新説-霊威学園生徒の叛逆物語

霧雨

第1話「終わる日常」

 時は2100年、人々は未来の科学技術とナノマシンによって得られた『異能力』によって、何不自由ない生活を送っていた。


 しかし、この世界の8割は「絶対正義」を掲げる『ジャスティス帝国』に侵略、そして征服されていた。人々はその苛烈なる「正義」に恐れ戦き、いつしか笑い声すら聞こえなくなった。


 それもそのはず、ジャスティス帝国は『人を迫害する』『人を殺める』『人のものを盗む』以外にも『冗談でも人を笑う』『ドッキリであったとしても人をだまし陥れる』ことを徹底して禁止、万が一にもそれらを実行した者を『公開処刑』していたのだ。


 『ジャスティス帝国』の癪に障れば殺される。『ジャスティス帝国』の意志に反すれば殺される。人々は『死の恐怖』におびえながら毎日を生きていくしかなかった。


 そして、その魔の手は、東京にも迫っていた。


******

 東京 ある夏の日

 ?「はぁ…朝日がまぶしい…。」


 その男子高校生は、照り付ける朝日にぼやきを浮かべていた。半袖のワイシャツ、藍色のカバン、黒い短髪に青いこめかみ、赤く鋭い眼。彼の名は『斬月 禮』。


 禮「はぁ、なんで毎日学校に行かなければならんのだ、学校の勉強内容なんて、ナノマシンでどうにかならんのかね…。」


 学校に対する不平不満を並べながらも、学校へ向かうその足取りは、どこか重い。学校そのものに飽き飽きしているような空気感すら漂ってくる。


 禮「親がここを徹底的に進めてきてここに入ることになったのだ、何が『東京一の高校』だ。やっていることは全然じゃあねーか。ふざけやがって。」


 そうやって愚痴を並べているうちにも、彼が通う高校『私立霊威学園』に到着した。彼からすれば到着「してしまった」のほうが正しいが。


 彼が玄関で靴を脱ごうとしたその時であった。


 どぎゃぁぁぁああああああおおおおおおおおぉぉおぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉんんんんん・・・


 退屈を一撃で吹き飛ばす爆音、6階建ての校舎の4階辺りから響き渡る。その瞬間、周囲の窓ガラスが爆音の中心部から外側までまるで波が迫りくるかのように割れていく。爆音がした部分を見てみると、赤黒い炎と灰色とどす黒い黒が入り混じった煙が舞い上がっている。校舎が燃え上がる音とともに、かすかに悲鳴も聞こえる…。


 禮「おいおいおいおい、なんだこれは。まさか…。」


 ?「動くな!妙な真似をしたら撃つッ!」


 禮が恐る恐る振り返ってみると、純白の軍服と軍帽、その手には携帯用レールガン(ハンドガンサイズになっているレールガン。この時代では警察の銃と同じ扱いとなっている)。腕章を見てみると「JUSTICE EMPIRE」の13文字、間違いない。『ジャスティス帝国』がここに来たのだ。


 禮「俺はいじめてなんかいない。」


 兵士「ふん。そうでなくとも、お前はここで起きた『いじめ』を見て見ぬふりをしたという命すら代えがたい大罪を犯した可能性がある!我らがジャスティス帝国のために、我らが主の為に!ここでお前に命ずる!いじめた…奴…の…か、かはっ!」


 禮「こんな手は使いたくなかったが、まぁ仕方がない。」


 兵士は腹を抱えて崩れ落ちた。禮が何かをしたそぶりもない。


 兵士「貴様、何をした…ッ!」


 禮「さぁ?俺は逃げるぞ。いじめのことなんかなーにも知らん。あ、あと銃はもらっとくぜ。」


 禮は兵士から携帯用レールガンを取り上げ、裏門に走り出す。


 <私立霊威学園 裏門前>


 ?「あ!先輩!ここにいたんですか!」


 禮を待っていたかのように裏門の前で立っていたのは『七瀬 躯』という男。霊威学園1年。ハイライトのない黒い目と毒々しいほどの黒髪の先端に刺さる緑色のメッシュが特徴の小柄な少年である。


 躯「先輩、急ぎましょう!ここはもう持たないかも!」


 禮「みんなを置いてか!?」


 禮は中にいるクラスメイトの身を案じてそういったが、躯の口から返ってきたのは残酷な現実であった。


 躯「手遅れですよ…、みんな帝国軍に惨殺された!何の罪もない人間も巻き添えにして…。くっ、もうあの中は地獄絵図もいいところだ…。くそ、僕にもう少し力があれば…!」


 躯は、悔しそうに拳を握りしめる。


 禮「今無力さを悔いても仕方ない。今はここから逃げよう。まだ逃げ延びている奴らもいるはずだ。」


 躯「そうですよね…。逃げよう。」


 そういって2人は地獄のような惨状と化してしまった学園の敷地内から脱兎のごとく逃げだす。いや、逃げ出すしか生き延びる道はない。


 必死で走り、わき目も振らず逃げる2人の背後には、轟々と燃え盛る学園だったものがあった…。


******

 <裏山 中腹>


 禮「はぁ…はぁ…、ここまでくれば…。」


 躯「何とか…はぁ…はぁ…。」


 2人は、何とか帝国軍の侵攻から逃げ切ったが、体力的には限界を迎えていた。


 禮「躯、まだ歩けるか…?」


 そう、禮が躯に言った時だった。


 どさっ


 禮「おい、躯どうした…!しっかりしろ!」


 躯は、その場に前のめりに突っ伏し、そのまま動かなくなってしまった。


 禮「おい!…おい!」


 禮の呼びかけにも答えず、ただ倒れている。幸い命は落としていないが、この状況下であっては「死んだ」と錯覚してしまうのも無理はない。


 禮の周囲を絶望感が包む。そんな状況下…禮の背後に人影が迫っていた。


 ?「捕まえたぞ。鬼ごっこは終わりだ」


 禮「誰だ・・・!」


 そこにいたのは、体が幽鬼のようにほっそりとしており、目の白黒が反転した紫色の髪の大男。白い軍服を着ていることから「ジャスティス帝国」の兵士の一人であることはわかっている。

