第91話『池の向こうで』

ポナの季節・91


『池の向こうで』             

  




「へえ……竹下通りにこんなとこがあったんだ」


「うん、通りからほんの何十メートルだけどね。穴場だよ」

「ポナがこんなとこ知ってるなんて意外だな……ほ……見直した」

「フフ、言いなおしたわね。ほ……なにかな?」

 東郷神社は、もう十月初旬の涼しさ。でも、ポナに見つめられて大輔は汗が流れてくる。

「ここね、先月お父さんとお母さんのお誕生会をやったの。それまではあたしも知らなかったんだ……電話もらったときに、会うならここだと思った。正解だったわね」

「そ、そうだな……」

「池の向こうにベンチがあるの、座ろっか」

「あ、うん」

 中州を貫いて、池の向こう側にかかるカギ型橋の中ほどにさしかかると、どちらともなく立ち止まった。

「うわあ、コイがいっぱい!」

 エサをもらおうと赤や錦のコイが目の下に群れ集まっている。

「すごいな、コイのエネルギーって……」

「ちょっと待っててね」

「うん……」

 ポニーテールをぶん回し、ポナは小走りに橋のたもとへ。残ったシャンプーの香りに大輔はうろたえた。

「はい、コイのエサ。二人でやろう」

「そうだな」



 エサを撒くと、コイの数はさらに増えてきた。



「アハハ、すごい、すごい!」

「すごいって言葉はコイが語源なのかもな」

「プ、駄洒落だ……はい、コイさんたち、おっしま~い! 行こう」

 二人がベンチに腰掛けてもコイたちは群れている。

「ほんと、コイってすごいね……大輔くんも」

「ん……?」

「今日は一度もあたしの目を見てないよ」

「そ、そうか……?」

「そうだよ、なんだか苦しんでる……あたしが悪いんだよね」

「そんなことないよ」

「ううん、前はもっと……男のくせにって思うほどお喋りだったし、まっすぐあたしを見ていたよ」

「……あのさ、オレ夢を見たんだ」

「どんな?」

「それがさ、バッカな夢。結婚式の直前で、ポナはきれいなウェディングドレス着ててさ、オレはちっぽけなミツバチ。で、ポナがオレの名前を呼ぶんだ、するとオレは人間の姿にもどるんだけど、その……」

「その……?」

「そういう夢、バカだろミツバチなんて。ゆうべ『ウェディング』って映画観てたらミツバチが迷い込んで大騒ぎしたからだろうな」

「それ、肝心なとこ抜いてるでしょ、きちんと言いなさい。ちゃんとあたしを見て」

 ポナは両手を添えて大輔の顔の向きを変えた。

「その……」

「その……やらしい夢なの?」

「やらしくないよ。ただ、結婚式の前にキスの練習しようって……ポナが言うんだぞ」

「あたしが?」

「うん、大輔くんは下手だから、式の前に練習しとこうって。あ、映画にそんなシーンあったから」

「で……?」

「ここが笑っちゃうんだけど、二人の顔が近くなるとミツバチに戻ってしまって、離れると元に戻って、その繰り返し。そのうち鐘が鳴ってさ、ポナが時間だよって。そこで目が覚めたら授業が始まってて、つまり、ポナとの関係はそこまでって、神さまの戒めだな。まあ、そういうことだから、笑って安心してくれよ」

「アハハハ」ポナが笑う。

「アハハハ」大輔が笑う。

「あ、あそこ!」

「ん……ウッ!」


 大輔が指差した方を向いている間にポナは大輔の頬にキスをした。


「ごめん……こんなキスで。あたしって、一度にいくつも追いかけられない子だから……」

「分かってるよ、ポナにはSEN48があるからな」

「それだけじゃ……ううん、そうだね、SEN48だけでも……だよね」

「ポナ……」

「ね、さっき言いかけた(ほ)ってなに?」

「あ……ほ、誉めなくっちゃ、だな」

「ん……惚れなおし……かと思った」

「う、うん……」

「いつか、もっときちんと大輔くんに向き合えたらね……それまでは……」

「ポナ……」

「ごめんね、いまは……」


 ポチャンと池で音がして、大きなコイがはねた。ピリオドにもスタートの徴にも思えるコイだった。




※ ポナと周辺の人々


父      寺沢達孝(60歳)   定年間近の高校教師

母      寺沢豊子(50歳)   父の元教え子。五人の子どもを育てた、しっかり母さん

長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉

次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員、その後乃木坂の講師、現在行方不明

長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官

次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ

三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )

ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。


高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)

支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子

橋本由紀  ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長

浜崎安祐美 世田谷女学院に住み着いている幽霊

吉岡先生  美術の常勤講師、演劇部をしたくて仕方がない。

佐伯美智  父の演劇部の部長

蟹江大輔  ポナを好きな修学院高校の生徒

谷口真奈美 ポナの実の母

平沢夏   未知数の中学二年生

             

