第3話肉の美味しさ

「俺にはこの世界のマナーが分からない、だから不作法があっても許してくれ」


「とんでもございません、ご主人様。

 神々にこの世界のマナーなど不要でございます、思う存分お食べください」


 マリーはそう言ってくれるが、少々のマナー違反ならともかく、あまりにも無様な事はできない。


「そうはいっても、これからマリー以外の者の前で食事をしなければいけない事もあるから、この世界のマナーを教えて欲しい」


「承りました、この食事の後で、マナーを教えさせていただきます。

 ですがこの食事は、マナーを気にせずに食べてください。

 マナーを気にして食べては、美味しく食べる事などできませんから」


 マリーがにっこりとほほ笑んでそう言ってくれた。

 その言葉を聞いて、俺の心は完全に射抜かれてしまった。

 相手が狼の獣人であろうと、もう関係ない、姿形などささいな違いだ。

 異類婚姻譚だと非難されようとも、もう気にしない。

 こんな優しい心遣いができる者は、人間の中にだって多くない。


「ありがとう、遠慮せずその言葉に甘えさせてもらうよ」


 俺はそう言うなり、Tボーンステーキに喰らいついた。

 とはいっても、固まりにそのまま食らいつくのはやり過ぎだから、ひと口で食べられる最大の大きさにナイフで切って、その肉塊を大きく頬張って食べた。


 日本で生きていた頃の常識では、和牛の美味しさが最高だと聞いていた。

 異世界転生や転移の小説でも、レベルの高い魔獣ほど美味しいと書かれていた。

 だが、今食べてる肉は、今まで食べてきた肉の中でも指折りの美味しさだ。

 まあ、前世でそんなに高価な和牛を食べていた訳ではないので、比較できるほどの食通ではないが、今食べている肉は和牛に匹敵する美味しさだと思う。


 まあ、マリーは神に仕える神使で、とても強いはずだから、俺のために最高の魔獣を斃して料理してくれたとも考えられる。

 俺自身が異世界仕様の身体になっていて、こちらの食材を美味しく感じられるようになっているという可能性もある。


「この肉はとても美味しけれど、俺のために最高の食材を用意してくれたのかい?」


「はい、ご主人様のために、私が狩れる最高の肉を用意させていただきました。

 お口にあったのならようございました」


「ああ、とても美味しくて、満足しているよ。

 だけど、危険な相手なら無理はしないでくれ。

 死傷の可能性のない、安全確実に狩れる魔獣を狩ってくれ。

 それに、食事のマナーもだけど、狩りの常識も教えて欲しい。

 こちらの世界に慣れない間は、危険な相手と戦う気はないからね」


「はい、承りました、安全確実な相手で狩りの練習をさせていただきます」



 

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