 だが、ほかの兵士とは何かが違う。威圧感といい、風貌といい、ほかの兵士とは一目見ただけで格が違うと知らしめてくる。


 イェソド「俺は『イェソド・メソッド』。何とかここまで逃げたことは褒めてやる。しかしもう終わりだ。」


 低く重い声から放たれる「終わりだ」の4文字。それだけで禮を絶望させるには十分だった。


 禮「…はは、もう終わりか。」


 乾いた笑いがこぼれる。


 イェソド「喜べ、お前は『セフィロトの十騎士』の一人である俺に殺されるのだ、誇っていいんだぞ?あの世でな。」


 イェソドは、冗談じみた声で禮をおちょくる。


 イェソド「ああ、そいつは死んでいるのか?んん?もし死んでいるのなら面白くない。ダアト様に捧げる首が1つ減ってしまうじゃあないか。」


 禮「躯は、死んじゃあいない…、気ぃ失っているだけだ。それとだ、がふっ。」


 口から血を吹き出す禮はイェソドにこう言いだす。


 禮「満身創痍の俺たちをむごたらしく殺して、それであんたは満足かい?殺したって、胸糞の悪いものが残るだけだろうがよ。」


 イェソドはそう言われた後、あごに手を当て少し考える。


 イェソド「ふん、減らず口をいう元気はあるようだが、確かにお前の言うとおりだ、もうじき死ぬであろう人間を殺すのは心残りがあってどうもな。」


 その時の禮の目は、死んだ魚のようにハイライトがなくなっていた。そして、


 ばたっ


 禮も、躯と同じように倒れてしまった。


 イェソド「ふん、倒れたか。まぁ、あんたの言うとお…り…!?」


 イェソドは、かすかに痛む右の頬を触った。すると、そこからかすかに鮮血が出ている。


 禮は、確かに倒れてはいた。しかしその倒れ方は右腕を伸ばすという不自然なものだった。不自然に伸ばされた右手、その直線上には携帯用レールガン"だったもの"が、圧縮され、まるで刃物が付いたブーメランのような形状となって落ちていた。


 イェソド「…ほぉ、俺の顔に傷をつけるか。しかし、命令は命令。全員『殺せ』と命令されたのでな。『俺に攻撃した』という大義名分もできた。」


 その瞬間、イェソドの右腕が、先ほどまでとは打って変わって、まるで千年の悠久を生きてきたかのような大木ほどの太さと大きさまでに膨張した。その拳は浅黒く変色し、まるで化け物のような雰囲気を漂わせる。

 イェソドは、禮の頭上めがけて肥大化した右腕を振り下ろそうとする。


 イェソド「さぁ、死ね!」


 刹那、レーザー銃の音が聞こえだす。それと時をほぼ同じくして赤い光線がイェソドめがけて放たれる。

 イェソドは、あと少しのところで攻撃を中断し、レーザーを肥大化した右腕で防御する。


 イェソド「チッ、『レジスタンス』の連中か。首が2つ減るが、どうせ死ぬ身だ。」


 「次会った時が最期だ」とイェソドは呟き、その場から消え去った。結論から言って、禮と躯は生き延びたのだ。しかし、その体はもはやボロボロであった。


 ?「この2人、連れてけ!」


 ?「絶対死なすな!いいな!」


 『レジスタンス』は、2人を連れてどこかへ帰っていった…。

******

<ぼろい建物内>


 禮「…んっ、んん、ここはいったい…。」


 ?「しかし、災難だったなぁこいつら。」


 ?「全くだ。かわいそうに。」


 目が覚めると、禮はベッドの上にいた。全身を包帯巻きにされている状態であることがわかる。その横のベッドで、躯は同じように包帯巻きにされて眠っている。

 その部屋の外で、2人の男性が話をしているのが、木製のドアの奥から聞こえる。


 ?「お目覚めかしら?斬月くん。」


 そこにいたのは、禮と同じ年か1つ上の少女。水色のロングヘアーとピンク色の瞳が特徴のどこか優しげで大人びた少女。


 禮「ん、あんたが俺たちを?」


 瑠花「それを言うなら『あんたら』でしょ?まぁいいわ。私は『西山 瑠花』。よろしくね。」


 禮「ああ、よろしく。」


 瑠花は、禮にここはどこかを言う。


 瑠花「ここは『レジスタンス』の基地。ここの人は私含めてみんな信じていいわ。…それにしても、辛かったでしょう。日常を壊され、自身は満身創痍。辛いわね。」


 その言葉にいろいろ思い出してきたのか、禮は俯く。


 瑠花「あなた、確かに能力の素質はあるのだけれど、今のままじゃ奴らには勝てないわ。」


 禮は、どこか悔しそうな表情をしだす。


 瑠花「別に一生勝てないとは言わないけど、このままあいつらに馬鹿にされたままで悔しくないのかしら?」


 禮「……悔しい。」


 瑠花「何も守れないあなたのままじゃ、うかばれないでしょ?」


 禮「…確かにいやだ、何も守れないのは…くっ…くっ!」


 涙ぐむ禮に対して、瑠花は優しく微笑む。


 瑠花「…あなたには素質がある。そこで提案があるの。のるかそるかは、あなたが決めて。」


第2話 「強さの秘訣」へ続く

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