第37話
心地の良い空間はいい匂いがする。
ギスギスした人たちがいると、鼻にツンと嫌な臭いがする。
この感覚が人に言ってもわかってもらえないことをサンシャイン・ダイナは知っている。
言うまでもなく、この待機室は温度も湿度も最高で、ほの甘い香りがする。
膝をついて構えるサンシャイン・ダイナはラック・ザ・リバースマンを見上げた。
「これでどうさー!」
彼は鈍器を頭上まで振り上げ勢い良くそれを叩きつける。
「いい感じー」
サンシャイン・ダイナの掛け声に応じて、ラック・ザ・リバースマンは再び鈍器を叩きつける。
その動きは反復を重ね、振動が部屋に響く。
額にシットリと汗をかいてラック・ザ・リバースマンは深く呼吸をする。
一体いつになったら終わるのかな。
そう思ってザ・パーフェクトの顔を伺う。
離れて状況を見守っていたザ・パーフェクトはすぐにサンシャイン・ダイナの視線に気がついた。
まだまだ、そう言うように首を横に振る。
「代わるぜ」
そう言って腕まくりをしたハンド・メルト・マイトがラック・ザ・リバースマンに声をかける。
ラック・ザ・リバースマンは息を整えながらハンド・メルト・マイトと交代した。
「フレッシュ」
そう発すると、もうラック・ザ・リバースマンの呼吸は落ち着いていた。
すでに彼は疲れていないので代わる必要はないように思ったけど、ハンド・メルト・マイトの目には闘志の炎が宿っていた。
ハート型のかわいい髪型になって彼はどこかトゲがなくなったような気がする。
格好をつけるのは変わっていないけど、格好悪い部分の受け入れたような、そんなまろやかさを感じる。
サンシャイン・ダイナとしては前のハンド・メルト・マイトも好きだったけど、今のも悪くない。
見るとハート・ビート・バニーが端末をチェックしている。
さっきからチカチカ光ってるので何度も出動要請の連絡が来てるのだろう。
彼女は超本営と真顔の反骨の戦いを拒否していた。
チームのメンバーもそれに同意した。
それに今はそれどころではない。
歯を食いしばり鈍器を振りかぶるハンド・メルト・マイトを見てそう思った。
「エッサッ」
「ホイサッ」
「エッサッ」
「ホイサッ」
ハンド・メルト・マイトとはなんだかラック・ザ・リバースマンよりも息があう。
徐々にテンポが上がっていく。
彼はきっと周りがブレーキを掛けずに少し暴走させたくらいのほうがちょうどいい気がするのだ。
それにブレーキ役なら、しっかりしたリーダーであるハート・ビート・バニーもいる。
「そろそろだね」
ザ・パーフェクトが呟く。
「フッ……。こいつで終わりだぜ。アディオス!」
ハンド・メルト・マイトが渾身の力を込めて鈍器を打ち付ける。
その衝撃により、木臼の中でホカホカの餅が湯気を立ててつきあがった。
「さ、熱いうちに分けるから。ここからは時間勝負だよ」
そう言ってザ・パーフェクトが近づくと彼女のメガネが一気に曇った。
ツヤツヤの餅は見るからに食欲をそそり、全員が気分を高揚させて集まった。
ハート・ビート・バニーの端末がバイブレーションを響かせる。
またなの、と横目で見ていたが、彼女の表情がキリッと締まった。
「いいところですが、出動します!」
「戦いには参加しないじゃなかったの?」
「違うんです。A-33地区で強盗が発生しました」
ハート・ビート・バニーがそう言うとハンド・メルト・マイトが指をパチンと鳴らした。
「そういうのを待っていたぜ」
「ダメだよ」
低い声でザ・パーフェクトが言った。
曇ったメガネのまま、明後日の方向を向いて仁王立ちしている。
「これは能力者同士の不毛な争いじゃありません」
「今行ったらどうなるかわかってないの? 餅が固くなっちゃうんだよ!」
ザ・パーフェクトは涙ぐんでいるように鼻声だった。
全員が餅を見つめた。
「フッ……。餅ってやつは、まるで俺たちみたいだぜ。叩かれて叩きつけられて、一つにまとまる」
ハンド・メルト・マイトが渋い声で呟いた。
「そう。うちはそれが言いたかったの……」
ザ・パーフェクトが頷く。
ハート・ビート・バニーの差し出したハンカチを受け取ってザ・パーフェクトはメガネを拭いた。
「ほんと? 暇だからって言ってなかった?」
「せっかくいい感じになってるのになんでラクスケはそういう無粋なこと言うの?」
チームとして存続させるには何らかの任務をこなさなければならない。
餅も大事だけど、そっちも大事だ。
すべてを解決することなんてできないけど、このみんなとならきっと後悔しない道を選べるはず。
「この餅は、チームの魂みたいな……アヅッ!」
サンシャイン・ダイナは餅の塊を抱えあげたが、湯気の出たホッカホッカの餅は熱すぎて思わず臼の中に叩きつけてしまう。
「チームの魂叩き落としたね?」
ザ・パーフェクトが意地悪な笑みを浮かべてこっちを見てきた。
「わかりました。私たちはチーム。いつでも一緒です。お餅をこねながら戦いましょう」
ハート・ビート・バニーはふっと優しい笑顔を浮かべた。
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