いつかオフィスで朝食を

 東京都内の某所に聳え立つ高層ビル。


 その中に引っ越し業者が次々に荷物を抱えて入っていく。


 一つ一つの荷物が大型であり、精密機器でもあるため、慎重に運んでいる。


 そして荷物を積んだ業務用エレベーターは30階を目指して登っていく。




 着いた先ではワンフロア全体で荷物の展開がされていた。


 高額そうな大型PCが並べられ、カメラが四方に巡らされたスペースが設置され、綺麗なオフィスに仕上げられていく。




 その中で何もせずに、オフィスが出来上がっていく様子を見物している20代前半らしき女性がいた。


 女性はヘッドセットを装着し、何やら誰かと喋っている。


 質のよさそうなお嬢様らしき装いに、ヘッドセットの存在だけが浮いていた。




 「フロアの配置はこんな感じかなあ。カメラ位置の確認は大丈夫だよね?」




 どこかお嬢様らしくないと思うような口調で通話先と話している。


 実際「~ですわね」だとか「~かしら」と言うような20代の女性は見かけることも無いので、古いステレオタイプなのかもしれない。


 仕草はとても流麗で気品が見られるので、口調のイメージだけが過去に取り残されているのだろう。




 ただ一人で作業を見守る様子はどこか儚げない。


 通話先の相手がいるということは他にも社員がいるのだろうが、身にまとう雰囲気からはまるで一人でここで過ごすのだと決意したかのようにも感じ取れる。


 これだけのPCを配置しているからにはその分扱う社員の数がいるはずだが、なぜかそうでは無いのではないかという不思議な空気に支配されていた。


 それはきっと通話先に対する女性の「これ全部立ち上げるのかあ」という言葉のニュアンスによるものだろう。


 なぜか引っかかる言い方なのだ。






 いつしか荷物の配置は完成に近づき、30階の広い視界を提供する窓に夕焼けの明かりが差し込んでくる。


 東京湾に臨む窓からの景色は実に絶景と言うべきものだろう。


 オレンジ色のグラデーションに染まった空が水面に反射し、ガラスの中に大きなキャンバスに描かれた絵画が飾られているようだ。




 ヘッドセットを付けた女性はその窓まで歩いていき、手の平をガラスに貼り付ける。


 そしてそのまま口を開いた。




 「見ろ、人がゴミのようだ!」




 呟かれたその言葉に、荷物の搬入作業に終わりが見え、女性の美しい姿に見惚れていた業者たちは一斉にずっこける。


 お嬢様にはあまりにも似使わないセリフだからだ。


 通話先も呆れたような口調で何やら反応しているのが聞こえてくる。


 このビルが崩壊するからやめてくれと言っているようだ。




 しかし、女性は構わず叫ぶ。




 「ううん、ここが私たちにとっての城なんだよ!ここから私たちは後世に語り継がれる帝国を築き上げるんだよ!」




 Twitterのサーバーをも破壊する呪文で有名なアニメに出て来る城は、かつて滅びた高度な科学文明を持った帝国の名残として描かれる。


 確かにPCやカメラなど最新機材が立ち並ぶ天空のオフィスは、その名にふさわしい帝国なのかもしれない。






 無事オフィスが完成し、業者たちが帰った後で暗くなった星空を窓から見上げながら女性が佇んでいる。


 もう必要ないのか、ヘッドセットは外されていた。


 代わりに並ぶPCが全てONになっており、一人しかいないオフィスの異様さを際立たせている。




 いくつかあるスクリーンの内、中央に設置された巨大なスクリーンが突然起動する。


 スクリーンに映された画面は貴族の屋敷の一室のような装飾に包まれた部屋を映し、中心にいる男性が座りながらこちらを見ている。


 女性は笑顔で振り返り、口を開く。




 「いい感じにオフィスができたね!怜輔も白一色じゃない空間で過ごす気分はどう?」


 


 画面の中の男性が口を開く。




 「あの白一色も慣れてきたと思ってたけど、こっちの方がやっぱり落ち着くもんだな。複数台PCを使えると処理も段違いで余裕ができるよ。」




 そのまま会話が進んでいく。




 「最初はこんな広いスペース使いこなせるかなあと思ったけど案外行けそうだね。寝泊りできるとこも作ってもらったし。」




 「もしかしてここから大学通うつもりなのか?親御さん許してくれるのか…?」




 「そこら辺も含めて今度話に行かないとね。怜輔の事情も一回話しとかないと今頃途方に暮れているだろうし。」




 「あ~やっぱりそうなるよなあ…。僕の方も家の様子を一回情報を手に入れ置かないと怖いし。」




 「いつにしよう?」




 「シオンの収益化記念配信終わってからだな。それからなら外堀も埋められているはずだし。ほら、だから今からリハやるぞ。」




 「え~覚えられるかなあ。セリフは大丈夫だろうけど動きが…。」




 「詩音なら大丈夫だろ。ほらまずは機材の使い方からだ。」




 そのまま二人の会話は続いていき、オフィスの灯りはいつまでも煌々と輝いていた。

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