参列者たちはグラスを掲げる
『A Whole New World』は、よく披露宴で用いられる曲だ。
新郎新婦が、透き通った声の歌に合わせて暗い会場に入ってくる様は、とても良い雰囲気を醸し出す。
まさにこれにぴったりの曲なのだ。
今回は結婚式ではないが、同じ祝い事のパーティーということで採用した。
歌に合わせて会場が一気に暗くなり、各テーブルの上に立てられた蝋燭が仄かに辺りを照らす。
壇上の僕にスポットライトが当たり、背後のオーケストラには目立たない程度の青色のライトが当てられる。
静かな歌いだしに合わせて煌めく光が会場に降り注いだ。
さて、出だしは順調だろう。
配信では、中々神絵師の描いたような絵は動かしにくいと言われているが、僕が滑らかに動かしていることで、みんなその美しい風景に圧倒されている。
一番動かしにくいと言われるポイントは、照明の当たるところが変わらないところや、ぼかしなどでパーツの色の境界が曖昧になっている点だろう。
しかし、僕は自分の描いたイラストであり、全てレイヤーごとに把握しているので、歪みなく動かすことができるのだ。
そして、こんな素晴らしいものをタダで見るわけにはいかないと、スパチャがますます飛んでくる。
高いソフトを買ったとはいえ、元がとっくに取れている状態で怖い。
引っかかるところは、利益のほとんどがあの企業に行くことだが。
とはいえ、今の僕にこれだけのお金を出す価値を見てくれているという証明でもある。
本当に嬉しい限りだ。
空気に溶けていくように歌が終わる。
消えていくオーケストラの音と共に、淡い光が続々と舞い降り、会場を白く染め上げた。
チャット欄の88888というコメントに合わせて、元の照明に戻す。
依然として、「技術力どうなってんだ…」というコメントが流れ続ける。
「改めて今日は来てくれてありがとう。収益化できたおかげで良いソフトが買え、こんなにも素晴らしい配信ができるようになった。みんなの力が無ければ、この景色は夢のまた夢に消え去っていただろう。何度でも言わせてもらおう。ありがとう!」
お礼と共に、会場にサービススタッフが出てくる。
全員各テーブルの前に立ち、皿を手に乗せている。
「パーティーにはもちろん、食事が付き物だ。ということで、今回は豪華な食事を用意させてもらった。直接食べることはできないかもしれないが、目で楽しんでいってくれ!」
この言葉と共にカメラが動き、参列者の前に置かれた食事がクローズアップされる。
綺麗な皿に盛られた野菜のテリーヌだ。
外を巻く皮がライトに照らされて、光沢を持っている。
そして、カメラが戻り、参列者はフルートグラスを手に取った。
「さあ、収益化をみんなで祝おう!画面の前で、飲み物がある人はそれを手に、無い人も拳を上げてくれ!今日が新しいVTuberの時代の始まりだ!よくよくこの配信を目に刻み付けてくれ!それでは収益化の感謝とますますのVTuber業界の発展を祝って、乾杯!」
スタッフの礼と共にグラスが高く掲げられ、溢れ出たシャンパンの滴が会場の光に反射した。
いつまでも輝き続けるその光がこの先の未来を示すようで、刻み付けられた映像が観客たちに夢を見させて醒まさなかった。
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