魔王を見事打ち倒した勇者一行の、その凱旋、ではなくそれ以前の単純な帰路のお話。
ファンタジー、というか、ある種の寓話のような物語です。もう読む前からエンジン全開で殴りかかってくるというか、タイトルに対して各話章題の不穏さがすでにやばい。加えて冒頭の段落、シンプルに全体を俯瞰するようなこの一行目を見た時点で、この先なにを見せられるのかうっすらわかってしまう、というこの手際。もちろん具体的にどうなるのか、詳細な展開まではわからないのですけど、でもお話がどっちの方向に向かうのかくらいは見当がついてしまって、しかしだからこそ真正面から食らうしかないこの〝わかっていたのに躱せない〟一撃。しっかり丁寧に組み立てられたお話で、まんまとボコボコにされてしまいました。
設定というか、いわゆる『魔王と勇者』的なファンタジー観の、その使われかた(もしくはそれを採用していること自体)が好きです。この物語の筋だからこそ光る設定。この勇者と魔王、舞台設定の説明を大幅に省略できるため、ドラマの部分にのみ集中できる——という利点ももちろんあるのですけれど。でもそれ以上にこのお話ならではというか、普遍化された設定であるが故に生じるある種の寓話性みたいなものが、この物語の核そのものに対して落差として働いて、そのおかげで浮き彫りにされる無常感、あるいは残酷性のようなものが、胸にグサグサと突き刺さるかのようでした。
勇者による魔王討伐の物語。ハッピーエンド、無辜の民草からみた『めでたしめでたし』の物語は、でも当事者たる彼らにとっては必ずしも栄光に満ちたものではない、というお話の筋。きっとこの世界に永劫語り継がれるであろう伝承の、その裏側に存在する誰にも語られることのない悲哀。果たして彼ら自身はどう思ったのか、もしかしたら心残りなく覚悟の上なのかも知れないけれど、でも悲しいものはやっぱりどうしたって悲しい、つまりは観測者の立場で見るからこその残酷さ。
ハッピーエンドを主題に書かれたお話ではあっても、でも彼らのこの行く末を決して「幸せ」とは呼びたくない——と、そう読んでいたところに最後の最後、堂々書かれた結びの一文がもう本当に好きです。
もちろん、この終幕で何かが帳消しになるわけではありません。勇者一行の足跡それ自体は何ひとつ変わらず、彼らの苦悩や悲哀はまだ人知れずそこにあるのに、でもどうしてこの一文だけで何かが救われてしまうのか? すごいです。この一文、未来を描いたことで示される確かな救済。起きた現実そのものは打ち消せなくとも、でも犠牲を払えばこそ成し得た彼らの偉業の、そのおかげで人々はもう苦しまずに済むという現実。それから長い時を経てなお、そこに捧げられ続ける感謝と祈り。幸せな方へと繋がり広がっていく世界を、この締めかたひとつで書き表してみせることの、このどうにも言いようのない気持ちよさ!
素敵でした。直接に、また具体的には書かれずとも、でもそこに『ハッピーエンド』が確かにあるのだと感じさせてくれる、悲壮ながらも優しい物語でした。