  




「へえ……竹下通りにこんなとこがあったんだ」


「うん、通りからほんの何十メートルだけどね。穴場だよ」

「ポナがこんなとこ知ってるなんて意外だな……ほ……見直した」

「フフ、言いなおしたわね。ほ……なにかな?」

 東郷神社は、もう十月初旬の涼しさ。でも、ポナに見つめられて大輔は汗が流れてくる。

「ここね、先月お父さんとお母さんのお誕生会をやったの。それまではあたしも知らなかったんだ……電話もらったときに、会うならここだと思った。正解だったわね」

「そ、そうだな……」

「池の向こうにベンチがあるの、座ろっか」

「あ、うん」

 中州を貫いて、池の向こう側にかかるカギ型橋の中ほどにさしかかると、どちらともなく立ち止まった。

「うわあ、コイがいっぱい!」

 エサをもらおうと赤や錦のコイが目の下に群れ集まっている。

「すごいな、コイのエネルギーって……」

「ちょっと待っててね」

「うん……」

 ポニーテールをぶん回し、ポナは小走りに橋のたもとへ。残ったシャンプーの香りに大輔はうろたえた。

「はい、コイのエサ。二人でやろう」

「そうだな」



 エサを撒くと、コイの数はさらに増えてきた。



「アハハ、すごい、すごい!」

「すごいって言葉はコイが語源なのかもな」

「プ、駄洒落だ……はい、コイさんたち、おっしま~い! 行こう」

 二人がベンチに腰掛けてもコイたちは群れている。

「ほんと、コイってすごいね……大輔くんも」

「ん……?」

「今日は一度もあたしの目を見てないよ」

「そ、そうか……?」

「そうだよ、なんだか苦しんでる……あたしが悪いんだよね」

「そんなことないよ」

「ううん、前はもっと……男のくせにって思うほどお喋りだったし、まっすぐあたしを見ていたよ」

「……あのさ、オレ夢を見たんだ」

「どんな?」

「それがさ、バッカな夢。結婚式の直前で、ポナはきれいなウェディングドレス着ててさ、オレはちっぽけなミツバチ。で、ポナがオレの名前を呼ぶんだ、するとオレは人間の姿にもどるんだけど、その……」

「その……?」

「そういう夢、バカだろミツバチなんて。ゆうべ『ウェディング』って映画観てたらミツバチが迷い込んで大騒ぎしたからだろうな」

「それ、肝心なとこ抜いてるでしょ、きちんと言いなさい。ちゃんとあたしを見て」

 ポナは両手を添えて大輔の顔の向きを変えた。

「その……」

「その……やらしい夢なの?」

「やらしくないよ。ただ、結婚式の前にキスの練習しようって……ポナが言うんだぞ」

「あたしが?」

「うん、大輔くんは下手だから、式の前に練習しとこうって。あ、映画にそんなシーンあったから」

「で……?」

「ここが笑っちゃうんだけど、二人の顔が近くなるとミツバチに戻ってしまって、離れると元に戻って、その繰り返し。そのうち鐘が鳴ってさ、ポナが時間だよって。そこで目が覚めたら授業が始まってて、つまり、ポナとの関係はそこまでって、神さまの戒めだな。まあ、そういうことだから、笑って安心してくれよ」

「アハハハ」ポナが笑う。

「アハハハ」大輔が笑う。

「あ、あそこ!」

「ん……ウッ!」


 大輔が指差した方を向いている間にポナは大輔の頬にキスをした。


「ごめん……こんなキスで。あたしって、一度にいくつも追いかけられない子だから……」

「分かってるよ、ポナにはSEN48があるからな」

「それだけじゃ……ううん、そうだね、SEN48だけでも……だよね」

「ポナ……」

「ね、さっき言いかけた(ほ)ってなに?」

「あ……ほ、誉めなくっちゃ、だな」

「ん……惚れなおし……かと思った」

「う、うん……」

「いつか、もっときちんと大輔くんに向き合えたらね……それまでは……」

「ポナ……」

「ごめんね、いまは……」


 ポチャンと池で音がして、大きなコイがはねた。ピリオドにもスタートの徴にも思えるコイだった。




※ ポナと周辺の人々


父      寺沢達孝(60歳)   定年間近の高校教師

母      寺沢豊子(50歳)   父の元教え子。五人の子どもを育てた、しっかり母さん

長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉

次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員、その後乃木坂の講師、現在行方不明

長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官

次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ

三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )

ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。


高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)

支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子

橋本由紀  ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長

浜崎安祐美 世田谷女学院に住み着いている幽霊

吉岡先生  美術の常勤講師、演劇部をしたくて仕方がない。

佐伯美智  父の演劇部の部長

蟹江大輔  ポナを好きな修学院高校の生徒

谷口真奈美 ポナの実の母

平沢夏   未知数の中学二年生

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