第30話
ウーバー・ワンは人気実力ともにナンバーワンのスーパーヒーローだ。
ラック・ザ・リバースマンもウーバー・ワンに憧れてスーパーヒーローになった。
その隣にはウーバー・ワンのサイドキックで現在は秘書をやっているレディ・グラヴ・ボディもいる。
公式に発表はされていないがこの二人が恋人同士であるというのは世界中の誰しもが知るところ。
「君たちの活躍を見守りに来た。頼んだぞ、若人たちよ!」
ウーバー・ワンは太い声でそう言った。
恰幅のいい身体つき。
威厳がありすぎる佇まい。
ウーバー・ワンの実年齢は20歳だ。
しかし見た目は中年、45歳くらいに見える。
スーパーヒーローとしてのキャリアは5年強。
黎明期の特殊能力者を、スーパーヒーローとして世間に認知させた立役者だ。
その能力は、時間停止。
時間という概念を無視した空間でウーバー・ワンだけが動けるという最強のものだ。
それ故にスーパーヒーローになりたての頃は年相応だった姿も、停まっている時間の中で成長を重ねて45歳くらいになっている。
そのことに周囲の者たちも危惧して、いまは超本営の総司令という名誉的な地位で能力を使うことを制限されていた。
それでも彼はスーパーヒーローの理想像であり、すべての能力者が彼を目指していると言っても過言ではない。
火花を散らしていた三チームもピリッと背筋が伸びている。
アタック・ザ・ファイティング・ゴングのリーダー、ピース・オブ・ニンジャが集まっていたものに向かって演説するように話しかける。
「犯行声明があったのは真顔の反骨。今流行の気狂い思想だよね。おそらく能力者がチームを組んでくると思うんだよね。ご覧の通り、能力者なんて我が強くて一枚板にはなりづらいんだよね。それを寄せ集めて力を発揮させるなんてね。よっぽど強固な同じ目的を持っているか。カリスマ性があるか。お互いにとってプラスになるか。それなりにプランを練ってるはずだよね。二重三重の罠があると考えていいよね」
各自の行動の指針をまとめ上げ、主導権を取ろうとしているのだろう。
アタック・ザ・ファイティング・ゴングのメンバーたちが大げさに頷いて同意の声を上げる。
負けずにハニー・バレッツのリーダー、ラン・パンチ・ラン・パンチも声を上げた。
「最悪のパターンを考慮しよう。もちろん言うまでもなくエネルギープラントの破壊に帰結する。しかし破壊だけが目的ならもっと容易に可能なはずだ。つまり彼らは狂人ではない。なにかのイデオロギーを持って行動しているからこそ短絡的なアクションを起こさない。彼らの目的は何らかのメッセージを訴えかけるもの。言うなれば、自爆テロというのは最終手段と考察できる。そこにスキが発生する」
この言葉を聞き、ハニー・バレッツのメンバーはさも当然といったようにアタック・ザ・ファイティング・ゴングのメンバーを見下す。
バチバチと火花が飛んでいる。
ガーディアンズ・オブ・トゥモロウを代表してピンキー・ポップル・マジシャン・ガールにも何か言って欲しかったが、彼女は黙っていた。
「相手の素性を今推理したところでどうにもならないね。まずは突破されてはならない場所だよね。管理ルーム。エネルギープラント本体。エネルギー排出口。この3つは押さえなくてはならないよね。そこに絶対の防御を固めて、遊撃隊を編成して駆逐するのがいいよね」
「それはつまりチームごとという発想に基づくのかな?」
「いいや。せっかくなんだから適切なメンバーを当てるべきだよね。攻めるのが得意な能力のものもいれば構えて守るのが得意なものもいる。それにどこかのチームに責任や功績が集中するのもよくないよね」
「然り。それでよろしいか?」
二人のリーダーは有無を言わせぬ圧力でピンキー・ポップル・マジシャン・ガールに尋ねる。
彼女はただ頷くだけだった。
