プリズムの光を追って

惟風

妹想いのルッダ

 ルッダは湖を見ていた。鬱蒼とした森の奥に、その小さな湖があった。

 湖面を見つめ、集中する。

 小さな噴水のように、水柱が立った。

 見つめ続けると、水柱が空中で魚のような形を取った。

 自分の周りを、泳ぐようにスイスイと移動させる。

 しばらくそうしてから、フッと力を抜く。途端に、水の魚は形が崩れ、湖にバシャリと落ちた。

 もうこれが限界だろうと判断して、帰路につく。早く彼女に会いたい。

 ルッダの妹の名前は、カリンと言った。


 顔の左半分が鈍く痛む。湖で集中している間は忘れていたが、痛みは日に日にひどくなってきていた。


 未成熟な世界だった。

 力のある生き物はいくらでも生息していたが、知性のある者は少なかった。

 一握りの能力の高い者達でそれぞれ文明を築き、長い年月をかけて着実に領土を広げた。

 土地は広大で、手のつけられていない所の方がまだ圧倒的に多い。

 資源を求めて、文明国の統治者達は今も開拓を進めている。


 ルッダは、その開拓派遣の一部隊に所属している。


「おい」

 街に戻った辺りでに声をかけられた。毛むくじゃらの人狼だ。通信装置をポケットにしまいながら、ぞんざいに続ける。

「タモン様がお前をお呼びだ。」

 軽く頷いて、雇い主の屋敷へと進行方向を変えた。返事をするのも忌々しかった。足取りも重くなる。

 ルッダの後ろを付かず離れずで人狼がついてくる。名前は何といったか。覚える気も無い。


 一人で部屋に入ると、長椅子に座っていた大きな豚の頭が、煙草を灰皿にねじ込みながらこちらを振り返った。タモンだ。人豚である。

「よう、調子はどうだ?」

 喋る度にガフガフと息が漏れている様が、実に不快だった。ニヤニヤ顔も汚ならしい。できればあまり会いたくないと思っている。

「特に変わらない。」

 嫌悪感を顔に出さないよう、目を伏せて無表情で答える。

「そうか。………………。」

 タモンが何かを小声で呟いた気がしたが、よく聞き取れなかった。

 ルッダが顔をあげようとした瞬間、左肩が引きつったように痛んだ。

 悟られないように唇を噛む。ちょうどタモンは自分の指輪の方を見ていた。収まりが悪いのか、何やらくるくる回している。気づかれずに済んだだろうか。弱味を見せたくなかった。

 タモンは指輪から手を離し、ルッダを上から下までじっとりと見つめてくる。今日はえらく上機嫌だ。

「…そうか、悪くは無いんだな。まあ、あまり無理すんじゃねえぞ。その傷、ひどくなってきてるみたいだからな。」

 一層ニタニタして言う。

「…ああ。」

 吐き気がする。

 ルッダには、顔の左頬から左腕にかけて、大きくひび割れたような傷があった。それについて何か言われることが大嫌いだった。

 きつく握りこんだ指の爪が、柔らかい掌に食い込む。

 左眼の奥の痛みがじんわりと強くなっていく。

「変わりが無いなら良いんだ。行って良いぞ。わざわざご苦労だった。」

 タモンは新しい煙草に火をつけながら、手で追いやる仕草をした。

 彼に無駄に呼び出されるのはしょっちゅうだった。勝手な奴だと腹をたてるのにも飽きていた。


 タモンは民間の派遣部隊の管理・運営を行う企業の経営者である。

 国が公認している開拓部隊「タモングループ」は、ここ数年で業績を伸ばし、国内トップクラスにまで成長した。

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