対応策をひとつ
50.拓の準備
笠原拓の使っている部屋は廊下の突き当りなので、あたりを多少散らかしても迷惑がかからないスペースがあった。無論、清掃用オートマタには小言を言われたようで、「あんな、かーちゃんみたいな典型的な文言を登録した設計者の顔が見てみたいぜ」と文句言っていたことを思い出す。
確かに、拓の部屋のドアより手間にはチューンアップ用の機材は散乱していない。だがその奥、通路に面した窓掃除ができないとオートマタが立腹していたのなら、なるほどそうだろうよ、と伊野田は思った。ドアより奥の通路には足の踏み場がなかった。清掃用オートマタは「片付けられないなら捨てる」とでも言ったのだろうか。いや、そう言ってほしいなと思いつつ、足で廊下に落ちている機材やら備品やらをどかしながら、目的の機体に近づいた。
「これがメンテ中の機体…だよな?」
椅子に座っている状態で俯き気味に頭を下に向けている機体は、髪をサイドに流して目を閉じていた。事務局の深緑色の制服を着ていたが、その顔に見覚えがあった。
伊野田は「あ」と言いながら、ぱしっと両手を合わせる。どこかで見た顔だと思っていたが、数か月前に世話になった女医オートマタだ。オートマタ一掃作戦に参加して病院送りになった自分の担当をしていた機体を思い出す。とにかくよく喋る機体だったので、伊野田は当時面食らったのだ。
あの時と同一機体かどうかわからないが、今は頸椎やら手首やら所々に接続されたケーブルが椅子の隣にあるモニタに伸びていた。
それを覗き込むと、レーダーチャートやパーセンテージが表示されている。見たところ、この機体に設定された標準能力上限値を上回っているようで、伊野田は目を丸くした。
世間一般的にオートマタのリミッター解除は認められていないし、家庭用で使用している人のほとんどが、そんな解除ができることすら知らないだろう。だがチャートの値はまだ、少しづつ伸びていた。
一般販売用の警備・医療オートマタ標準レベルが3だとすれば、リミッター解除後のオートマタはレベル5くらいになるのではないかと伊野田は思った。たった2レベルの違いだが、起動させればその違いはよく表れる。
知能レベルと運動能力が格段に上がり、それは普通の人間が突然、天才学者のプロスポーツ選手になるくらいには変わる。たとえば、医療用オートマタに医療分野以外の危険物取扱方法を学習させることができても、それは本来必要のない知識だ。一時的にその方法を利用したとしても、対応が終了すればそれだけリセットされるようになっている。
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