仕方のないことだ。
ラック・ザ・リバースマンに責める気はまったくなかった。
彼女もこれだけの大舞台は初めてだろう。
それにここまでの任務なら、戦功を求めて自己主張しなくても必ず評価はされる。
下手にでしゃばって和を乱すよりは全然いい。
恐らく彼女はそう思ってるのだろう、ただウーバー・ワンが見ていると思うと、やはりどこかでいい格好をしたくなってしまう気持ちはある。
チームがわけられている間、ウーバー・ワンがそれぞれの能力者一人ずつに声をかけている。
そしてついに彼がラック・ザ・リバースマンの前に来た。
「やぁ! なにかお困りかね?」
大きな身体で、野太い声、そしてなによりも頼り甲斐のある笑顔で彼はそう言った。
その瞬間に、ラック・ザ・リバースマンは今まで積み上げてきたものが消え、彼に憧れていたただの少年に戻ってしまった。
ラック・ザ・リバースマンは特殊能力に目覚めた時、最強の能力だと思った。
どんな怪我でもたちどころに治る。
どんな危険なことでも、どれほど強い相手にでも立ち向かえる。
しかし超本営に所属して実際にスーパーヒーローとして活動しだすとあっさりと壁にぶつかった。
強くなかったのだ。
能力が発動した14歳の一般人の体力から、肉体的には何の変化もない。
鍛えて強くなることもできない。
身長が伸びることもない。
それでも史上最強のスーパーヒーローを目指すことは諦めなかった。
どれだけ肉体的に元に戻ろうと、知識や精神は蓄積する。
だからラック・ザ・リバースマンはあらゆることを受け入れる。
経験だけが自分を強くする唯一の方法だ。
ただ、周りの者達が評価を上げ、成長していくのを見て心が揺れることがある。
心は身体と違って瞬時に回復はしない。
寂しさも、悲しみすらも経験の一部だ、そう自分に言い聞かせて耐えていた。
そのために他人に悲しい表情や辛い愚痴などをこぼすことはできない。
水はヒビ割れを見つけると一気に流れ込んでしまう。
口に出すことで、自分自身の塗り固めた嘘が剥がれ落ちそうで怖いからだ。
ラック・ザ・リバースマンはウーバー・ワンを見上げた。
「暴走特急連続爆破事件の時、現実時間換算1000日に及ぶ止まった世界での修業をしましたよね」
「うむ、よく知っているな。自分の行動が確実なものか自信が持てず、長い時を過ごしてしまった」
「たった一人の世界で寂しくなかったんですか?」
「寂しかった。とても寂しかった。一日三回、毎食後に泣いていた。だけどそんな私を支えてくれるものがいた」
「止まった世界で? 一体誰なんですか?」
「キミだよ」
「……え?」
「私の心の支えになっていたのはキミたちだ。そう、時が動き出した未来において、きっとこの戦いを紡いでくれる若者たちが現れる。その希望だけが支えだった。そして現れた。キミと、ここにいる多くのスーパーヒーローたちが」
ウーバー・ワンの白い歯が輝く。
胸が熱くなった。
身体の中心から細かい震えが末端まで行き渡る。
目の奥から熱が溢れ、視界が水没したように緩んだ。
憧れの史上最強のスーパーヒーローの視線がいま自分を捉えている。
孤独な戦いだと思っていた。
誰も自分の苦しみを理解などできないと思っていた。
だけど、それは自分だけの戦いなんかじゃない。
どんな人も、それぞれ孤独な戦いをしている。
そして分かり合えないはずの孤独な戦いが、誰かの助けになっていることもあるのだ。
ラック・ザ・リバースマンがウーバー・ワンに憧れたように。
いつの日か、ラック・ザ・リバースマンも誰かの憧れになれるのかもしれない。
彼の自分の弱さを認める発言は、何よりも力強く、ラック・ザ・リバースマンの芯を補強した。
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