第81話『オレンジ色の自転車』


ポナの季節・81

『オレンジ色の自転車』                            



 蝉しぐれの歩道を五人の女子高生が歩いてくる。


 SEN48のメンバーだ。


 車道の向こうからT自動車の新型が走ってきた。

 蝉しぐれの街、SEN48メンバーの日常、新型車のカットバック。

 ケラケラ笑って車道にはみ出すメンバー、迫りくる新型車。メンバーの驚く顔、ブレーキがかかって停まる新型車。

 ライブで汗を流すSEN48、様々なアングルから。

 ペコリと車に頭を下げるメンバー、車走り出し、SEN48は見とれながら見送る。


――はみ出た青春受けとめます――


「かっこいい……」

 一昨日から始まったT自動車のCMを見るたび、夏はため息をつく。

「夏、T自動車が好きなの?」

「え、ああ、ううん」

 テレビのスイッチを切ると、もの言いたそうな母を背に家を出た。母と話したら、来週に迫った二学期のことに触れられる。


 まだ学校に行く自信はない。


 ボンヤリしていたんだろう、前から来た自動車が急ブレーキかけてクラクションを鳴らした。

――すみません――心に言葉が浮かんでも、つい無言で車をにらみつけてしまう。SEN48のCMとまるでちがう。

「あたしは受け止めてもらえないんだ……夏はこんなだから……夏はダメな子だから……」

 汗だくになりながらペダルをこいだ。

 自転車は、中一の時『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』の主人公の愛車に憧れて買ってもらったオレンジ色の自転車。

 主人公の坂東はるかは、夏と同じように両親が離婚している。でも、それを乗り越えて高校演劇に打ち込み、プロの女優になっていく。

「それに比べて、あたしは……」

 ますます自分がみじめったらしく思え、こんど車に当たりそうになったら、そのまま跳ねられてしまえばいいと思った。


 車に当たる前に目が回った。水分補給もせずに一時間も走っていた……。




「どう、少しは楽になった?」



 聞き覚えのある声がして、夏は体をひねった。オデコの氷嚢が落ちた。

「あ、ママさん……」

「救急車呼ぼうかと思った」

「あたしどうして……」

「洗濯物干してたら、マンションの方に向かってくるなっちゃんが目に入って、ここの前を通り過ぎたところで自転車ごと倒れたのよ。あたしに用事だったの?」

「いいえ……ただやみくもに走ってたら、ここに来たみたいです……」

「そうなんだ……熱とかないようだし、シャワー浴びて着替えなさい。着替え洗面所に置いてあるから」

「あ、すみません……」

 ソファーから体を起こすと、腋の下と股の付け根に置いてあった氷袋が落ちた。

「すみません、こんなにしてもらってたんですね……あの……」

「だいじょうぶ、お母さんには、まだ連絡してないから」

「すみません」

「すみません三連続だ。早くさっぱりしてきなさい」

「はい……」


 あ


 リビングに大きなポスターが貼ってあるのに気付いた。それはSEN48と寺沢新子のポスターだった……。




☆ 主な登場人物


父     寺沢達孝(60歳)   定年間近の高校教師

母     寺沢豊子(50歳)   父の元教え子。五人の子どもを育てた、しっかり母さん

長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉

次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員、その後乃木坂の講師、現在行方不明

長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官

次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ

三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )

ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。


高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)

支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子

橋本由紀  ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長

浜崎安祐美 世田谷女学院に住み着いている幽霊

吉岡先生  美術の常勤講師、演劇部をしたくて仕方がない。

佐伯美智  父の演劇部の部長

蟹江大輔  ポナを好きな修学院高校の生徒

谷口真奈美 ポナの実の母

平沢夏   未知数の中学二年生

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