第37話 久しぶりの肌の感触~先生ver.~

一年前はただ本当に体を重ねただけで




高校を卒業し、大学に行き、社会人になった奈々に会うのが




怖くもあり楽しみでもあった――




「このたびはご迷惑をおかけして申し訳ございません。」




「いえ、本当は先月退職を希望されていたんですよね?こちらの都合につき合わせて一ヶ月延長してくださってありがとうございます。」




奈々が働いている塾で飯塚塾長と軽く挨拶を交わす。




「あ、こちらの塾で働いている先生方の名簿と生徒のです。」




パラパラとめくるとやはり【早瀬奈々】の文字があり、写真も貼られている。




「ん?」




「どうかされました?」




「あ、いえ…」




奈々の生年月日が今日のクリスマスになっていた




奈々のページで手が止まっていることに飯塚塾長は気づいて奈々の話をしてくる




「早瀬先生は本当は学校の先生になりたかったみたいですけど自信がなかったみたいで…でも本当初めてにしてはがんばっていますし、生徒にも保護者にも好かれていい先生ですよ。」




「…そうですか…」




自分のことをほめられたわけではないのに何だか自分が褒められたようで胸が熱くなった




「何でも高校のときの化学の先生に憧れて自分も先生になったらしくて、私もそんな先生に高校のときに出会ってみたかったですよ。」




高校の化学の先生って…俺のことなのか?




俺のことをみて自分の人生の道を決めたなんて




こんなに嬉しいことはない――




「あ、早瀬先生、ちょっといいですか?」




生徒と話をしている奈々は若くはあるけど一人前の先生のように背筋が伸びてシャンと立っていて…俺の知らない女性のようだった




「こちら、新しい塾長の先生になるので、これからよろしくね。」




「早瀬…」




「綾部先生…どうして?」




目を丸くして一瞬驚いていたけど目が合った瞬間そらされた。




「あ、知り合いだった?」




「高校のときの先生です。」




「いやぁ、綾部先生はお父様がこの塾全体の経営をされていて、それのお手伝いもかねて、塾長をすることになったんだよ~知りあいならすぐ仲良くなれそうだね。」




またチラッと奈々がこっちを見てきて俺もどういう顔をすればいいのかわからなかった。




ただ次の瞬間俺の左手の指輪に視線を落として唇が一文字になっているのを見てこちらも唇が一文字になった




こんなにも近くにいるのに




あんなにも会いたいと願っていたのに




お互い言いたいこともいえない




唇を噛まないと気持ちが爆発しそうで怖かった――




「早瀬先生、ちょっと!」




「あ…すいません。ちょっと…」




菜々はほっとした表情をして男性の先生のところへ駆け足で駆け寄っていく




「あ、あの男性は林先生っていって早瀬先生と同期なんです。彼は英語担当ですね。新人の先生方ってやめる人が多いのですが、二人はお互い支えあって助け合ってくれて何とか残ってくれています。」




「そうですか…」




俺じゃなくてもそばで支えてくれる人は奈々ならきっといるだろう




俺はもう支えられないから――




「えっと、飯塚塾長、今までお疲れ様でした!近くにきたら遊びにきてください!え~綾部塾長、これからよろしくお願いいたします!あと、皆さん一年間お疲れ様でした!かんぱ~い!」




乾杯の音頭は元気な林先生がとった。




この塾には先生たちは塾長をいれて12人で俺をいれて13人のクリスマスでカップルが多い中賑やかな宴会になった。




「綾部塾長って新婚なんですか?じゃあ今日奥さん怒っているんじゃないですか?だって初めてのクリスマスでしょ?」




元気な林先生が大声で話しかけてきた。




「仕事だって話したから。」





「理解のある奥さんでいいッスね~」




「わ、私なら…」




奈々はさっき乾杯をしたというのにもう生ビール一杯飲み干して焼酎を片手に持ちながら顔は赤くなっていた。




「結婚して初めてのクリスマスは仕事より自分を選んで欲しいですね!」




そのあと一気に焼酎を水のように飲み干して隣に座っている林先生に心配されていた。




林先生の心配をよそに奈々は焼酎を自分でグラスにつぎ飲んでいる




「…確かに早瀬みたいに本当のことを言ってくれたほうがいいかもしれないな。」




俺は…自分の気持ちはこのまま閉じ込めていわないほうがいい




自分の気持ちを伝えてしまったら




また奈々が俺の気持ちにこたえてくれたら




今度こそ泥沼に引き込んでしまう――




「林先生…私もう帰るね。」




「え?もう帰るの?今からじゃん!」




焼酎を一気飲みしてフラフラな足取りの奈々を林先生が引き止めていた





「か、彼氏と!今日約束あるの!」




「え!?でもさっき彼氏いないって…」




「できたの。だからもう帰るね。」




「あ、ちょっと…」




フラフラの足取りで顔を真っ赤にして俺の隣に座っている飯塚塾長のところへきて座りこむ




「飯塚塾長、今までお世話になりました。すいません、お先に失礼いたします。」




「あ…うん。ありがとう。早瀬先生もがんばって。」




奈々は深々と頭を下げてその場から去ってしまった。




「でも早瀬先生彼氏いたんだね~知らなかった!」




「林先生と付き合っているかと思っていたよ。」




「え!?俺ですか!?違いますよ~彼氏いるって知らなかったですよ!」




林先生はフラフラな足取りの奈々を横目で気にしながらも周りの先生たちの話でその場から離れられないという感じだった。




「すいません、ちょっと…」




せめてタクシーに乗るまではあの足取りでは心配で自分が見送ろうと思ってその場から自分も立ち上がった。




「…もう、ヤダ。」




奈々は涙ぐみながらブーツのチャックがあがらないのかふくらはぎのところでストップしていた




“ジジジジジ…”




「え?」




奈々の代わりに跪いてブーツのチャックをあげてあげるぐらいしか俺にはできないから…





「ブーツのチャックあげれないぐらい飲んでいるのか?」




「大丈夫ですよ。」




大丈夫と口ではいいつつも焼酎でさっきまで赤かった顔がまたさらに赤くなって、耳まで赤くなっている




「はい。」




「え?」





「もう片方の脚出して。」




「いいですよ、できますよ。」




「いいから…」




そういって奈々の左足を持ち上げてブーツに足をいれ、チャックをあげる。




“ピクッ…”




奈々の体が一瞬反応したことが自分の手からも伝わってきた




顔を見ると目は潤んでいてメイクをしているからだろうか、今までみた奈々の中で一番きれいで可愛かった。




タクシーを拾うまで見届けようと思ったら店の前にタクシーがいて、奈々をタクシーにそのまま乗せた。




今から本当に彼氏と誕生日を祝うのだろうか…




そう思ったら彼氏が祝うよりも前に一言奈々に伝えたくなった




「早瀬…」










「お誕生日おめでとう。」










やきもちを焼ける立場ではないのに




胸の奥が苦しくて・・・




だからこの一言を言えばきっと彼氏より先に言えたと優越感に浸れるかと思った




だけど余計に自分がどれだけ奈々のことを好きなのか




いまだに思っているのか




会ってもない男にやきもちを焼いている自分の惨めさに気づいた

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