6 平成三十(二〇一八)年 八月

 私は雪江や家族の前から姿を消すしかなかった。敏夫の死は翌朝には森下家に伝わったらしいが、警察は日比谷に端を発したそうじょうの為に、暫くまともに機能しなかった。

 やがて捜査が始まると、容疑は当然敏夫と不仲で、しかも失踪したままの私へと向いたが、その頃にはもうエマーソン家の手を借りて密かにアメリカへ逃げていた。彼等は人の姿をした吸血鬼の一族であったのだ。

 彼の国で私がどう過ごしていたかを、今語る気はない。私が再び日本へ戻ってきたのは第二次大戦が終わった後であった。日米間の凄惨極まる戦争を経て、どうしても故郷の人々の消息が知りたくなったのである。

 不幸な事に、私の両親はお豊と共に関東大震災で亡くなっていた。雪江の御両親と弓姉さんも、昭和二〇年の東京大空襲で炎に巻かれて命を落としていた。雪江が京都の某家へ嫁に行き、多くの子や孫に囲まれて生涯幸せに暮らした事だけが、私の悲しみを慰めてくれた。

 私を知る人はダリアの他に居なくなった。私とダリアだけが名を変え身分を変え、明治、大正、昭和を経て、平成最後の年を迎えてもなお、東京の雑踏に紛れて永らえている。


 * * *


「本当に『明治は遠くなりにけり』ね」

 一頻ひとしきり話し終えた後、「暑いわね」とダリアは云った。

 ダリアと私に限って云えば、吸血鬼は夜しか活動できぬとか、十字架や大蒜にんにくに弱いとか云うのは、創作家達の空想である。ただし年を取らぬのと、血が通わぬので体温がないのは当たっている。それでも人間の頃の五感は残っているから、暑い寒いは分かるものだ。心臓を銀の杭で打たれたら死ねるのかは知らぬ。もしも実験したい人がいるなら喜んで我が身を供するのだが、そんな人は一向に現れそうもない。

「……ねえ、渉さん。まだ私のことを恨んでる?」

 ダリアが微笑みながら云った。この質問も、私が沈黙によって肯定を示すまでを含めて、これまでの恒例であった。

 ただ私は、今日初めてそれを破ってみたくなった。

「もういい。今なら、君の孤独も本当に理解できるから」

 私は目を丸くするダリアを見て満足した。再び雲形池の鶴を見つめる。

 私はいつまで存在し続けるのだろう。この鶴のように、どこへも行けずに流れる時代を見つめているしかないのだろうか。――否、そうではないと信じたい。

「それに僕には、ここでやりたい事がある」

 どうせ飛び立てぬ鶴ならば、私もせいぜい水を吐き続けよう。再びこの街が狂った熱に焼かれぬように。

「そう。それなら、良かった」

「もう昼休みが終わる」

「ええ、今日は有り難う。……さようなら」

 軽く手を振り合うだけの、短い別れであった。きっとダリアは、もう二度と私に葉書を送ってこないだろう。

 私は霞門を抜けて公園を出た。目の前には霞ヶ関のビル群が林立している。ここが私の職場だ。思えば「外務省」という名称も、父が居た頃から変わっていない。

 それにしても、真に燃え上がりそうな程の夏である。(了)

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