後輩との約束

 今日は学期末試験の最終日。残りはあと一科目だけ、クラスメイトの表情も余裕のある顔がいれば悲壮感漂う顔もある。後ろの席の大仏は普段はあまり表情が変わらないが今日は違うようだ。


「アンタは余裕そうね……」

「俺はちゃんと真面目に授業受けてるからな」

「その言い方はまるでアタシがマジメに授業受けていないみたいじゃない?」

「いやいや……居眠りしていたり、ノートはとらないし、それ以外も……あれのどこがマジメだと言えるんだよ」


 ボケたことを言っているのでまっとうな事を言うと、大仏は呆れたような顔をして答える。


「そんな事言われてもねぇ……眠たいものはしょうがないし、ノートだってアンタから借りれば済むしね」

「……はいはい分かった、もういいよ……次回の試験からちゃんとしてくれ……」


 半ば呆れた顔で返事をすると大仏はムッとした顔をしていた。

 俺は飛び抜けて成績が良いわけではないが悪くもない中の上といった辺りで、それなりに勉強はしている。今回も悪くもなく良くもなくという感じだ。

 そうしてチャイムが鳴り最終科目の試験が始まる。


(さあ、ラストだあと一踏ん張りだ)


 気持ち切り替え最後の教科の試験に臨んだ。



 放課後はおよそ二週間ぶりの部活になった。さすがにニ週間も休んでいると体力が落ちてしまう。


「今日は軽めの練習にしようか」


 練習前に皆んなに伝えたが、日頃もハードな練習をしている訳ではないのでいつもと変わらないような気がする。

 フリーでのシュート練習を始める。それぞれが好きなところからシュートを打つ。二週間ぶりなので感覚が戻らずシュートがなかなか決まらなかったが、徐々にシュートの決まる確率が上がる。


(よし、こんな感じかな)


 綺麗に決まったシュートに満足していたら背後から呼び止められた。


「宮瀬先輩、お願いがあるんですけど……」

「おう、どうした何だ?」


 声の主は、後輩の田渕幸一たぶちこういちだった。レギュラー組の控えで俺のポジションの控えになる。その為練習も組んでやることが多く、後輩の中でもよく会話をしている。


「ちょっとここでは話し難いので、帰りでいいですか?」

「なんか意味深だなぁ……まぁ、いいや帰りでいいだな」

「ハイ、助かります、それではお願いします」


 緊張していたのか安心した表情で田渕は練習に戻っていった。

 その後はダラけ気味になってきたので、いつもより早めに全体練習を終わるようにした。

 いつも練習が早めに終わる時は下校時間まで残っているが、今日は田渕との約束があるので居残りはせずに帰る事にした。


「珍しいなぁ、宮瀬が居残り練習しないで帰るのは珍しいな」


 俺が帰ろうとしていると慎吾が話しかけてきた。その隣には順司がいる。

 この二人は居残り練習をすることはまずない。それでも上手いのだから、もう少し練習をすればもっとチームが強くなるじゃないかなぁ……


「あぁ、田渕が俺に何か用事があるみたいで」

「相変わらず面倒見がいいなぁだから後輩の受けが良いだろう」

「そうだな、それが宮瀬のいいところだろう」


 珍しく慎吾と順司が褒めてくるので少しむず痒くなる。


「そんな褒めたって何もやらんぞ」


 照れ隠しのように冗談のように言って笑っていた。



 体育館の出口に向かうと外に田渕の姿が見えた。誰かと話しをしているようだ。まだ距離があったのでもう少し近づいてから声をかけた。


「おーい、田渕! すまんな待たせたな」


 俺の声に気がついて話していた相手が帰っていくが、後姿しか見えなかったので誰か分からなかった。しかし何だが見覚えのある姿だったがその事には触れずに話しかけた。


「それで、用事は何なんだ」

「あの……実は、ちょっとした買い物について来て欲しいですが……」

「えーー、どうしてお前の買い物に付き合わないといけないんだよ」


 俺が不満そうな顔で返事をしたので、田渕はただでさえ申し訳なさそうに話していたのにますます恐縮してしまう。


「も、もうすぐクリスマスじゃないですか……それでプレゼントを買いに行きたくて……」

「はぁ……誰のだよ?」

「えーっと、僕の彼女のプレゼントです。一人で買いに行っても何がいいか迷いそうなので」


 田渕の口から出た衝撃的発言で、俺は目を見開き唖然としてしまう。


「……マジでえ⁉︎」

「いや、なにがマジなんですか」

「いやお前に彼女が……」

「僕に彼女がいたらいけないんですか」


 あまりの驚きのリアクションに若干腹立ったのか、田渕に強い口調で言われてしまう。そのまま田渕が気を取り直して話を進めてくる。


「友達やクラスの奴に頼むと妬みそうで、それで宮瀬先輩なら大丈夫かなと……」


 なるほど学年も違うし、他人にも言いふらす事もない、それに一番害のなさそうな俺を選んだろう……俺は仕方ないなという表情した。


「分かったよ、可愛い後輩の頼みだ、行ってやるよ。それでいつ行くんだ?」

「じゃあ次の土曜日とか大丈夫ですか?」

「あぁ、残念ながら予定はない、大丈夫だ。あと場所と時間はどうするんだ」

「場所ですね、Aモールにしましょう。あそこならたくさん店がありますし、時間はですね……午前中が練習だから終わった後の一時でいいですか」


 ある程度の予定は決めていたみたいですんなりと決まった。


「忘れないようにしておくよ」

「頼みますよ……お願いします先輩……」


 一瞬不安そうな顔をした田渕だが、やはり先輩に頼み事をするのは疲れたのだろう、多少くたびれた表情になる。


「長居させてすみませんでした、ありがとうございます」

「おう、お疲れさん、また明日な」


 田渕と別れて校門に向かい考えていた。


(彼女ってどんな子だろうか、まさか凄い美人だったりして)


 いろいろ想像してみたが、彼女のいない自分が惨めな気分になってきたので止める事にした。

 校門を出た後、タイミング悪く仲よさそうに帰っているカップルが視界に入り更に暗い気持ちになる。そんな暗い気持ちを紛らわせようと辺りを見渡して友達がいないか探したが、誰もいなくて沈んだまま帰宅する事になった。

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