第38話

 成長というのは自覚できるものじゃない。


 ラック・ザ・リバースマンは身体が変化することはない。

 だけど能力に目覚める前は普通に成長をしていた。

 背が伸びたとか、体重が増えたとか、そういうことは昨日に比べてちょっと変わったな、なんていうレベルでは実感できない。

 ある日、ふと気づくと、服のサイズが変わっているように、人間の気持ちも何かのきっかけで成長していることに気づく。


 チームの名前が変わり、ガーディアンズ・オブ・トゥモロウとなり、リーダーもハート・ビート・バニーに変わった。

 当然チームのカラーも大きく変わった。


 ラック・ザ・リバースマンは偵察で建物に侵入してた。


 強盗は逃走し、廃墟となったビルに立て籠もったのだ。

 張り切って偵察に行くと言った時、全員が信頼して送り出してくれた。

 その時点で自分だけ多くの手柄を得ようなんていう功名心は霧散した。


 今はみんなと力を合わせて一つのことを成し遂げたかった。

 史上最強のスーパーヒーローになるという夢は捨てたわけじゃない。

 きっとこれが一番近い道だと気づいただけだ。


「とんでもないさ。モヒカンに棘の肩パットがついたライダースを着てる」


 物陰に隠れて敵を伺いつつ通信で連絡を取る。


「敵は何人ですか?」

「今見えるのは三人。囲まれて動けない。全員が武器を持っているけど、火炎放射器にチェーンソウに巨大なドリルさ」

「ラクスケ、安心して。まだ餅はホカホカだから」


 ザ・パーフェクトの弾むような声が割って入る。


「ボクはものすごく危険なところに潜伏してるんだけど、その報告をどういう気持ちで聞けばいいのさ?」

「終わったら餅が待ってると思えばやる気が出るでしょ」

「アツッ! 熱いぜ! クッ、俺としたことが。俺をここまで熱くさせるとは、さすが餅だぜ」

「もー、慌てて食べるからだよ」


「アッハハハ」


「……すごい和気藹々な会話が聞こえるけど、ボクは敵の真っ只中でギリギリの状況なんだよ?」

「聞いてください。お餅には神の力が宿ると言われています。古来よりお餅を食べればパワーアップするという伝承は多いようです。今からそちらに向かいます。状況を伺いつつ待機してください。何か異変がありましたらすぐに連絡を」


 ハート・ビート・バニーの落ち着いた声が聴こえる。


「フッ……。どうやら俺はもちもちパワーでパワーアップしたようだぜ」

「マイトさん、パフェちゃん、行きます! ダイナさんはお餅をお願いします」

「あーしもう職人だから。こねまくってるから。まじで任せて」


 ザ・パーフェクトが足止めをした火炎放射器の男を、変身したハート・ビート・バニーが一撃で倒す。


 ラック・ザ・リバースマンは巨大なドリルの男に背後から飛びつき関節を極める。


 ハンド・メルト・マイトが手早く二人を拘束して動けなくした。


「フレッシュ。一人は奥に逃げたさ」


 合流したメンバーにラック・ザ・リバースマンは伝える。


「フッ……。さすがだな。餅も食ってないのにやるもんだぜ」


 ハンド・メルト・マイトがニヒルに笑う。


「なんか楽しいよね、先生」

「まったくだぜ。相手は犯罪者だ、かつての仲間だったりわだかまりはないからな」


 ハンド・メルト・マイトの言葉にハッとした。


 かつて超本営の防衛のために真顔の反骨との戦いに参加したこともあった。

 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールが去ってすぐのことだ。

 お互いに傷つけたくはないはずなのに戦わなければならないジレンマの中、どんどん疲弊していった。

 チームのメンバーも同じ気持ちだっただろう。

 そしておそらく相手のチームも。

 だからハート・ビート・バニーは超本営の防衛には参加しないと決断したのだと思う。


 今、こうして戦っている。

 しかしそれは当たり前のことなんかじゃない。


 以前は全く任務がなくて少しでもいいから活躍したいと渇望していた。


 少年時代はスーパーヒーローとして戦うことに憧れていた。


 今いるこの場所、それはかつて自分自身が夢に描いていた場所なんじゃないかと気づいた。

 胸の奥の方からゾワゾワと熱が湧き上がってくる。


 周りを見渡す。


 ハンド・メルト・マイトが顔の傷に指を添わせ、瞳を鋭く輝かせる。

 ザ・パーフェクトが手足の長い人形についた埃を雑にはたき落としている。

 ハート・ビート・バニーがこちらを見て微笑んだ。

 口の端に八重歯がこぼれて見える。


 この場所だ。


 熱は鼻の奥を通って目元から外に出ようとする。

 ゆっくりと呼吸をしようとしたが、喉に弁ができたみたいで支えて上手くできない。


 このままでは溢れ出てしまう。


「フレッシュ……」


 身体はいつもどおり正常に戻った。


 しかし、心のどこかで、何かもったいない感じがした。

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