第78話『T駅下車 東へ500メートル』


ポナの季節・78

『T駅下車 東へ500メートル』       



 T駅を降りて北に向かうと天下のT大学。


 涼しげな林の中に見え隠れ、そっちに行きたい衝動にかられるが、今日の用事は駅の南側。

「うわあ、ずっと陽に照らされるよぉ(^_^;)」

 そうボヤイたのは吉岡先生。先生は二の腕までの腕カバーを装備して、白い日傘をパシュっと開いた。


 今日は来週に迫った「アゴダ劇場演劇祭」の下見と打ち合わせだ。


 劇場までの狭い道は東西に延びているので日陰が無い。ポナたち生徒は日焼けは気にしないが、滴る汗に往生した。

「あー、ブラウス洗濯したてなのに」

「あぢい~」

「ちょっと、道の真ん中で腋の下拭くか~」

「そう言うミホこそ胸拭いてんじゃん」

「見えないようにやってっから」

「あんたら、女捨ててるなあ……」

「そう言うレイ、なにモソモソやってんの?」

「……おパンツ食い込んだ」

「ちょっと、世田女の看板しょってるんだから、品よくしなさい」

 先生の一言で口はつぐむが、名門世田女の面影はない。それほど劇場までの五百メートルは暑かった。


 汗みずくで劇場まで来ると、M高校の一団が出てきた。



「おさきです」

「こんにちは……あら」

 M高校はポナたちとすれ違うと、横丁から出てきたスクールバスに乗り込んだ。

「……いいなあ、ドアツードアだよ」

「……汗かく暇も無いね」

「あんたらも部に昇格したらバスに乗せて上げるから」

「うちの学校、バスないですよ」

「そっか……じゃ、修行と思いなさい」

「…………」


 打ち合わせは簡単だった『クララ ハイジを待ちながら』という芝居は手間がかからない。照明は地明りの点けっぱなし、道具は箱馬三つですむ。



「じゃ、時間いっぱい稽古させていただきます」

 ポナと友子が舞台に上がった。

 途中ポナが演ずるシャルロッテが袖にはけ、ドンガラガッシャーンと派手な音がして階段を転げ落ちる場面がある。もちろん袖にはけてからなので、落ちるところは音だけである。

 袖にはけて、ポナは効果音がステレオになっているのに気づいた。

「なにやってんの、ノリちゃん?」

 ポナのアンダスタディー(いざという時の代役)の中村典代が箱馬の山を崩してひっくり返っていた。

「エヘヘ……ちょっと熱が入りすぎちゃった」

 どうやら、袖でポナの演技をコピーしようと張り切っていたようだ。

 反対側の袖をすかして見ると、ミホが同じように照れ笑い。ミホは友子のクララをコピーしていたようだ。


 暑がりがそろっている演劇同好会だけど、来年は部に昇格できそうな気がしてきた。


 予定が終わって劇場を出ると、みんなの制服は塩を噴いていた。駅までの五百メートルを戻る。塩分濃度は、さらに高くなりそうだった。 




☆ 主な登場人物


父     寺沢達孝(60歳)   定年間近の高校教師

母     寺沢豊子(50歳)   父の元教え子。五人の子どもを育てた、しっかり母さん

長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉

次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員、その後乃木坂の講師、現在行方不明

長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官

次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ

三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )

ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。


高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)

支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子

橋本由紀  ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長

浜崎安祐美 世田谷女学院に住み着いている幽霊

吉岡先生  美術の常勤講師、演劇部をしたくて仕方がない。

佐伯美智  父の演劇部の部長

蟹江大輔  ポナを好きな修学院高校の生徒

谷口真奈美 ポナの実の母

平沢夏   未知数の中学二年生

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