。

 しかしながら『武士団』と称する戦闘集団を抱え、その実力は圧倒的であり一対一で勝負になるのは相当の腕利きだけである。

 その全員が魔族の呼び名に恥じぬ魔力の使い手であり、常に全身に魔力を纏っており呪文詠唱を必要とせずに魔法を行使しすることさえ出来る。文字通り一騎当千というべき強さだ。

 ただその呼び名に反して魔物・魔獣――いわゆるモンスターとも敵対しているらしく、極めて稀ではあるが人族と魔族で大型モンスターを共同で討伐した例もある。決して意思疎通が不可能な相手ではない。

 だがそのきっかけすら忘れ去られた戦いは、其れ故に落とし所が見つからず続くこととなる。


 人族と魔族の戦いは数百年に渡って続いたが、一人の勇者によってその状況が変化する。


 天より授かりし聖剣を持った勇者は、強力な実力をもった仲間とパーティを組み、魔王打倒へと挑んだ。

 それは吟遊詩人にも唄われる長く苦しい戦いの旅路。

 巨大な力をもつ魔族を倒し、時には仲間を失い、長い時間を経て勇者達は魔王の本拠地へとたどり着く。


 魔王と勇者の戦いは、壮絶の一言につきた。


 聖剣が唸り、魔剣が吠え、お互いの魔力が火花を散らす。

 激しい戦いの末に聖剣も魔剣も折れ、魔力も尽きた二人は文字通りの徒手空拳。

 あとは殴る蹴るどつくの大乱闘になったと言う。

 その乱闘は三日三晩続き――クロスカウンターによる壮絶な相打ちに。


 ただ、ここで誰もが予測していなかった事態が発生する。

 正面から全力で殴り合ったことで通じ合うものがあったらしく、二人はお互いの実力を認め合い、なんと友人の仲となったのである。


 それによりなんともあっけなく人族と魔族の戦いはお終いとなり、そのまま和平条約が結ばれる。

 終わってしまえば、なんともあっけない話だった。


 和平条約が結ばれて以降、魔族が人族の領域に次々と訪れ交易や観光で少なからぬ利益をもたらしており、世代交代もあって人族の反応は概ね好意的な物へとなっている。

 憎悪や偏見が消えたわけでは無かったが、人族も魔族も長年に渡る戦いに疲れ切っており、終戦に反対する者は殆どいなかったし、反対したところで現実に押しつぶされるだけだった。

 それから百年ばかりが過ぎ、記憶も薄れ始めたことにより細々ながら両族の交流が始まる。

 相変わらず人族は積極的に魔族に関わろうとはしなかったものの、自らの勢力圏内にて魔族が問題を起こさずに過ごしている分には何も言わぬ方針を取るようになった。

 魔族の方も好奇心の赴くまま人里に訪れてはなにかと騒動を起こすことがあったものの、いわゆる習慣や風習の違いに原因があるものであり大抵は小言と苦笑いで終わる程度の話。

 平穏が続けば慣れるものであり、かつての仇敵も珍しい異国人程度の存在にしか感じなくなった。

 その一方で和平後も魔族を悪魔のように罵り『決して理解しえない存在であり、絶滅させるべき』だと聖戦を叫んでいた教会であるが、実害が発生しなければその言葉も虚しいものであり、やがて人々は胡散臭い視線を向けるようになる。

 その結果、教会は信者の数を減らして影響力を大きく落とし、以後は組織としては無力な存在になってしまったが、それはまた別の話であろう。



   ・・・ ・・・ ・・・



 いや、昔の話はこの際どうでもよい。

 今重要なのは、この目前にいる明らかに魔族なお人のことだ。

「えーっと」

 魔族だからといって特に敵対する理由はない。

 わたしが拠点にしている町でも時々魔族に関する陽気な噂を耳にすることもあるし。

 まぁ、どちらかと言えばコミュ障気味なわたしは遠目にその姿を眺めるだけで話したことすらないけれど。

(にしても、本当に美人さんねぇ……)

 魔族は全体的に若作りに見える人が多いと聞く。ようするに歳より若く見えるってことで、ぱっと見た限りではわたしと大差ない歳に見えるけど、実際には歳上である可能性が高い。

 なんとも羨ましい話よねぇ。

「生きてる……」

 口からは僅かながら空気の流れが感じられるし、豊満な胸も上下している。

 衣装は泥汚れこそあるけど血の跡もない。見えてる範囲に外傷らしきものも無いし少なくとも肉体的ダメージは受けて無いみたい。

 であれば、なにか呪いか魔法的な手段で精神的なダメージを受けたか、あるいは状態異常を受けて倒れていたのかも……?


 ぐーっ。


「ほぇ?」

 思わず間抜けな言葉が漏れてしまうのも無理はない。

 今、非常に状況にそぐわない音が聞こえてきたような……?


 ぐぐーっ。


 怪我の様子を見ていたわたしの耳に届いたのは、美女のお腹から聞こえるなんとも呑気な音だった。



「いやぁ、余としたことが、失敗失敗!」

 その美貌からは予想できない闊達な口調で言う。

「魔物共を追いかけ回すのに夢中になって、食事を忘れるとは! いや、兵糧攻めをしかけてくるとは、敵ながらあっぱれと言わざるをえんな!」

 あっはっはっはと豪快に笑う。

 美人だけど、もしかしたら頭の方は少し残念なのかもしれない。

「にしてもすまぬな。携帯食料をわけて貰い、助かったぞ!」

 うん。見事に全部。一つ残らず平らげてくれましたね。

 なけなしの所持金で揃えた携帯食料を、見事全部食べつくしてくれましたね。

「いえいえ、いいんですよ」

 心で泣きつつ顔はニッコリ。

 まぁ、空腹で倒れている人間を前に持ってる食料を渡さず見捨てるという選択肢はないわけで。

 『情けは人の為ならず』って言うけれど、探索者にとってはそれは更に大きな意味を持っている。

 常に危険と隣合わせな仕事だから、いつ自分たちが危機に陥るかわからない。

 その時に『同業者を見捨てる薄情者』のレッテルを貼られていたら……?

 だからまともな探索者は窮地にいる同業者を見捨てないし、見捨てるどころか追い剥ぎまで至るような盗賊崩れであれば――数日後には姿を見なくなるだけ。

 まぁ、彼女はどう見ても探索者じゃないから別だと言えば別だけど、こちらから手を出した以上、ここで対応を変えるのは、なんと言うかみっともない。

「それで、貴女のお名前を聞かせてもらっても?」

「おぉっ! 余としたことがまたもや失敗してしまったな!」

 わたしの質問に美人はドンと胸を張って答えた。

 一緒にたわわな胸がドーンと上下に揺れ、何がとは言わないけど非常に負けた気がする。

「余の名前はアイカ・マシキ・クージョー。元魔王だ!」

「……へっ?」

 元気よく返ってきた名乗りは、こちらの想像を遥かに超えるものだった。

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