第6話

 ザ・パーフェクトがテーブルの上のロールケーキの箱を見て飛びついた。


「あ! ロールケーキだ。丸楠まるくすのやつだ!」


 ザ・パーフェクトがメガネの奥の目を見開いてピンキー・ポップル・マジシャン・ガールを見つめてきた。

 普段、任務についている時は眠そうに半分閉じているのに。

 キラキラと輝いている瞳が、かえって猜疑心を呼ぶ。


「ダメダメ、それはピンキーが一人で……痛っ! 今ぶった?」

「静電気じゃない? ケーキ、みんなで食べましょう」


 大げさに吹っ飛んだラック・ザ・リバースマンを横目にピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは言った。


「わーい、丸楠の食べてみたかったんだー!」

「紅茶を入れるね、このボクが!」

「いいけど、ラクスケの分はないよ。どうせ食べてもなかったことになるんだから」


 ザ・パーフェクトがさっきのピンキー・ポップル・マジシャン・ガールと同じような発言をする。


 同じ思いを共感できた気がして、ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは少しだけ気が楽になった。


「記憶は残るさ。美味しかった思い出が」

「ケーキを食べるっていうのは、そのカロリーと引き換えに快楽を得るという悪魔の取引なんだよ。ラクスケみたいにいいところだけ取ろうっていうズルは認められないの」


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは我が意を得たりと大きく頷いた。


「あの、でも可哀想だから、私のはんぶ……四分の……五分の一あげます」


 ハート・ビート・バニーはやや葛藤を抱えたまま遠慮がちにそう言った。


「やっぱりバニーは優しいね。ボクがノーベルだったらノーベル優しさ賞あげたいさ」

「いえ、そんな。私なんて全然」


「バニたん。甘やかすとこういうのはつけあがるからね。そのうち全部よこせとか言い出して子供の給食費をギャンブルにつぎ込んだりするんだよ。男ってのはみんなそうだから」

「偏見がすごいよ」


 ザ・パーフェクトの矛先がラック・ザ・リバースマンに向かっているのを見て、ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは少しだけ安堵した。

 どうやら先程の嘆きは聞かれていなかったようだ。


 ただこれ以上ラック・ザ・リバースマンがいじられ続けてるのを見てるのも心苦しい。

 オロオロと二人のやり取りを見守っているハート・ビート・バニーも気の毒に思えてきた。


「わかったから。ラックにも薄ぅ~くあげるから」


 そう言ってケーキの入った箱を持ち上げるとハート・ビート・バニーが寄ってきた。


「私もお手伝いします」


 長い黒髪が彼女を追いかけるようについてくる。


 普段あんまり自己主張のないハート・ビート・バニーも、こういう女性的な活躍が求められる場面では積極的に名乗りを上げる。

 嬉しいことは嬉しいが、この積極性がどうして任務の時に出てくれないのかともどかしくもある。

 ギリギリの場面で遠慮をしている彼女に何度いらつかされたことか。


 心がざわめき、そのことに対して一言くらい言っておこうかと思った時。


「うちはいいよね。怠け者だし」


 ザ・パーフェクトは相棒のように可愛がっている不気味な人形、ゾングルをいじりながらこちらを見もせずに呟いた。


 その言葉にピンキー・ポップル・マジシャン・ガールの血液は凍った。

 やはりさっきの発言は聞かれていたのだ。

 思わず目の前が暗くなる。

 おぼつかなくなる足元を確認しながら言った。


「ラック、紅茶入れて」

「うん。淹れるさ。このボクが!」


 ザ・パーフェクトが聞いていたということは、ハート・ビート・バニーも聞いていたということだろう。


 すぐに文句を言い返してくれればいいものを、聞かなかったふりをして白を切られたのが余計にピンキー・ポップル・マジシャン・ガールの精神を追い詰める。

 あれは違うの、と言い訳をしたいが、白を切られた以上言い出すのもおかしい。


「なんか上から言われたの?」


 あどけない顔でラック・ザ・リバースマンがそう尋ねる。


「そう。新しいメンバーを受け入れて欲しいって。打診と言うかもう決まりで拒否権はないみたい」


 さっきまで言うべきか言わざるべきか迷っていたが、自分の心の荷物を少しでも軽くしたくて口が動いた。


「リーダーとしては頭痛いね。新しい爆弾を抱えるみたいで」

「うちのチームのメンバーと上手く行くかどうか。今だってちょっと、ねぇ?」

「うん。せっかく今はみんな仲良しなのにね」


 ラック・ザ・リバースマンはこちらの思惑とは正反対のポジティブな意見を言った。


 仲良し。

 いかにも悩みと無縁のラック・ザ・リバースマンらしい感想だ。


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは曖昧な笑みのままそれに頷く。


 「一体、どういう能力なの? 新しいメンバーってのは」

 「あなたが言ったとおりよ。爆弾」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る