49.おまえってやつは
「何の話?」
拓はこちらを見ずにまっすぐ棚に向かい、グラスをとってから伊野田の手元を覗き込んだ。
「いや、この…状態が」
「状態?」拓はまたこちらを見ずに冷蔵庫からアイスティーを取り出した。グラスに注ぐ前に、思い出したかのように氷をいれる。カラカラ…と音が鳴った。
「毎日毎日、襲撃にそなえて待機ってさ。なんか消防士みたいだ。コールが鳴ったら出動」
「なるほどね、じゃ俺たちはこの施設のドアが破られたら出動だな」グラスのアイスティーを飲み干してから拓は言った。よほど喉が乾いていたらしい。
「その出動が先か、琴平さんたちの戻りが先か、どっちかな」
「賭けるか?」
「いやだね」
伊野田は笑いながらそう言って、鍋の蓋をあける。それを覗き込んで拓が顔をしかめた。
「それなに?」
「え? 茹でたジャガイモ。昼飯にしようかと思って」
「うそだろ? それだけ?」彼はキッチンを見渡しながら声を上げた。他に食材らしいものは用意されていない。
拓が驚いたことにいまさら反応することもないが、彼は意外と食にこだわりがある男だった。滞在先でもできるだけ栄養バランスの取れたものを好んで食べているし、少なくとも伊野田よりは気を使っていた。むしろ伊野田のぶんも気を使う始末で、最近では「おまえは身体が資本なんだから、もっと考えて食え」と、言うようになっていた。拓はあきれて口を開いた。
「まったく本当におまえってやつは、トレーニングあとにそれだけかよ。信じらんねぇ。ちょうど俺もメシにするとこだったから、ついでに作ってやるよ」
「え?」 心なしか伊野田の表情がぱっと明るくなる。「いいのか。ほんとは油で揚げたかったんだけど…、もう手遅れだよな」
「え?フライドポテトにするつもりだったのか?」
「そうだけど」さも当然という風に伊野田は返事をした。要するにビールに合うものを用意したかっただけであると拓は気づいた。待機中のアルコールは琴平から禁止されていたはずだが、ささやかな反抗だろうか。
こいつ結構元気じゃねぇか…と毒づきたくなったが、元気なことに越したことはないと拓は思い直した。自分が気を貼りすぎていただけかもしれない。少し気を緩ませる。ほんの少し、3ミリ程度である。肩の力を抜く。じゃがいもは、もうだいぶ柔らかく煮えていそうだったから、いっそ全部潰して形成しなおせばいいかと考えて、伊野田に向き直った。
「かわりといっちゃなんだが、俺の部屋の前にメンテ中のオートマタがいるんだ。ちょっと様子みてきてくんない?」
「ああ、いいよ。見てくる」
そう言って伊野田は、拓の作業場に足を運ぶことにした。といっても、この施設の端と端の部屋にいるため、長い通路を進むだけである。ちなみにその途中の部屋をレルラが使っている。彼女は昼を食べない。だから施設内ではほとんど顔を合わせない。むしろ避けられているといえる。その部屋を通過すると、拓の部屋の手前にある、椅子に腰掛けたオートマタの姿が視界に入った。ケーブルが伸びているのがわかった。
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