盲目な恋

ゆーり。

盲目な恋①




「柚季(ユズキ)先輩。 急に呼び出してごめんなさい」

「いいけど、突然改まってどうしたの?」


桜の絨毯が地を彩る季節。 大学三年生の玲太(レイタ)は、朝公園に彼女である柚季を呼び出していた。 柚季は大学の一つ上の先輩である。


「・・・本当に、急でごめんなさい。 僕と、別れてくれませんか?」

「・・・え?」


玲太は今日の昼に目の手術があり、ほぼ確実に失明することが分かっている。 光を失えばもう彼氏としての役目が果たせないと思い、柚季と別れることを決意したのだ。


「え、どうして?」

「あー、えっと、将来の夢が決まったんです。 親の跡を継がないといけなくなって、急遽明日には引っ越すことが決まって・・・」


ただ手術のことは柚季には伝えていない。 いや、伝えられるわけがなかった。


「そんな・・・」

「遠距離とかで、先輩を不安にさせたくないから。 先輩には、ずっと笑っていてほしいから。 ・・・だから、僕と別れてくれませんか?」

「ッ・・・」


柚季は目に涙を浮かべ、弱々しく玲太の腕を掴んできた。 それは玲太の心を抉るには十分過ぎた。 今でも、柚季のことは好きで好きでたまらないのだから。


―――いつもカッコ良くてクールで、泣き顔なんて一切見せたことのないあの先輩が、泣いている・・・?


「レイくん、嫌だよ・・・。 私のこと、嫌いになったの・・・?」

「そ、そんなわけないじゃないですか。 今でも先輩のことは大好きです。 ・・・だからこそ、別れたいんです」

「そんな・・・。 私もレイくんのこと、こんなに好きなのに・・・」


―――・・・先輩が、泣いてる・・・。

―――先輩の泣いている顔が見たい。

―――・・・先輩、ズルいよ。

―――どうして今そんな顔をするの?

―――どうして今、そんなことを言うの?

―――先輩は僕の前で泣いたり、愛情表現なんていつもしてくれないのに。

―――なのに、どうして今になって・・・。


既に玲太の目はほとんど見えなくなっていた。 一年前にある事故が起き、それ以来目に違和感を持った。 半年経つ頃には、目の具合は急速に悪化し、診断の結果このままだと命に関わると言われた。

命を救うための手術をすれば、どうしても光は失われてしまう。 それを聞いて随分泣いて、それでも命を守るため手術を受けることにしたのだ。 

サッパリした性格の柚季は別れ話を切り出したら悲しんではくれるが、すんなり頷いてくれると思っていた。 だけど正反対の反応で嬉しさと共に苦しさも増す。


「レイくんの、馬鹿ッ・・・」

「・・・先輩、怒らないでくださいよ」

「怒ってなんかいない」

「じゃあ泣かないでくださいよ」

「・・・レイくんが泣かせたのよ?」

「先輩、大好きです。 これからもずっと。 だから、世界で一番幸せになってください」

「ッ・・・」

「・・・最後、ですから、笑顔を見せてください」


未だに腕を掴んでいる柚季の腕を解き、彼女の頭を撫でた。 すると柚季は一歩後ろへ下がる。

おそらく玲太の願いを聞いて笑っているのだろうが、もう視界が8割以上失われている玲太には、彼女が今どんな顔をしているのか分からなかった。 玲太は泣いている柚季を置いて一人先に公園を去る。

公園が見えなくなり一人になったところで、玲太の目からは涙が溢れ出た。


「先輩、好き・・・。 大好きです・・・」


玲太は自分を褒めたかった。 いつもは泣き虫で弱虫で甘えん坊な自分だったが、今はそれら全てを我慢したのだから。


―――・・・うん、これでいい。

―――先輩、明日からはちゃんと笑ってくださいね。


本当は直前まで柚季と別れるか迷っていた。 だけど母に『柚季ちゃんに負担がかかるから別れておきなさい』と何度も言われたため覚悟を決めた。 それは確かに正論だ。 

迷っていたがその母の言葉によって別れる決意ができた。 少しでも長く柚季と恋人でいたかったため、言うのが手術する当日になってしまったのだ。



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